3『覚めたコーヒーはキスの味』
「やば……寝ちゃったんだ、俺……」
すぐに身体を起こそうとしたが、右肘に何かが当たった瞬間、身体を起こす動作を止め、その当たったものを見る。
「ひ……光?」
光が刃の隣に眠っていた。同じ様に腕を枕にした格好で、その前には冷めたコーヒーが1つ、無造作に置いてある。
「まさか……これ作るために、台所に?」
刃はそのコーヒーが入ったカップを手にとり、ゆっくり飲み干した。
「……うまい」
冷めていたコーヒーだったが、なんだか身体が温かくなった気がした。
「サンキューな……光」
「……ぅん」
隣でむにゃむにゃと口をさせて寝ている幼なじみの顔をじっと見つめる。
「…………」
──トクンッ、と刃の胸が小さく高鳴り、ゆっくりその顔を光へ近づけていく。
30㎝、20㎝、10㎝。ドンドンと近づくにつれて、光の洗いたての髪の匂いがする。優しい、そしてどこか甘い匂い。
なんだか……変だ。きっと今、光が起きたら大変なことになる。わかっていても止められない。
5㎝……4㎝……3㎝、時が、遅い。
2㎝、そして、とうとうその距離が、ゼロに──
「……ッ……うーん、あーっ、やっばー……寝ちゃったかぁ。……ん? あんた何してんの?」
光は両腕を天井へ伸ばした後、何故かベットに乗って両手を交互に上げ下げしている刃に気がつく。
「何でもない何でもなぁーい! アハハハハハハ……!!」
「……?」
光は刃の怪しげな動きに首を傾げつつ、机の上に視線を移す。
「……あっ」
光はコーヒーが入っていたはずの空になったカップに気づく。
「あっ、あの、さ……光……ありがとうな。わざわざコーヒー入れてきてくれて。おかげで目がバッチリ覚めたよ!」
「…………」
光は俯いたまま、顔を上げない。
「ん? どうした?」
「………あれ、私が飲もうと持ってきたやつだったんだけど」
「(な……なんだとぉ!? まさかのパターン!?)」
感謝して損した。いや、ある意味勝手に思い込んだ自分が悪いのか。なんだか釈然としない。
「あーあ。まぁいっか! 目が覚めたって言ってることだし。これで勉強がはかどるわね! さぁまだやるわよ、あとまだ4教科あるんだから」
──やっぱり……地獄だっ!
刃は机に突っ伏して、そう心で叫んだのだった。
*
その日の勉強会が終わったのは午前7時。そこから刃たちは睡眠をとろうと話になり、それぞれ眠りについた。
11時に光に「いつまで寝てんの!?」と起こされ、何かお礼をしてほしいと言うから、刃が「じゃ、どっか外いくか」と提案すると、持ってきたでっかいバックから服を何枚も引っ張り出した。
どうやら最初からその気だったようだ。
*
「うぅーーん、遊んだ遊んだ!」
あれから刃は光に付き合っていろんなスポーツをするはめになった。ボーリング、卓球、テニス、バスケ、バドミントン、ビリヤード、ダーツと、思い付いたものは片っ端からだ。
「(ここまでやってこんな元気って……化け物か、あいつは……)」
光がある程度やりたいと言ったことを消化し終えたので、近くの公園のベンチで身体を休めていた。
「なっさけないなぁ? もうギブなの?」
うなだれている刃に対して、光はウキウキ浮かれ顔。
「お前と……ぜぇ、ぜぇ、一緒に、すんな……」
「さっすが、なまくらだよね~」
「……お前なぁ」
突っ込んでやろうとしたが、すでに右腕に筋肉痛が始まっており、動かすことを断念。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「あの時……助けてくれたのって、あんたなの?」
「あの時……?」
唐突に光がそんなことを聞いてきた。『あの時』というのがいつかわからず、刃は首をかしげる。
と、それが顔に出てたのか、光が、「校舎の瓦礫が落ちてきたときよ」と付け加える。
「あぁ、あれか。……わかんねぇ」
「わ……わかんねぇって、どういうことよ」
「どういうこともなにも言葉通り、覚えてないんだ。無我夢中だったからな」
「ふ、ふーん」
だいたい、その瓦礫の件も後から流斗に聞いた話でしかしらない。詳しいことは誰もわかってないのだ。そのあとはどちらともなく口を塞ぎ、光と刃の間に少し空白の時間が経つ。
「そっか……無我夢中で、助けてくれたんだ」




