2『少女の行方』
──バッチーーン!
「ヘボァッ!」
腫れ上がった顔にさらにダメージが重なる。
光は刃をはたき倒すと、また両頬に手をやり俯いて混乱の絶頂に陥った。
「なんで……わけわかんない……なんで……」
「(……こりゃしばらく、1人で整理させた方がよさそうだな)」
身の危険を感じた刃はその少女を連れて2階の自らの部屋へそそくさと移動したのだった。
*
「……はぁ……ほんと、何でこんなことになったんだ? いや……元凶は間違いなく……この子か」
刃は隣で部屋のものを物色するかの如く、じろじろ辺りを見回す少女を見て呟いた。
本当にこの子は何者なんだろうか。自分のこともしゃべらない、姿からもどこの子だかわからない。何よりも、なぜ空から現れたのか。全てが謎だらけなのだ。
「……なぁ、お前は一体、何者だ?」
試しに聞いてみると、少女は刃に向き直り、ニッコリ笑って、
「パパ!」
「あ~……はいはい、聞いた俺が馬鹿だったよ。とりあえず、この子はやっぱり警察に任せよう」
迷子である可能性がある以上、それが一番確実だ。
そう思って刃は自分の携帯を取り出して操作、警察へ電話しようとしたときだった。
「……え?」
その少女は初めて笑顔を崩し、悲しそうな顔をして刃の手を握ってくる。
「ど……どうした?」
聞いても答えず、少女は手を握って首を横に降るのみ。
「……ど、どうしたんだ?」
刃がそう聞いても、少女は首を横に振るだけで。
「……警察に行きたくない、のか?」
試しに聞いてみると、少女は大きく頷いた。
「ま、マジかよ……」
これはいよいよ困ったことになった。なぜかはわからないが、警察にいきたくないらしい。それではこっちがどうすればいいかわからなくなる。
「……ん?」
と、ここで気づいた。少女はおそらく『警察』がなにかを知っている。というより、刃の言葉を理解している。だったら、きっと刃の言葉も理解できているはずだ。
「な、なぁ、君はなんで『パパ』と『ママ』以外、喋らないんだ? 自分のこととか何か──」
そう考えて刃が聞いてみたときだった。
──ガチャッ
刃の部屋の扉が開き、冷静を取り戻したであろう光が入ってきた。
これはいいタイミングだ。少し少女の事を聞き出せるかもしれない。なら、同じ女の光の方が話しやすいだろう。
「おぉ、落ち着いたか? 実は今この子に自分の事を聞いてみててさ……」
「…………」
というのに、刃の言葉に答えずに光はジトッと半眼で刃を睨みつけるのみ。
「な……なんだよ、どうした?」
すると光は一言も発せずに、刃の二の腕を掴んで部屋の外へ引きずり出した。
「お、おい! なんなんだよ!」
部屋の外に出て、一旦ドアを閉める。そこで光は刃の腕を解放。しばしの沈黙。
「…………刃」
「だ……だからなんだって」
そう返した瞬間、背を向けていた光はクルッと刃に向き直って有無を言わさぬ勢いで告げた。
「……あの子……絶対、外に出しちゃダメよ!」
「……は?」
光の唐突過ぎる発言に、さすがに刃も戸惑わざるを得ない。
「お前、いきなり何を言って──」
「わかんないの!? あの子を外に出して私たちの事を『パパ』『ママ』なんて呼ばれてみなさいよ!」
そう言われて考えてみる。外で『パパ』『ママ』と呼ばれた場合か。
『……お前ら、いつの間にそんな関係になったんだ(全てを知った上で悪乗りする流斗)』
『こりゃ盛大にお祝いや! 皆に広めな!(全力で便乗する翔矢)』
『殺す(光のファン)』
『殺す(光パパ)』
『殺す(光兄)』
『あらあら、順番を間違えちゃったの、刃ちゃん? そういうときは私にいってくれればいいのに♪(光ママ)』
ダメだ。きっと命がいくつあっても足りない。
「大惨事だ」
「でしょう!? あんな馬鹿げた話なんて誰も信じないし、あの子はさっきから自分のこと話さないし……」
一度部屋を覗くと、あの子は楽しそうに部屋の本を読んでいた。そもそも読めるのだろうか?
「……とにかく、あの子が私たちのことを『パパ』や『ママ』って呼んでる間は外へ出しちゃダメよ!」
それには同感だが、まず他にやれることがあると思うのだが。
「い、いや、こういう場合はまず警察にいった方が──」
「警察に行ってどうなるの? あの子は口を開けば『あの二言』しか話さないわ。私たちが連れてって『あの二言』のどっちか言われてみなさい。どう誤魔化すつもり?」
「うっ……」
刃も光が言いたいことを理解。確かに本人がなにも話せない状態で『パパ、ママ』などと話されては誤解しか生まない。それが広まってしまう可能性だってある。
「……あんたの両親がいないのは不幸中の幸いだわ。ここならある程度匿えるし、鍵をかければ外にも出ずにいてくれる」
「……ん?」
待て待て待て、と考えてみても今の発言が指すことは1つ。
「ち……ちょっと待て! あの子、俺ん家で面倒見んのか!?」
「当たり前でしょ? 私ん家なんて不可能に決まってんじゃない」
その言葉に光はキョトンとして当たり前のように応える。
「まぁ……そりゃそうだけど……」
さすがに刃だって独り暮らしではあるが子供の面倒なんてみたことがない。いきなりそんな事態になることは避けたいので、なるべく現実的な解決案を提示してみる。
「あっ、流斗ん家や翔矢ん家は!? あいつらなら事情を話せば──」
「……あんたねぇ、あの家の家族に話したら結局私やあんたの家に広まっちゃうでしょうが。ある程度の交流はあるんだから。流斗や翔矢はそれで納得しても、その家族まで理解してくれるとは限らないわ」
「ですよねぇ……」
光のもっともな反論にグウの音も出なかった。
「……とにかく、今はここしかないの。とりあえずあの子の面倒、しっかり頼んだわよ。私も毎日来て手伝いはするから」
光はそういうと部屋に入ろうとドアノブに手を掛けるが、
「あっ、そうだ!」
ドアノブを掴んだとき、何かを思い出したような顔をして刃に向き直る。
「まだなんかあるのか?」
「昨日の御礼っ!」
昨日とはつまり、流斗達に人生最大の恥辱を受けた日。
「昨日の御礼って……昨日お前は来なかったじゃ──」
「はぁ!? 朝の7時頃まで勉強見てやった恩をもう忘れたっての!」
「……へ?」
それを聞いて、刃は目を丸くする。
朝の7時まで勉強というのも合ってるし、ここにいる光は本物だとさっき確認している。
「……じゃ、あの時のお前は……本物?」
「なによそれ? 私はちゃんと言ったわよ。朝、私と交代に来た流斗と翔矢に『この御礼はしっかりしてもらうから』って伝えてって」
そこで全ての出来事が線で繋がった。つまり流斗と翔矢はその状況を利用してドッキリを仕掛けてきたということだ。なんという悪質なんだ。
刃は苦笑し、目を左下へ泳がせる。
「……そんで?」
「……!?」
と、光がズイっと顔を刃に寄せてくる。距離にして10センチ程度の距離。恐ろしく近い。思わず刃は目を逸らす。
「ち、近いって光!」
「何を……してくれんのかなぁ?」
光は期待したような上目使いで刃に問い掛ける。
そらした視線をなんとか戻しても、その目線はチラリズムで見えてしまう胸元に。
「な……何をって言われても……」
ゴクリ、と息を飲んで数秒、さらに寄ってくる光の顔。何かされるかと目を瞑ったとき。
「……はぁぁ……まぁいいわ。別に期待なんかしてないし」
大きなため息を吐いて顔を離す。嘘つけ、超期待の目してたじゃねぇかと言いたいが、言えば文句が飛んできそうだったので言うのは止めておく。
「とりあえず……当面の事を考えていかなきゃよね。食事は私が作りに来るとして──」
「……!?」
──なん……だと……!?
「待て! それはダメだ! 絶対にダメ!」
「な、なんでよ?」
なぜかって? 決まっている。あれを幼い少女に食わせてみろ。下手をすれば誘拐事件から殺人事件にランクが上がる。
「い、いや、やっぱりこういうのは俺がやるって! 俺だってそれなりにやって来てるしさ」
「な……何よそれ!? 私だってしっかり料理くらいできるわよ!」
──あれが?




