7『秘密の特訓』
*
「えぇっ!? 刃は来ない!?」
次の日の朝早く、旅館の前での光の驚嘆の声は思ったより大きかった。他の人が泊まっていれば苦情でも入っただろう。
「えぇ。なんか今日からこの旅館の仕事が忙しくて、そっちを手伝うらしいわよ」
海へ行く用意を済ませた一行が旅館前で集まっているのに、刃が来ないことに疑問を抱いた光が藤に聞いた返答がこれだ。
「何よそれ!? バイトしにきてんじゃないのに!?」
「まぁ……刃がいいなら俺らがどうこう言うことはないが、もし無理矢理やらされてるなら──」
そう言って流斗がI'temを構えたところで、
──ガラッ。
「悪い、みんな!」
絶妙のタイミングで刃が玄関から顔を出した。もちろんこうなることを見越して、隠れて期を見計らっていた。
「ちょっと女将さんから頼まれちゃってさ、悪いけど俺抜きで行ってきてくれ」
「あ……あんた本当にいいの!? 海よ、海! いつもならアンタが1番こういうイベントはしゃぐのに!?」
「あぁ。でも女将さんには昨日お世話かけてばっかだったし、今日くらいは少しでも役に立ちたくてな」
「だっ、だからって……」
「俺がそうしたいんだ。だから俺のことは気にせず行ってくれって。なっ?」
「……っ!」
光はしばらく黙り込んだが、やがて不機嫌そうに眉を吊り上げ、
「そうよね、あんたじゃ向こう着く前にバスに酔ってダウンするのが落ちだもんねっ、バーカッ!」
ベーっと舌を出してバスに乗り込んだ。
光の言い分は間違ってはいないので刃は苦笑いしか出来ない。
「……じゃあ、俺らも行くが、本当に良いんだな、刃」
「あぁ。皆は任せたぜ、流斗」
「……あぁ」
やがて皆が乗り込んで発車したバスの背中が見えなくなるまで見送ると、刃はやっと肩をなで降ろす。最後に流斗は怪しんでいたようだが、うまくごまかせたようだ。
「さて……みんな行きましたかね?」
刃の後ろの方からひょっこりと顔を出す宮守。
「……うまくごまかせただろうかなぁ」
「まぁ多分大丈夫ですよ。それよりこの後の──」
「はい、わかってます! 今、準備してきます!」
1回の敬礼でそう答えると、刃は自分の荷物が置いてある2階への階段を駆け上がる。
「……あの一途な態度がしっかり勉強に向けば、きっと流斗君以上の秀才になったでしょうねぇ」
*
「……くしゅっ!」
「なんや流斗、風邪か?」
「いや、なんだか……誰かが俺の噂か何かを言ったような」
「そりゃどこでだって噂されてるわよ、流斗なら。あんた達、女子の噂の的のど真ん中なんだから」
「そんな褒めんなや光ィ。照れてまうやろ~♪」
「……翔矢のどこがいいのかは、ぜんっっずぇんわかんないけどね」
「そりゃワイのかーっこいい外見と天使のスマイルやろーなー」
「「…………」」
「お願い沈黙だけはやめとくれ! そんなんされたらワイ死んでまう!」
「「……ふぅ」」
「じーーーーん! カームヒアーーッッ!!!」
「(……女子といえば、あの子はどこだ?)」
旅館裏の特別錬成場。そこか今回の特訓の場だ。しかし、そこにいたのは刃たちだけではなく。
「……先生」
「はい、なんですか?」
「一体……このメンツはどういう……」
そこにいたのは刃と宮守。そして、
「アーーーーイ!」
「…………」
火野藍はまだわかる。しかし藍を抱えていたのはあの会議室の奥にいた女の子。
綺麗なロングの黒髪の間から覗く綺麗なライトブルーの瞳は、まっすぐ刃を写していた。
「えっと……あんた確か……」
「……1年D組、東蓮」
彼女は表情1つ変えずに刃に答える。少しコミュニケーションがとりにくそうな子である。
それより刃には他に気になることがある。
「先生、特訓って俺と先生のマンツーマンじゃないんですかぁ!?」
「マンツーマンなんて言いましたっけ?」
昨日の話の流れならそう思っても仕方ないだろう。
しかも、この特訓は他の皆には秘密にするように言われていたのだから尚更だ。
「彼女達は刃君のサポートのために残ってもらいました。刃君の特訓には必要不可欠だったのでね」
東蓮、彼女はまだわかる。しかし藍がサポートとは一体どういうことだろうか。
「……あなたが、火野刃?」
藍を抱えながら東蓮はこちらにゆっくり寄ってきた。
彼女は腰の上辺りまで伸びている黒髪を揺らしながら刃の前まで歩いてくると、背が刃の胸くらいしかないことがはっきりわかる。小さくて可愛らしいサイズだ。
「お……俺を知ってんの?」
「……貴方、有名人だから」
「ま、マジか! まぁ俺みたいな良い男早々いない──」
「……唯一、I'temを持っていない落ちこぼれさんでしょ?」
「ですよねー」
まぁそんなことだろうと思っていたけど。こんな美人さんに知られているなら悪い気はしない。
「では、挨拶も終わったようですし……そろそろ本
題に入ります」
その言葉に全員の視線が宮守に向いた。いよいよだ。
「まずは蓮ちゃん。お願いします」
「……はい」
そう答えると、蓮がポケットから取り出したのは盾型をしたキーホルダー。
「(……あれって、やっぱり)」
「……解紋」
──カアッ!
刃の予想通り、それは蓮のI'temだった。
形状は盾。だが光のような全身を隠せるデカい形ではなく、腕につけられる小さなタイプ。さしずめ『ミドルシールド』と言うところだろう。
盾の真ん中には紋様が付いていて、その上に何か機械的な生き物のような彫り物。
そして、盾の左右対称に“畳んだ羽根”のようなものがついていた。
その羽根の付け根には玉のような飾りが1つずつある。
「……『初紋字・陣』!」
──パァァァ……!
周りがドーム場の紫色の『陣』に囲われた。これで外に音ややっていることが漏れることはない。
「ありがとうございます、蓮ちゃん」
「……蓮“ちゃん”は……やめてほしい」
「さて刃君! 今度は君の番です!」
「…………」
「(あの子の言うことはスルーですか先生!?)」
「……(ギロッ)」
そして、何故か蓮に睨まれる。酷い話だ。
「じゃ、刃君。まずは私がこれから言うことを追って順にイメージしてください」
「い、イメージですか?」
「えぇ。まずは座って周りの空気を感じてください。ここには自然の優しい空気が溢れています。まずは自分自身を感じます。そのあとに周りから何かを集めるイメージ」
そんなことをしてなんになるのかとは思ったが、とにかくやってみよう。言われた通り目を閉じて風を感じる。刃に抱えられていた藍も真似をして目を閉じた。
「(えっと……まず、集まるイメージ)」
──ザァッ……!
突然、刃達の辺りの風が強くなる。原っぱの小さな葉を動かすだけの微弱な風はゆっくり強まり、それは周りの木々を巻き込み始める。
「(……なに、これ)」
周りの様子がおかしい。蓮が周りを確認すると静かだった風がだんだん強くなっていく。
「……その調子です、刃君。次はその場で丸くこねるイメージ」
「丸……丸……」
──パァァァァ……!
「……これって!?」
と、その時だった。突然刃と藍の身体が輝き始める。それと共にいっそう強くなる風。蓮は目を細めて必死に今起こっていることを見逃さないように努める。
「これで最後です。それを剣へと変化してください」
「『剣』を……イメージ」
──ガァァァァ……!
「(目が……開けてられない!)」
「…………」
2人の輝きはさらに増し、黄金色に輝く太陽が空と地の2つにある。
2人の周りに集まっていた風はその輝きを後押しするかのように空に螺旋を描き……辺りが激しい疾風に包まれた。
──ギュァァァァァァァァァ……!
視界の全てが白に塗り潰され、それはゆっくり炸裂する。
「(………………風が……止んだ)」
蓮はゆっくり目を開けて辺りを確認してみる。
特に周りに変化した様子はない。さっき輝いていた藍と刃もただ原っぱの真ん中に座っているのみ。
「はい、大丈夫ですよ刃君。ゆっくり目を開けてください」
言われて刃がゆっくり目を開けると、なにやら気持ちいい風が感じられた。
「……どうでしたか? なにか違和感などはありませんでした?」
「い、いや、特には」
「……え?」
そんな馬鹿な、あんなに輝いて暴風が吹いていたというのになにも感じなかったというのか。
蓮が確認しようとして、宮守は口の前に指を1本立てて制止した。
言ってはなりません、そう言われたように。
「刃君、君のI'temはきっともうすぐ出ると思われます」
「……え!? ほ、本当ですか雅ちゃん先生!」
「はい。しかし、I'temが出るにはきっかけが必要なのです」
「き、きっかけ?」
「はい。I'temが発現するほどの強い思い。それが何よりのトリガーになります」
「……」
そういわれて思い返してみると、確かに1度I'tem出たときは藍を守ろうと必死だった。きっとあの時のような強い思いが必須。
しかし、それをわかっていても自分の手ではどうすることも出来ない。
「……あと、この特訓のことは他の人には話さないでください」
「……え?」
「……どうして?」
「簡単に言えば、まだ君の力は未完成だからです。もし中途半端に戦力に数えられてしまえば、本番でその力を使えなければ君は怪我ではすまない。I'temが完全に出るまではおとなしくしていてください」
言われて納得する。確かに戦力になるかならないかを判断してもらうまでは下手に周りに知られない方がいいだろう。
「……でも、私達だけ抜けるのは怪しまれると思う」
蓮の言うことももっともだ。今回は上手く誤魔化したがこれが何回も上手く行くとは思えない。
「……そこは任せてください。私に考えがありますので(ニヤリ)」




