5『女将』
「(うわぁ……むっちゃくちゃむずそうだな)」
こんなものやらなくてもわかる。さすがは特待生。これくらいできて普通ってことなんだろうか。
「さて……次は刃君ですよ」
と、宮守は鎧亜の方からクルッと刃に向きを変えた。
「でも……俺は一体何するんですか? I'temもないのに」
「じゃあ聞きますが、何をすると思います?」
「……えっ?」
そう聞き返されて刃も考えてみる。一番に考え付いたのは『封紋華』だった。
I'temを持たない刃にとっては唯一の対抗手段だし、そこを伸ばすのは悪くないはずだ。
「……封紋華の特訓、ですか?」
「そうですね、惜しいですが少し違います」
違うのか、ならば考え直してみよう。
戦略を考えられるように本を読む、基礎体力作り、身を隠す方法、どれもしっくり来ない。
ウーンウーンと唸っていると、宮守は嬉しそうに手を叩いた。
「……それですよ、刃君」
「……へ? それ?」
「えぇ。刃君は今、いろいろな考えを模索し、イメージを膨らませていたのではないですか?」
そうして宮守の言いたかったことを理解する。つまりは、
「……イメージすることが特訓、ってことですか?」
「そうです。刃君にはこれから『イメージ』の特訓をしてもらいます。まぁ最初に小手調べです。まずは目を閉じてください」
言われたとおり目を閉じると、それを真似して藍も目を閉じた。
「次に自分が真ん中にいるイメージを。そして自分に渦を描いて『何か』が集まってくるイメージ」
「『何か』って……何ですか?」
「それは刃君の自由です。そしてその『何か』が自分の周りに『形』を作り上げています。……さぁ、どんな『形』です?」
「うーん……『丸』……かなぁ」
「では次にその丸が自分の周りから前へ移動し、『武器』の形を象ります。刃君はそうですねぇ……試しに『剣』をイメージしてください」
「(うーん……『剣』……『剣』……)」
──パァァァァァ……!
刃がそれをイメージしたとき、刃と藍の身体が柔らかく輝いた。2人とも目を閉じているためそれを気づけない。
「(やはり……もう『時』は満ちていましたね)」
「はい、オッケーです! ゆーっくり目を開けてください」
刃と藍の輝きはゆっくり萎しぼみ、やがて消え失せた。
「……なんか……気持ちよかった」
「刃君はそのイメージした『剣』を持ってみましたか?」
「はい。一応は」
「ならば、それで充分です。では、刃君と藍ちゃんは先に旅館に戻ってください」
──はい?
「えっ……だって特訓は今始まったばっかですよ!?」
「実は女将さんのお手伝いをさせて貰えるよう頼んであります。なので後は女将さんに従ってください」
「(なっにぃぃぃぃい!?)」
いったいどういうことだろうか。旅館の手伝いをしてなんになるという。何か考えがあるのだろうか?
「アーーーーイ!」
「おっ、藍ちゃんいい返事です!」
「ちょ……ちょっと待って、雅ちゃん先生!なんでこんなとこまで来て俺だけ特訓じゃなくて雑用なんですか!?」
「雑用? とんでもありません。これは名誉ある仕事なんですよ!」
「ぜんっぜんそう感じないんですけど……」
「いやー実はここの旅館は毎年使わせてもらってるんですが、ここらへんにはこの時期若い男の手が足りなくなることが多くて、私はその労力を提供する代わりに格安で泊めてもらうというギブアンドテイクの関係なのですよ」
「俺にとってはテイクしかないですよねそれ!?」
「そんなことはありません。未知の経験は必ず自分自身の糧になります。さぁ、行くのです! 自らの輝かしい未来のためにっ!」
「アーーーーイ!」
そう言いきると宮守は藍と共に仲良く天に向けてガッツポーズを突き上げる。
「(もう…………好きにしてくれ)」
これ以上は何を言っても意味がないと悟り、刃は全力で身体を脱力させると藍を抱えて旅館への山道を戻ったのだった。
*
「ほら刃! もっと腰入れな、そんなんじゃ日が暮れるよ!」
「はっ、はいっ」
もう暮れているであろうこんな時間まで刃は何をやっていたのかというと、女将さんの指示で特訓から帰ってくる皆のご飯の支度を手伝っていた。
まず昼にミーティングをした広間のテーブル、畳、檀上、機材を拭いて、そこに12人分の料理の乗ったお盆を運ぶ。
まぁ泊まっているのが今日は自分達だけだからこの人数で済んでいるのだが、これが他の客まで増えてきたらたまったものではない。
「(てか……今日はなんで客が俺達だけなんだろう)」
見た目はきれいだし世間は夏休み。近くに対した商業施設や娯楽施設があるわけでもないが、自然に囲まれたこの旅館はとても良い場所に思える。
なのに夏休み初日の今日は客が自分達だけ。何か他にも理由が──
「オラ刃ッ! さっさと運びなぁ! 皆が帰ってきちまうだろうがぁ!」
「はっ……はいぃ!」
なんて考えている場合じゃない。このままでは女将さんの何度目かわからない雷が落ちる。
「次にやる仕事との行程をイメージしてやりな、そうしなきゃ上達しないよっ!」
「はいぃぃ!」
「アーーイ!」
持ったお盆をひっくり返さぬよう配慮しつつ全力で料理を持って移動する刃。藍はその傍で腕を目一杯使って応援していた。
──数分後──
「ふぅ……どうにか形になったねぇ」
「は……はぃ……」
刃は料理が並んだテーブルを満足そうに眺める女将さんの隣で力尽きていた。藍は他の従業員の方に任せてある。
初日でこれか。まぁしかし、これくらいならまだどうにか──
「まぁ……今日は序ノ口の序ノ口だな。明日からもっと忙しくなるから覚悟しな」
そのときの刃は卒倒しそうになる自らの体を保つのに精一杯だったという。
「し……シヌ……」
現在、休憩部屋の時計の針は午後11時半を回る。
忙しかった刃の仕事はようやく終わり、従業員用の部屋で魂が抜けたように崩れ落ちていた。
まさかこれを一ヶ月続けるのか? 間違いなく死ぬ。体が持たない。
──スッ。
「入るよ刃……なんだい情けない。あれしきのことでダウンかい?」
静かな襖の開く音と共に、カラカラと笑って女将さんが入ってくる。見た感じ20代前半ぐらいの若さなのにこの忙しい旅館を回していて、尚且つまだまだ元気そうだ。素直に尊敬する。
「……すごいっすね女将さん……。俺以上のハードスケジュールを熟こなしてるのに」
「こんなんでハードなんて言ってたら旅館の女将は勤まらないよ」
そりゃそうかと項垂れた。別に自分が戦力になれるとか思い上がっていた訳じゃないが、ここまで役に立たないと流石にへこむ。
──コトッ。
と、何かがテーブルに置かれた音がして刃が顔をあげると、
「う、旨そう!」
なにやら美味しそうなどんぶりが置いてあった。
「ま、アンタは最初にしちゃ頑張ったよ。明後日からも頑張ってもらうから、これ食べてさっさと寝な」
「……」
そうは言われたが、思わず料理とは反対の方向に顔を反らしてしまう。別に腹が減っていなかったわけではない。
ただ、こんな役立たずだった自分がこれを食べて良いのだろうか、刃はそう考えたのだ。
「で、でも女将さん。俺は……」
「食べな。じゃないと明日、目一杯遊べないよ」
「……あ、遊ぶ?」
その女将さんの言葉に刃は顔を上げて向き直る。
「あぁ。明日は特訓は休みで、全員で海へ行くらしいよ。アンタにも伝えといてくれと頼まれてね」




