2『夢と少女』
どこか違和感を覚えつつも、流斗とはそのまま夜に刃の家で落ち合おうと決めた。
まさか、これが流斗の巧妙に仕組まれた“罠”だったとは、この時の刃には想像がつくはずもなく。
***
「流斗……遅いなぁ……」
刃は自宅の一室で1人、勉強を続けていた。
約束に時間は7時だったのに、もう時計は8時を回ろうとしている。
おかしい。流斗は遅れるにしても連絡くらい寄越す人間だ。携帯を見ても着信もメールもない。
「……光も今日来るなら遅くなるって言ってたし、結構ピンチじゃないか……オレ」
一度もシャーペンを持つ手は止めてはいないが、それでも危機感だけは沸々と増えていくのがわかる。
そんな危機感に押しつぶされそうな、その時。
──ピンポーンと、家のインターホンが鳴る。
「きたあっ!」
刃は慌てて2階の自分の部屋から飛び出て、階段を駆け降り、ドアに手をかけた。
「流斗っ!!」
ドアを開けるとそこに立っていたのは、
「……悪かったわね。流斗じゃなくて」
ピンクが主のTシャツに下は黒ジャージというラフなスタイルの光が立っていた。
風呂ももう入ってきたのだろう。髪が少し濡れているのがわかる。
その手には何やら大きめのバッグも持っていた。
「……私じゃ不満だってこと?」
不満そうな冷たい視線が刃を捕らえる。
「い、いや、んなことないって! よろしく頼むぜ、光!」
機嫌を損ねるとまずいので、取りあえず刃は光を家の中へ招き入れた。
そこからは、文系を中心に勉強が始まった。
ちなみに刃が光から教わろうとしなかったのは、別に光が流斗より頭が悪いからではない。
いや、もちろん流斗より成績は劣るが、それでも上位をキープしている。むしろ頭はいい方である。
家も近いし教えてもらうには絶好の相手。なのに頼まない理由は、ただ1つ。
「だからそこは反語に訳すんだってば! 何回説明させる気!? 何でわかんないのよ!」
「……面目ない」
「そこ! 間違ってるから最初からやり直し!」
「ひぃ~!」
簡単に言えば、超スパルタなのである。
元々スパルタな性格の光だ。教えるときも厳しく、甘えを許さない。こんな感じのやり取りが延々と繰り返される。
「(流斗! 早く来てくれー!)」
刃は心の底から願うが、その直後、光が思い出したように言った。
「あっそうだ。伝え忘れてたけど……」
「ん? 何を?」
「なんか流斗……今日はやんなきゃいけないことがあって来れないってさ」
「なんだとーー!?」
願いはあっさり崩れ去る。つまりは……この後は光と2人きりのスパルタ授業。
刃は何とか光が一刻も早く帰宅する理由を探す。
よく考えろ火野刃、これにかかってるのは、お前の命だ。とにかく無難なところから──
「そ、そういや光! 今日っておまえが好きなドラマの日じゃ──」
「無論、予約済みよ?」
「だよね!」
何かないかと探す刃の様子をどう勘違いしたのか、光はフフッと笑って付け加える。
「そんなに慌てなくても、今日は私がみっちり教えたげるから安心しなさい。明日休みだから時間もまだたっぷりあるしね」
「は? それってどういう……」
「流斗に頼まれたのよ。『今日俺が行けない代わりに、お前が泊まり込みで教えてやってくれ!』ってね」
瞬間、刃はあのときの流斗の笑みを思い出す。おのれ流斗、謀ったな!?
「そんな嬉しそうな顔しなくても教えたげるわよ~……明日まで、みっ・ち・り・ね♪」
「(じ……地獄の予感!?)」
その予感は的中し、それから光が夜中の2時に、『ちょい台所借りるね』と言ったときまで、ノンストップで勉強タイム。刃の脳も身体も限界を迎えていた。
「(……無理だ。もう……無理)」
少しだけ休もう。刃はまるで辞書でも乗ったかのように重くなった頭を、耐えきれず机の上に伏せた。
*
「(……ん? ここって、なんか見覚えあるような……)」
刃はいつの間にか“真っ白な部屋”に立っていた。
前には幅広く先が見えないほどの長い階段があり、その周りには人の形をした彫刻がいくつも置いてある。
その彫刻は恐怖の表情を表したようなものばかり。
それがあまりにもリアルで、刃は少し目眩がした。
「(どこなんだ、ここ? 俺は確か……家で勉強を──)」
『……ねぇ』
と、急にどこからか声がかかる。その声の主を探して周りを見渡すが、誰もいない。
『……下』
瞬間、目の前にいる人物に気がついた。
いや、正確には刃の目線の遥か下。足下の方に、少女が立っていた。
見た目からして、年齢は9~10歳くらいだろう。身長は130くらいで、腰くらいのところまである深い藍色の長髪が特徴的だ。
そして顔は、愛玩という言葉がよく似合う、丸っこくクリクリとした目をしていた。
『きみも……ひとり……?』
その少女が話し掛けてくる。その声に刃は多少の違和感があった。
まるで声が脳内に直接響いているような、そんな感覚。とにかく、イヤホンかなにかを通して聞いているような奇妙な感覚だった。
「えっと、君は……?」
『わたしは……だよ』
「(ん? 聞こえない?」
なぜか彼女の名前の部分だけ音声が途切れた。
『……やっぱり、まだダメか』
なにか悲しげな表情。しかし次には明るい笑顔を見せて、
『いつかきいてね、わたしのなまえ。……まってるから!』
その瞬間、刃の体は優しく暖かで、真っ白な光に包まれた。
*
「……………………んっ」
刃は机に伏せた頭を起こす。




