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I'tem(アイテム)~最弱のヒーローの物語~  作者: 西野大河
第3章 I-G
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8『さんかく』


          *




「あー気持ちいいーー! 青い空、白い雲、綺麗な海、美麗に輝く白い砂……なーにもかもパーフェクトォォォッ!!!」


 一方その頃、海へ着いた光達一行はさっさと着替えを済まし準備運動をして「いょぉーーし、いっくぞぉーーっ!」の溝渕の号令と共に海に飛び込んだ。


「うん、すっごく気持ちいいね」


 パシャッという水しぶきがカンカンに照る夏の陽射しに映し出されて、海の面で返った微弱な輝きが亮と光の笑う顔をより一層演出する。


「……俺……来てよかったわ」


 その矢田の発言に翔矢は頷いて同意。流斗は早々にサングラスをかけて日陰で休んでいる。


「そぉーーれぇっ!」


──バシャーーン!


 光は背中から海に仰向けに倒れた。

 上空にある絵のように美しい青と白。それを光は一点の曇りを宿した目で眺める。


「天気もいいし、これだったら刃君も来れたらよかったね、光ちゃん……光ちゃん?」


 少し濡れた髪を掻き上げ、亮が光の顔を覗き込む。

 綺麗な藍色のワンピースタイプの水着がこれまた眩しく、浜辺にいた他の旅行客の大半の視線を集めていることなど気付くような子ではない。

 まぁそれは白ビキニ姿の光も然りであるのだが。


「どうかした? なんか元気ないみたい」


「な、何でもないの! ただ綺麗だなぁーって空を見てただけで……」


 そうだとも。今は目一杯楽しむときだ。どっかの誰かさんのことなんか忘れて楽しく──


「……やっぱり、刃君のこと考えてる?」


「…………へ?」


 急にそんなことを聞かれて声が裏返る。


「……やっぱり、そうなんだね」


「ち、違う違う! 別にアイツのことなんか1ミリだって考えてないってば!」


「……え、本当に?」


「本当本当、だいたいアイツと私はただの幼馴染みの腐れ縁なだけ。それ以上でもそれ以下でもないわよ」


「……ほ、本当?」


「本当本当」


 そう言って光は大きく頷いた。そうとも、何も間違ったことは言ってない。全部本当のこと。自分と刃はなんでもない幼馴染み。

 そう思ったら、なんだかまたムカムカしてきたのは何故だろう。


「……じゃ、じゃあ光ちゃん。ちょっと刃君のこと、聞いてもいい?」


「…………………えっ?」


 なぜか喉元が苦しくなった。でも、何か言わなければ不自然だ。光はなんとか言葉を捻り出す。


「じ……刃の……こと?」


「う、うん」


 もう一度確認するように問うと亮はコクッと頷く。どうやら聞き間違いではないらしい。


「その……刃君が昔どんなだった、とか……何が好き、とか。ほんとに何でもいいの、教えてくれないかな?」


 なんだ、そんな簡単なことか。そんなのはいくらだって教えられる。そのはずなのに、何か喉に引っ掛かって言葉が出てこない。

 そのうち、光は少し俯いて考えている自身に気がつく。悩んでいるのだということに。


「(な、なんで悩んでるんだろ、私……。そんな簡単なことなのに、なんで……躊躇ちゅうちょしてるの?)」


 わからない。なんでこんなに心がモヤモヤする。亮の顔がまっすぐ見れない。


「やっぱり……ダメ……だよね」


「えっ!? い、いや違うの! ちょっとあまりにも唐突だったから驚いただけで! で、でもなんであんなナマクラのことなんて知りたいの?」


「な、なんでって……それは、その……」


 その問と共に亮を見ると、亮は顔を真っ赤にして両手で顔を覆っている。


「あっ……あのさぁ……もしかして……亮って……」


 これは……もしかしてもしかするのだろうか。いやしかし、あの優等生で男子からも人気が高い亮に限って、そんなこと……。

 そんなことが脳裏によぎる光と未だに顔を隠す亮、2人の間を波の音が支配する。


 やがて、光が小さく切り出した。




「も、もしかして亮って……刃のこと……」




「おぉーーい、2人とも何しとんのやぁ!」


 ビクッとして2人してその声の方を向くと、皆が浜辺に集合して予定していたスイカ割りの準備をしていた。



「う……うん今行くー! い……いこっか、亮!」


「そ……そうだね!」


 2人はハハハッと空笑いを交わすと、どこかよそよそしく砂浜に引き上げたのだった。




          *




──ブロロロロロ……。


 低いエンジン音を鳴らして一同を乗せたバスは旅館へ向かっている。

 もう日も暮れはじめ、遊んで疲れきった流斗や翔矢達はぐっすり眠っていた。


 ただ、亮と光は眠れない。お互いに逆側の窓の淵に肘をかけ、遠くを見つめる。

 思い出すのは、さっきの海でのやり取り。


『教えてほしいの、刃君のこと』


 やはり、あの亮の言葉はそういうことなのだろう。しかし、最後まで確認できたわけではない。


「(……なんで私、こんなにイライラしてんのよ。私には関係ないのに)」





「(……あの時の光ちゃんの顔。あれってやっぱり……そうだよね)」


 同時に亮も思い至っていた。光の様子がおかしかった、その原因に。


「……気付いてるのかな、光ちゃん」


──ブロロロロロ……。


 バスは虫の声が響く真っ暗な山道を走り抜ける。先も見えないような……真っ暗な道を。




          *




「おっかえりぃ! 皆疲れただろ、ほらこっちこっち! もう風呂でも入っちゃってさっぱりしなって!」


「…………」


 だというのに、帰ってくるなりこの刃の何も考えていないような暢気な台詞に光は苛立ちを隠せなかった。しばいてやろうか。


「はぁ……」


 悩むのもアホらしくなって1つため息をつくと、光はさっさと旅館の中へ入る。


「……何だ光、海は楽しくなかったのか?」


「楽しかったわよ……とっても」


「じゃなんでそんなに負のオーラ全開なんだよ」


「ある意味あんたのせい。ある意味自分のせい」


「……?」


 そう答えるとさっさと靴を下駄箱にしまい、1階奥の女子の部屋へいこうとして、刃の後ろに立つ存在に気づいた。


「ひ、東さん?」


 刃とお揃いの旅館の法被を着て佇む東蓮がそこにいた。髪も片方で結んで流し、見た目は清楚な美人さんだ。


「な、何してるの、こんなとこで」


「……手伝い」


「だっ……だって、今日の朝は風邪気味で海は止めとくって言ってたって藤先生が──」


「……お昼頃、治った」


 なるほど、特訓に付き合うためにそんな嘘ついてくれたのか。刃は初めてそう気付いたが、そんなことより光や亮にとって重要なのは、


「そ、それで……どうして刃君と東さんは一緒にいるの?」


 そう、『何故、彼と蓮が一緒にいるのか』であった。


「……彼が忙しそうだったから」


「だ……だからって旅館の手伝いなんてしなくても……朝までは病人だったんだから」


「治って暇だったし、彼に頼まれて……ね?」


 視線でアイコンタクトを交わす。同意しておけば辻褄は合うだろう。


「あ……あぁ、そうそう! 俺1人でも行けるかと思ったけどけっこう辛くてさ! それで2人でいろいろやってたんだよ」


「………………『色々』って、何?」


 何故だろう、光と亮の視線が痛い。

 だが、ここでバレるわけにはいかない。刃は無い頭を必死にフル回転して言い訳を探す。


「そ、そりゃあ……えっとぉ……布団片付けたり、料理運んだり……なぁ?」


 それくらいしか思い付かず刃が蓮に同意を求めると、蓮はコクリと頷いて見せた。


「ほら、蓮もこう言ってるわけだし、そんなに気にすることじゃ──」


『……れん(・・)?』


 突如、鎧亜以外の全員から怪しい目で見られる。え、今なにかおかしなことを言っただろうか。


「ほう、名前で呼び合う仲になっているとは……刃、俺達が海に行っている間にずいぶん東と仲良くなったんだな」


「えっ!? いや、これは蓮に──」


「へぇぇえぇ~……蓮と一日で呼び捨てなんてな・か・よ・し・でよろしいことねぇ。まぁいいんじゃない!? 別に私たちには全然、これっぽっちも関係ないし、そのまま仲良くしてりゃいいじゃない!」


「それもそうか」


「ふん!」


「ギャア!?」


 刃の目を流れるように潰すと、光は俯いたまま刃の横をとおり部屋への廊下を走り抜ける。


「な……なんだよ、あいつ」


「…………刃君。お疲れ様」


 そう亮の声が聞こえたと思い向き直ると同時に、亮は光の後を追うように刃の隣を横切って廊下を軽走りで奥へ消えていった。


「ど……どうしたんだ、2人とも……」


「どうしたもこうしたもないだろう」


 目を押さえながらの刃の言葉に流斗が腕を組んで呆れ顔で言う。


「お前はあの態度で何も感じ取れないのか」


「いや、2人が怒ってるっぽいってのは感じるけど……」


 流斗はハァ~とさらに大きなため息をついて続ける。


「あれは明らかにそういうことだと思うが」


「どういうことだよ」


「……まぁこの際、それは置いておこう。それより、いつの間に東とそんなに仲良くなったんだ?」


 流斗が指差す先を見ると、蓮が刃の法被の裾を握って離さない。


「い、いつの間にって言われてもな……」


 思い出すのは、今朝の特訓のことである。




           *




「……ねぇ、火野刃」


 特訓中にそんな風に蓮に呼ばれたことが、そもそものきっかけだった。

 これまで『ナマクラ』だの『I'temなし』だのという不名誉なあだ名などは呼ばれたことはあっても、同年代からフルネームで呼ばれたことはない。


「な……なぁ東さん? その……フルネームはやめてくんねぇかな。なんか、苦しくてしょうがない」


「じゃあ……何て呼べばいいの?」


「えっ、そ……そうだな……普通に火野君とか、刃君とか」


「……私、『くん』とか『さん、ちゃん』とかつけて呼ぶのと呼ばれるの……苦手。火野でいい?」


「だ、ダメではないけど……」


 なんだか先生に呼ばれてる気分になるのでいい気持ちはしない。それならいっそのこと、


「……じゃあ下の名前を呼び捨てにしてくれないか? そっちの方が抵抗がない」


「……『刃』?」


「そうそう!」


 蓮は確かめるようにもう一度「……刃」と呟くと、控え目にクスクスと笑いだす。


「ど、どうかしたか?」


「あたし……男の子を名前で呼んだの……初めて」


 マジか。


「じゃあ今までどう呼んでたんだよ。上の名前か?」


「名前なんて呼ばない。『ねぇ』とか『あなた』とかで済ましてた」


「な……なるほどな」


 あまりのことに言葉を失う。この子、基本的に周りに興味がないのだろうか。

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