9『兄として』
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その日の朝は少し早かった。
兄が起きてくる前に飯の準備をし、終わらせるべきことを終えて家を出る時間までコーヒータイムを楽しむ。
別に学校へ行かなくてもいい身分なので焦ることもないが、勉強はできるに越したことはない。それに今は別に学校へ行かなければならない理由もある。
「……あのガキ」
黒道鎧亜は思い出す。あの子供が予想通りだとするなら、なぜあそこに現れたのか。そこに何か理由があるはず。
現に自分は特待生でありながら、彼らに野望を阻止された。大門寺光に水仙流斗、風間翔矢、そして、
「……火野、刃」
一番の想定外は奴だった。あの紋字はなんだ。今まで自分が見たこともない紋字だった。
「……しばらくは、様子見だな」
そう呟いてコーヒーを口許へ運ぶ。そうだ、あの子を奪うのはあれの真意を確かめてからでも遅くはない。いつでもチャンスはある。
鎧亜は朝食を片付けると玄関へ。靴を履き出ようとしたところで、
「……あれ? 鎧亜、もう出るのかい?」
2階に続く階段の先から声がかかる。
「……おはよう、兄貴」
「あぁ、おはよう。なんだよ、言ってくれれば良かったのに。今日の当番は僕でしょ?」
「大したことない。行ってくる」
「……なぁ、鎧亜」
「……何だ?」
鎧亜はドアノブに手をかけたまま、振り返らずに聞き返す。
「…………いや、なんでもない。いってらっしゃい」
「……あぁ」
閉まったドアを見て、鎧亜の兄、黒道司郎は肩を落とした。また、何も聞けなかった。
「……鎧亜」
君は、僕を恨んでいるかい? 憎んでいるかい? そんな言葉がずっと喉に引っ掛かったまま。
それでも、今は笑顔で送り出せるこの状況が嬉しい。それを壊したくないから、言い出せない。
情けないことはわかっている。でも、今だけ。今だけは。
「……いってらっしゃい、鎧亜」
ただ兄として、できる限りのことをする。それが自分の、贖罪なのだと。




