4『鉄拳と声』
「へっ!?」
その返し方に、刃は少し戸惑う。
いつもの光と明らかに様子が違う。俯いて顔を赤らめていた。
「いや、その……ほんと覚えてないんだ。特に瓦礫にお前が潰されると思った瞬間は……」
「……そっか」
また2人の間に空白の時間が流れる。でも今はそれが少し心地いい。
「……でもね」
その沈黙を光が破った。光はまだ俯いたまま、しかしどこか優しい目をしている。
「……なんか、感じたんだ。刃が……私を助けてくれたのかな、って」
「……光」
光は俯いていた顔を上げ、刃の顔を上目使いで見た。刃もしっかり光に向き合う。
そこから、刃と光はしっかり真正面を向いて見つめあった。
──また……時間が遅い。
そして、そのまま光はゆっくり瞼を降ろす。
これは……いいのか? もし間違っていたらただでは済まない。そうわかっていても、止められない。
光の肩に手を置いて、刃の顔と光の顔は近づいていく。ゆっくり……しかし、確実に。
そして今度こそ──
『…………か』
「……ん?」
刃は動きを止めて辺りを見回す。今……何かが聞こえたような気がする。
『……か、だ……か』
なんだ、この声は。辺りを見回してみても、自分と光以外に人影はない。
でも、空耳なんかじゃない。確かになにか聞こえた。
「…………じ、刃?」
光が目を開け、キョロキョロと辺りを見回す刃に声をかける。
「……なぁ、なんか声が聞こえないか?」
「……声?」
「あぁ。何言ってんのか、声が小さくて聞こえねぇけど……でも、何か言ってるのははっきり聞こえる」
「いや……私には聞こえへんけど」
「…………は?」
そう口走った瞬間、光はパッと口を抑えた。今の口調、どこかで聞き覚えがある。いや、覚えがあるなんてものじゃない。ずっと昔から知っているその口調。
そして、刃が想像するようなことをやろうとする人物を。
「……お前、まさか……」
「……おい翔矢。もう遊びは終わりだ」
刃がそこまで言いかけて、草むらから声がする。
草むらから出て来たのは、刃の親友であり、時に最悪の悪友。
「り、流斗!?」
水仙流斗、その人だった。流斗は徐に持っていた剣を振りかざし、唱えた。
「『擬』、解除」
と、次の瞬間、目の前にいた光が水色の淡い光球に包まれ、その場所に立っていたのは、
「し……翔矢ッ!?」
同じく親友、風間翔矢。翔矢は他人の声を完璧にコピーできる特技を持っている。それは老若男女関係なく、まさに変幻自在の特技。
だが、困ったことにそのすごい特技は大抵、刃をおちょくることにしか使われない。
「いや~悪いなぁ! ちょいI'temの新しい技覚えたから試したかったんや! いやしかし……見事にハマってくれたなぁ? もうちょいでわいの唇が──」
「そぉい!!!」
「プギャ!?」
翔矢が身体をうねらせ、キスの真似をすると……刃の人生最高の鉄拳が、翔矢の顔面を捕らえる。
翔矢の身体は大きく後方に吹き飛んだ。
「おぉ、見事な鉄拳だ」
流斗は関心した面持ちで、刃の隣で拍手喝采。
──ふっ、貴様……何を悠長にしている?
「流斗……」
刃の次の矛先は、当然ながら流斗に向く。
「まぁ、言い訳する気はない。だが聞け、刃。お前は俺を殴りたいだろうが……お前は俺を殴れない。何故だかわかるか?」
「なん……だと!?」
流斗はさらに得意げに言葉を重ねた。
「何故ならお前は、俺らに最大とも呼べる弱みを握らせてしまった」
「くっ……!? この野郎!」
殴りかかろうとした刃の体に急ブレーキがかかり、拳を構えたまま固まる。
「……そうやで~、刃! お前は光にキスしようとしたんや! 本人にこれ言ったらどんな反応するやろなぁ! その現実がある限り、ワイらには手も足も出せんやろ! わーっはっはっはっはプギヤッ!?」
──あ、無意識に殴ってた。
復活してすぐ死体と化した翔矢。まぁこうなればもう仕方ない。
少し法に触れるかもしれんが、背に腹は変えられない。
「……殴ッテ、記憶ヲ抹消スベシ」
「おぉ、何という潔さだ」
流斗はまた隣で拍手していた。さて、これで覚悟も決まった。
「さぁ……次は」
もちろん、水仙流斗である。さて、流斗といえども容赦はしない。心を踏みにじった責任はしっかり取ってもらおうか!
「いや、その考えの切り替えといい、鉄拳のキレといい、素晴らしいとしか言いようがないな。だがその前に、お前のさっきの『声』とはなんだ? 何か聞こえたんだろ?」
「もうそんなことはどうでも──」
『……ねぇ』
「……っ!?」
流斗に向けていた足は、その声によって制止する。
「……やっぱり、何か聞こえる。今度はさっきよりはっきり」
『……だれか……きこえますか?』
なんだ、この声は。頭の中に反響するその声はなにかを探しているようだった。
「おい刃……俺にはなんにも聞こえないぞ?」
「いや、今はっきり……」
『……だれか、いませんか……たすけて! だれか……』
“少し大人っぽい女の声”が刃の頭に響く。
いかれてないよな、俺の頭。と、もう一度辺りを確認しても刃とその親友2人(1人は死体)のみ。
どうやら自分にしか聞こえていない声なのは確実のようだった。
そしてその声と共に暗い感情が流れてきた。何か危険な状況なのかもしれない。
「おい、大丈夫か!? 聞こえるのか、俺の声が!」
ダメ元で刃は頭の中に聞こえる声に対して返事を求める。
もしかしたらこっちが聞こえているように、向こうにも聞こえているかもしれない。
「おい刃、一体何を──」
「流斗、 頼む! 少し静かにしてくれ!」
すると、何か明るい感情と共に『声』が刃の頭の中に生まれてくる。
『あぁ……やっと……とどいたぁ』
「おい、どうしたんだ!? お前は一体……」
何か情報を得られないかと思ったが、その声は刃の話に割り込んで続ける。
『時間がないの……この子をお願い。きっと……あなたが……“最後の1人”……』
「なぁ何の話だ! あんたは誰なんだ? 無事なのか!?」
『……いつかわかる。だからそれまで……この子を……守って』
だんだんとその声の主を感じられなくなっていく。そして何かが視界に落ちてきて、刃はハッと空を見上げた。
雨のような、雪のような何かが降ってくる。沢山の橙色の光球。それが無数に、山のように。
「な、なんだこれは」
博識の流斗でも見たことのない光景。その橙色の玉はゆっくり空中で集まり、刹那、その輝きを増す。
「「!!?」」
目を開けていられないほどの眩しさ。思わず刃と流斗は目を瞑った。




