5『愛の逃避行』
そこからはこの桜ヶ峰の体育祭ならではの激闘が繰り広げられた。
3年生の騎馬戦、2年生のI'temコロシアム、1年生の障害物リレーの翔矢VS流斗のカード。どれも凄まじい盛り上がりを見せ、順調にプログラムは終わりへと近づいている。
そしてとうとう、最後のリレーの最終走者がゴールした。
『さーて! これで全ての競技は終了しました! 点数集計の間、実行委員のエキシビションをお楽しみください!』
アナウンスと共に、入場門に構える"彼ら"。
「さぁ、皆行くわよ!」
『おおおお!!!』
体育祭実行委員、3年から1年までの1学年9名、総勢27人。ここからがこの体育祭のトリとなる。
「……」
「なによ刃。まだ心配してんの?」
「あ、いや、別にそういうわけじゃねぇんだけど……なんかうまくいきすぎてるっていうか……」
光に問われ、思わず本音が出る。こういうときは何かしらのトラブルなんかが付き物だと思っていた。
しかし今は順調も順調。違和感があるくらいに。
「あのねぇ……そういうことが起こらないための私たちなんだから、起こらないに越したことはないでしょうが」
「だ、だよな」
「そうだよ刃君。2人だって頑張ってたんだから、そのご褒美だと思うよ?」
「だ、だよなぁ」
後ろから亮にも励まされ考え直す。そうだ、いくらなんでも考えすぎだろう。そうそう問題なんて起きるはずもない。
「……ただ、1つだけ気になってることはあるんだけど」
「なによ亮。何かあったの?」
「う、ううん。何かあったわけじゃないんだけど……2人は金本先輩のこと知ってる?」
「金本?」
「もちろん知ってるわよ。流斗や翔矢と同じ『五紋の砦』の2年生でしょ?」
「……」
それは誰だと刃が問おうとした瞬間、光が当たり前のように答えたので知らないとは言えなくなった。
金本雄二。光が言う通り、流斗や翔矢と同じ校内のI'tem成績優秀者『五紋の砦』の1人で、世界に名だたる大企業『金本財閥』の御曹司でもある。
昔から恵まれた環境で育った故に性格に難があると噂で、自分の思い通りに事が進まないと気が済まないらしい。
「う、うん。で、他の子に聞いたんだけど、その金本先輩が、この前他の人を集めて何か話してたらしいんだ」
「……たしかに気にはなるけど、それが何か問題なの?」
「そ、それが、その集めていた人がこの学校でも問題視されてる人達ばっかりらしくて……その中に、その……」
「おーい光ちゃん! いたいた!」
後ろから唐突にかけられた声に亮は肩を大きく跳ねて光の後ろに思わず隠れる。
「……何かしら、矢田くん」
「おいおい思いっきり嫌な顔しないでくれよ、ショックだろー?」
「それはごめんなさい。私、感情が顔に出るタイプらしくてね」
それに関しては間違いない。
「まぁいいや。それより今日のエキシビション、約束は覚えてるよね?」
「当たり前でしょ? まぁ勝つのは私たちだけど」
「いいねぇ、じゃあ……楽しみにしてるよ」
そう嫌な笑みを湛えて矢田は離れていく。そうだ、心配事ならここにあったじゃないか。
「お、おい光。本当に大丈夫なのか?」
「なによ刃。私が信用できないの?」
「そういうことじゃ、ないけどさ」
「……安心しなさい。あんたのことは、私が"守る"から」
「……!」
そう言って離れていく光の背中を、刃は追うことができない。
昔は逆だったその立場。今は実力も人望も、光の方が圧倒的に上だ。
それなのに、光が戦うのは自分が原因で、自分を守る、そのために戦おうとしている。
「……」
「じ、刃君?」
思わず何も持ってない自分の掌を見つめる。何も握れない、この手で何が出来るのだろうか。
いつも守られるだけの、この手で何が出来るのだろう。自分がここにいるのは、本当に光の足枷にしかなっていない。
「刃君、大丈夫? 顔色悪いよ? 保健室行った方が……」
「あ、あぁ。大丈夫だよ、気にしないでくれ」
「そ、そんなわけいかない! 少しだけ抜けよう! すいません! 刃君少し体調が悪いみたいなので、私が付き添います!」
「え、ちょっと三条!? もうすぐエキシビションが……!」
「大丈夫だよ、終わるまでに戻ってくれば、ね?」
こんな自分のことでも本気で心配してくれている。本当になんて良い子なんだろうか。
そしてこんな良い子の思いを、無下には出来ない。
「わ、わかった、じゃあなるべくすぐに戻ってこよう」
「う、うん!」
「さぁ、行くわよ刃。私から離れるんじゃ……刃?」
*
「良かったね、特に何か悪いわけじゃなくて」
「あぁ、ありがとうな。わざわざ心配してくれて」
「う、ううん! そんなお礼を言われることじゃないよ!」
「あらあら、青春してるわねー2人とも」
「ふ、藤先生! ち、違いますよ!」
保険医の藤にからかわれ、反射的にそう答えてしまう。保健室で身体を診てもらったが、特に問題もないとのことだった。
「じゃあさっさと戻りなさいね。私は本部の方に戻るから。2人きりだからってお楽しみしてるんじゃないわよ?」
「「しません!!!」」
からかうだけからかって藤は戻っていった。本当にあの先生は苦手だ。
「……じゃあ、俺らも戻ろうぜ。もうエキシビションは始まってるだろうし、早くしないと光にどやされるからな」
「そ、そうだね……」
「……三条?」
今度は亮の顔色があまりよくないように見える。なにか思い詰めた表情。
「あ……あのさ、刃君!」
「お、おう」
かと思えば、今度はしっかりと刃を見据えてハキハキとした物言い。そして、次に亮の口から出た言葉は……。
「……こ、このまま2人で、サボらない?」
「……へ?」
驚きの提案だった。亮は真面目で優しくて、サボるなんてことを考える子だとは思っていなかった。
そりゃ1男子高校生としては、亮のような可愛い子にそんなことを言われたら普通は期待して舞い上がってしまうだろう。
しかし俺は違う、そんな言葉を言われて舞い上がって勘違いして即答してしまうようなバカではない。きっとこれには理由があるんだ。
そう思って刃は1つ深呼吸して、にっこり笑って亮に返す。
「喜んで!!!」
「ほ、ほんと!?」
──しまった、間違えた! つい本音が!
「じゃ、じゃなくて、なんでそんなこと言うんだ三条! 実行委員の俺らがサボったら問題だろ?」
「で、でもこのあとはエキシビションだけだし、きっとなにも起こらないよ! だから、一緒に……」
「いや、あと少しなら尚更最後までやりきったあとでの方が……」
「で、でもほら! 『2人でサボる』ってなんか青春っぽいじゃない? わ、私、そういうのに憧れててね……」
なにかシドロモドロな亮の態度。ここまでわかりやすいと、鈍い刃でも容易に察する。
「……なぁ三条、なにか隠してるか?」
「…………えっ?」
思えば、さっき亮はなにか言いかけていた。なにかを亮は隠しているような、そんな感じを受ける。