1『勉強会』
「ふぁああああ……」
「……あんたさ、レディーの前で大口開けないでよ」
夏休みを間近に控えた6月中旬の朝。刃と光は参考書片手にいつもの通学路を歩いて登校していた。
夏休みは学生の心を躍らせる大きなものだが、それと同じくらい学生の心を沈ませるものも近づいている。
「……中間テスト、憂鬱だなぁ」
「今更何言ってんのよ。んなこと言ったって始まらないでしょ。ほら、次の問題行くわよ」
「へーい」
多くの学生にとって“テスト”と呼ばれるものは憂鬱の対象でしかない。刃にとってもそれは例外ではなく。
「今回も良い点取らなきゃいけないんでしょ? だったら流斗くらい出来なきゃ夢のまた夢よ?」
「……お前、それ“10回死んで生まれ変わりなさい”って言ってるのと同義だからな」
「10回で足りる?」
「……足りない、かもな」
当たり前のように流斗はいつも学年1位を掻っ攫っていく。あの聡明な頭脳を欲しいと思う人間は多い。
「わかったら凡人レベルの良い点取りなさい。今のままじゃやばいわよ、あんた」
「そんなの俺が一番わかってるって……」
思わずため息1つ。
「ま……まぁ、そのおかげで毎日一緒にいれるから私は別に……(ゴニョゴニョ)」
「ん? どうした?」
「な、なんでもない! それより次の問題!」
「……あいよ」
こうやって光と登校中に復習出来るのはありがたいが、それにしたって間に合う量ではない。
「よし、こんなときこそ! 光、俺ちょっと先に行くわ!」
「えっ!? あ、ちょっ──」
刃は1つガッツポーズをして、回りが塀に囲まれた学校への小路を駆け抜ける。
その後ろ姿を、光は嘆息しながら見送ったのだった。
***
「イヤだ」
「そんなこと言わずにお願いしますよー、流斗様~ッ!」
学校へ着くなり、刃は流斗のいるクラスへ飛び込んだ。
無論、流斗に勉強を教えてもらうために。
「……刃。お前、これでいったい何回目だ? 俺に勉強ごとで泣き付いてきたのは?」
「えっと……1357回……だっけ?」
「違う。今回ので1400ちょうど。いつか“借り返す”っていつも言ってて、貯まる一方じゃないか」
──うっ!? よく覚えてらっしゃる!?
だが刃もここで引き下がるわけにはいかない。ただでさえI'temがなくて成績が簡単に落ちる身だ。
「そこをなっっんとか! 流斗くらいしか頼める人いないんだって~! 翔矢は当てにならないんだよ、こういうときは!」
ちなみに翔矢の前の全てのテストの点数は国語以外、赤点。
ただし、体育とI'temの成績が良すぎたのだ。体育は学年で翔矢の右に出るものはいない。
ある日のバスケの授業では、I'temを使っていいルールで1対5というハンデとしては無謀と思われる戦いも……103対0という大差で翔矢が勝ってしまった。
その試合内容が高く評価され、赤点取りまくりの彼でも成績優秀者の称号『五紋の砦』に選ばれたのだ。
「お願いします! マジでこれ以上成績下がると危険なんだよ!」
刃は教室の人目の中で、恥じもせず涙ぐんで拝み込む。
プライド? 尊厳? 今優先すべきは、自身の保身である。
「……わかったよ」
そのあまりの必死な態度に、流斗も嘆息一つで了承せざるを得なかった。
「マジで!? さすが流斗だぜ! 地獄に仏とはまさに──」
「そのセリフは耳にタコができるくらい聞いた」
流斗は呆れ顔でさらに続ける。
「……で? 勉強会はいつも通り、お前ん家なんだよな?」
「あぁ。どうせ家には親は帰ってこないしな」
刃の両親は科学者で、何か大事な研究をしてたらしいことは知っている。
が、ここ5年も連絡なしに家を留守にしたまま帰ってこなくなってしまっていた。
近所では、死んだんじゃないかという噂もたってるくらいである。
「んで? それがどうかしたのか?」
「いや、別にどうってことじゃない」
そう言いながらも流斗は顎に手をやり、何か考えるような仕草を見せる。
──なんか企んでんな、と幼なじみの勘が働いた。
「……じゃ、光も呼んどいてくれ」
その第二声の突拍子さに、刃は一瞬固まる。
「は? なんであいつを?」
「なんでって……アイツは俺らの中で唯一の文系だろ? 俺も文系は苦手だからな」
苦手というのは90点以下のことを言うのだろうか。だとしたら自分の殆どの教科は苦手ということになる。
「あ、あぁ……なるほどな」
「じゃ、頼んだぞ」
「了解、じゃあな」




