12『後日談』
──そんなハチャメチャな体育祭から、1週間が過ぎた。
ボロボロになって悲惨な状態だった校舎は、金本財閥の手によって新校舎ばりのピカピカな輝きを放っていた。
『いやー、学生のうちはそう悩むこともあります! 悩んで考えてこそ人は人として大きくなるんですから! 悩め若人!』
全てのことを矢田が謝りに訪れた際、校長先生がご機嫌だったのは。結局、あれも含めて演出だと思われたらしく、周りからは絶賛された。
お陰で全てを計画した矢田も、それに荷担した生徒もお咎め無しに終わったのだ。
そして、刃達はというと──
「いやー、楽しかったー!」
「はしゃいでたもんなぁ、お前」
「打ち上げなんだから、少しくらいはしゃいだって構わないわよ」
──今日は体育祭実行委員会が集まっての反省会、兼、打ち上げが催されたのだった。
内容としてはお疲れさま会といった感じで、お菓子を食べたり無茶ぶりをしたり、大盛り上がりで幕を閉じ、刃と光はその帰り道である。
もう7時近いというのに、外はまだ明るい夕陽に包まれていた。
「ね、ねぇ……刃」
「なんだ」
「私さ、今回頑張ったでしょ?」
「あぁ、そうだな」
それは間違いない。今回の件で誰より頑張っていたのは、他ならぬ光だろう。
「じゃあ……さ、“あれ”……してよ」
先をいく光はこちらに振り向いてそんなことを言った。夕陽がその顔を明るく照らす。少し顔が赤く見えるのはそのせいだろうか。
「こ、ここでか!?」
「い、いいでしょ、誰も見てないんだし」
確かに周りを見ると人影1つない。シチュエーションとしてはばっちりだろう。しかし、しかしだ。
「いや、さすがにそれは……」
恥ずかしさが勝ってそっぽを向いてしまう。
「…………できない、の?」
いつもと違い、シュンと顔を落とす光。
「(その反応は卑怯だろ!?)」
深いため息をついて、覚悟を決めて光に近づき──
──ポン、と頭の上に手を置き、撫でてやる。
「……えっへへぇ」
嬉しそうに顔を崩して笑う光を、刃は直視することが出来ない。
これが刃と光の昔からの“儀式”、何かあると、光は頭を撫でてもらいたがる。刃はそれに昔から応えていた。
もはやそれは癖とも呼べるもので、今更恥ずかしがることはないとも思うのだが、
「やっぱ、おかしいんじゃないかなぁ」
「ん? 何が?」
キョトンと顔をあげる光を見る辺り、どうやらおかしいという概念はないようだ。
実際、刃も悪い気はしていない。ただ、恥ずかしいだけで。
「いや、なんでもない」
考えるのはよそう。自分だって、この“儀式”がなくなるのは嫌なのだから、今のままでいいではないか。
──嫌な理由など、考えるまでもない。
「……はい、もういいわ! おしまい!」
──そのくせ、終わるときはマイペースときた。この空に浮く虚しい右手をどうしてくれる。
いつの間にか自分たちの家の近くに来ていたらしい。刃の家の隣にある大門寺家の門へ駆けていく光を見て、また1つ嘆息した。
「じゃ、また後で!」
“後で”ということは、夕飯を持ってきてくれるという事だろう。
「あぁ、悪いな……毎回」
刃の両親は現在、遠くで仕事をしていて5年前から帰ってきていない。その間、刃は仲が良い大門寺家にお世話してもらっているのだ。
刃の生活費も両親から大門寺家に振り込まれている。
「今更何言ってんのよ。……あ、そうだ。ちょいちょい」
門の向こう側に行ったかと思うと、光は手招きで刃を呼ぶ。
「なんだよ、いったい」
歩いて近づくと、
──ポン、と刃の頭の上に光の手が置かれた。
「なっ!?」
「あんたも頑張ったからね。偉い偉い」
そう言って頭を撫で撫で。
──ハズいいいいいいいいいいいいいい!! こんなことされて正気なのかこいつは!? ある意味尊敬するわ!?
いきなりの衝撃に動けないでいると、すぐに光は手を離して家へ向き直る。
そして、刃に聞こえるかわからないくらい、か細い声で、
「……ありがとうね。刃」
呟いて、家の中に入っていく光。
刃は撫でられた頭を右手でなんとなくなぞり、1つ笑みをこぼした。
「さぁーて、今日の晩飯はなんだろうな」
大きく伸びをして、自分の家である隣の家へ足を向けたところで、
『…………』
何か、聞こえた気がした。音のような、声のような。
「?」
──気のせいか。刃はそんな風に簡単に流して再び自宅へ歩を進める。
「……ホッホッホ」
シルクハットの長身の老人が視線を向けていたことなど、気づきもせずに。




