11『俺にできること』
なにかが聞こえる。これは……声? 男にしては少し高い老人の声だ。
『ふむ、いくらなんでも遅すぎでは……』
誰かと話しているようだが、話している片方の声は聞こえない。会話が燈気を通して地面を伝わってくる感覚。
『仕方ありません。これは少々ドラマチックな展開が必要ですかな?』
老人がそう言った瞬間、嫌な予感がした。
それも予感的なものではない。さっきから感じていた声と共に何か嫌なものが流れ込んでくる。
それはおそらく、"悪意"。
「ひ、光……逃げろ……!」
ダメだ。逃がしたくても身体が言うことを聞かない。力が入らない。
「ん? 何よ、なんか言った?」
「光に膝枕でもしてほしいんじゃないか?」
「せやせや、頑張ったご褒美にしてやってもええんやないか、光」
「は、はぁ!? な、なんで私がそんなこと……!」
違う、そんな場合じゃないんだ。早く逃げないとヤバイ……そんな予感がする。
「早く……早く、逃げろぉ!」
『参紋字・斬鉄剣』
と、刃だけがその瞬間を垣間見た。
校舎の一角が大きく音もなく切断し、宙に浮く。誰も気づいてない。
そしてその中に人影を見る。黒のシルクハットに黒スーツ。片目ゴーグルに白髭を顎と鼻下に生やした老人が杖をもって立っていた。
『お、おいあれ!』
数秒後、何人かが気づくが少し遅い。その校舎の影は真っ直ぐに刃たちへ向かって落ちてくる。
「「「!!!?」」」
光、流斗、翔矢も気付いて、咄嗟に動いたのはやはり流斗だった。
「解紋!」
腰に着いたキーホルダーに手を当てI'temを解放。流斗の剣は水を帯びて紋字を発動した。
「『甲』!」
その水は前方に円を描き、落ちてくる瓦礫を受け止める。
「グッ!?」
「「解紋! 『強化』!」」
その後ろから翔矢と光も紋字で支える。しかし、燈気を練り込む時間がなかったため不安定。ゆっくり『甲』が壊れていく。
「翔矢! 刃と光を逃がせ! 長くは……もたない!」
「アホいえ! そうしたら流斗はどないすんねん!」
強化された『甲』ももう限界。ひび割れ、崩壊していく。
このままでは、全員死んでしまう。
死ぬ……皆が? なんで、なんでだよ。なんでこんなことになってる。
「も……むりぃ……!」
翔矢が、流斗が、そして、光が──死ぬ。
「……っざけんなあああああああああああ!!!」
*
気がつくと、刃は真っ白な部屋に立っていた。
おかしい。自分は今まで瓦礫に押し潰されようとしていたはず。いったいどうなってるんだ?
辺りから情報を得ようと見渡しても、ただただ白い壁に囲まれているだけ。そして部屋の真ん中に、大きく長い階段があった。
「な、なんだよ、ここ」
『ここはお前の心の中さ』
「!?」
どこからか声がする。この世界に轟く辺りを見回しても声の主の姿は見受けられない。
『無駄だ。俺はもっと上にいる。ずっと、ずっとな』
どうやらその声の主は、この長く続く階段の上にいるようだ。先が全く見えないくらい長いこの階段の先。
『……もしお前が本当に力を望むなら、その階段に足をかけるがいい。しかし、よく考えろ。そうしてしまえばもう引き返せない。戻れない。今のほうが良かったと後悔することもあるだろう。それでもお前は──』
その言葉が終わる前に、刃は階段に足をかけていた。
「今は、あいつらを守れる力があればいい」
『……クックック、今は、か。いいだろう。くれてやる!』
*
「く、くっそおおおおおおおお!!!」
流斗は全力で叫んだ。このままでは自分の親友共々、瓦礫に押しつぶされてしまう。
「(くそ……なにか、なにかないのか、どうすればいい!?)」
いつもクールな頭もこんな時に役に立たない。自分の無能さに腹が立った。
限界がきて巨大な瓦礫が降り懸からんとした、まさにその時、
「『解紋華』」
「!?」
その声に流斗が後ろを振り替えると、刃の身体を“金色の輝き”が包み込むのを見る。
「(な、なんだあれは!?)」
刃から溢れ出る圧倒的存在感。そして威圧感。刃が纏うその金色の輝きはそんな感情をこちら側に植え付ける。
その衣は炎の様に揺らめいて優しく刃と光を飲み込んで、次に刃の右手に収束し始めた。
やがてそれは形を変えていく。真っ直ぐ伸びて、まるで“剣”のような形状。
「『斬』」
そして刃は手に持った“それ”を、勢いよく空に向け解放した。
「っ!?」
一瞬、流斗は目の前で起こった事態を把握しきれなかった。
空に向け放った一閃は、その先のありとあらゆるものを切り裂いた。落ちてくる瓦礫はさることながら、その空にかかる雲までも。
その真に刹那のやり取り。目撃したのは何人いたのだろう。思考がそこにまで至ったとき、瓦礫は音を立てて刃達の上に降り注いだ。
「っ!?」
つい目を閉じてしまい、流斗がハッと意識を戻して、急いで刃達の元へ駆けつける。今見たものが幻ではないのか。もしそうなら2人は──
「……」
──瞬間、それはいらぬ心配だったことを流斗は悟る。
刃と光の両名は、真っ二つになった瓦礫の間で、2人仲良く気絶していたからだ。
「……はああああああああ」
思わず流斗はその場に膝から崩れる。全く、いつまで経っても心配させてくれる。
「……な、何が起こったんや、いったい」
それは流斗にもわからない。いきなり校舎の一角がこちらに音もなく落ちてくるなど想定もできない。
そして、その切れ口を見るに、明らかに誰かが意図的に起こした事件だ。
でも、それこそ考えにくい。このどでかい校舎を一刀で切り裂き、それを目標に向かって落とすなど、普通の人間にはできない。
「まさか……これも矢田達の……」
「残念だが、これは俺たちの起こしたことじゃねぇ」
と、後ろから声がかかり、振り替える。そこには矢田を担いだ金本が引き返してきていた。
「金本、先輩」
「……こんなことは俺でもできやしねぇ。お前らこそ、何かしらないのか?」
小さく首を横に降ると、「だろうな」と一言言って瓦礫を眺める。
「……まぁ、仕方ねぇな。この瓦礫の撤去と校舎の修復は俺の方でやっておく。お前らはとっととここから離れろ。この瓦礫の間じゃ崩れてもおかしくねぇ」
その一言に、流斗も翔矢も目を点にする。
「……随分と、優しいんですね」
「……今のままじゃ、全部こいつが考えたことだと思われても仕方がない。舎弟の尻拭いをしてやるのも俺のやり方だからな」
矢田に目線を送ってそんなことを言い、金本はまた去っていく。
「……あの人、根っからの悪もんっちゅうわけやないんやな」
「……みたいだな」
「んん……」
「!? どうした刃!?」
気を失っている刃が何か呻き、心配になって2人は走り寄る。
「……大丈夫だ、俺が……守るから……ムニャムニャ」
「「……」」
そんな頼りになるようなならないような寝言に、翔矢と流斗は顔を見合わせ、
「「クッ、アハハハハハハハハ!!」」
腹を抱えて大きく笑いあったのだった。




