5『鮫』
「……驚いたな」
『!?』
その声に全員が視線を戻す。舞った砂埃の中から羽織についた砂を軽く叩いて悠然と黒道鎧亜は現れる。
「(……あの程度で勝てるとは思ってなかったが)」
「(ほぼ無傷かい)」
「……なるほど、納得した。確かにお前たちは言葉だけじゃない。それに伴う実力も持っている。それは認めよう。だが……」
──ズアッ!
「「……っ!?」」
さっきよりも一段と強い殺気。それが鎧亜の全身から溢れ出る。
「なまじ強かったことを、後悔することになる」
「流斗!」
「わかってる! 『鞭』!」
流斗は燈気を練り直して全ての水の鞭をもう一度鎧亜に集中させる。これで隙を作ってそこに翔矢が叩き込めば──
「『初紋字』」
『ガアアアアア!!!』
「「!?」」
と、そこで鎧亜が動いた。いや、正確には鎧亜のI'temが。
鎧亜が持っていた太刀の刀身に柄から切っ先にかけて入ったギザギザの模様、そこから刀身が2つに割れ始めた。まるでそれは生き物の口のように雄叫びをあげて中から黒い炎のようなものが揺らめかせている。
「『爆』」
鎧亜はそう唱えてその太刀を一振り。黒い炎が爆発となって辺りの地面ごと流斗の『鞭』をすべて吹き飛ばしてしまった。その砂埃が鎧亜の姿を隠す。
「な、なんちゅうパワーや」
「……この威力はさすがと言ったところか」
こうなっては次の手を考えなければならない。鎧亜はどんな手で来る? どんな紋字を使ってくる? その読み間違いが命取りになるため、砂埃が舞う中に迂闊に飛び込めない。
そしてそれを、鎧亜もわかっていた。
「『弐紋字』」
「「!!?」」
だからこそ、この手で行く。鎧亜は動く前から決めていた。
「くそっ!」
「『麟』!」
それを使わせてはならない。翔矢はなりふり構わず高速で砂埃の中へ飛び込んだ。
「『咬鮫』」
そして静寂。何の音もしなくなった。
「ど、どうなったの?」
「お、俺にもわかんねぇよ」
光も刃もよくわからなかったが、おそらく中で何かしらの決着がついたのかもしれない。もしかしたら、鎧亜が紋字を使う前に翔矢が倒したとか、そういうことなのか。
流斗は剣に手を置いて燈気を練りながら、舞う砂埃に集中していた。
やがて、ゆっくり砂埃が晴れる。その中に立つ1つの影。
「しょ、翔矢──」
「残念だったな」
その声は、刃の呼んだ友の声ではなく、黒道鎧亜の声。
「……この俺の羽織に汚れをつけた人間も久しぶりだ。だから、水仙流斗、風間翔矢」
そして気付く。その鎧亜の後ろに大きく見えるもう1つの影。
「……お前たちに最大の敬意を払って、葬ってやる」
『ガアアアアア……!』
その影は砂埃の中からゆっくりと姿を現した。
「……っ!」
「な、なんだよ……こいつ!」
その正体は深紅の眼に真っ黒の巨体を持つ鮫。
高さはゆうに刃たちの3倍、幅だってそのくらいある。
そしてその大きな口。そこに咥えられていたもの。
「「「……翔矢!!?」」」
『ガアアアアア!』
その鮫が口を開けると、翔矢の体はゆっくり下へと落ちていく。
「『鞭』!」
急いで待機させていた『鞭』で翔矢を受け止めてこちらに運ぶ。
「……酷いっ!」
その傷口を見て光は口元を手で覆った。右腕から多量の出血。このままではヤバイ。
流斗は自身のシャツを破いて出血箇所から上を縛って圧迫。止血の応急処置へ入る。
「わ、ワイのことはええ……それより、アイツを……」
「無駄なことだ。すぐに全員がお前と同じことになる」
その言葉に全員が鎧亜に向き直る。そして改めてその脅威を見た。
「……まさかとは思ったが、重ねて『弐紋字』まで使えるとはな」
今周りに張っている『結界』、それと重ねて弐紋字を使えるなど想像もできなかった。
これが特待生、これが黒道鎧亜。
「これでわかっただろう。お前達がいかに無力かということを。わかったらそのガキを渡せ。さもなくば……」
『ガアアアアア !!!』
さっきよりも大きな雄叫びをあげて鮫がこちらへ敵意を向ける。その深紅の眼が写すのは、刃達の恐怖に歪んだ顔だった。
「……全員、死ぬぞ」




