10『それがどうした』
「……っ!」
まずいことになった。今は刃も光も満足に動けない。この状態で襲われたら……!
「2人仲良く、くたばれやぁ!」
振り上げる拳。刃と光は咄嗟に目を瞑る。
「「『初紋字・爆』!」」
「ぎゃああ!?」
と、いきなりの爆裂音と悲鳴。2人が恐る恐る目を開けると、
「……ようやったな刃」
「お前にしちゃ上出来だ」
「……翔矢! 流斗!」
翔矢と流斗がI'temを顕現させて目の前に立っていた。
「お、お前らなんで……!?」
「なんで? もうエキシビションは決着がついている。なら、ここからはただの乱闘だ。俺たちが介入しても文句はない」
「そういうことや」
2人がまっすぐ持っている獲物の切っ先を矢田へ向けると、矢田は一歩引く。
「「……やるか?」」
「……! か、金本さん! こんなやつらやっちゃってくださいよ! 1年の癖に『五紋の砦』に選ばれたからって調子乗ってるんです! だからこいつらに身の程を──」
「……おい、矢田」
そのドスの効いた声に矢田の体は小さく震える。
「……お前は言ったな。『体育祭をぶっ壊せば面白いものが見れるから協力して欲しい』と。だから俺はこいつらを集めてここにいる。……で? お前の言う『面白いもの』ってのは……いつ見れるんだ?」
「……!」
矢田の膝がガクガクと笑い始める。感じる身の危機。ここで引けば自分の明日はない。そう思った矢田はただ一言。
「……こ、これからです!」
「これから?」
「そ、そう! これから! あいつらぶっ倒せば、それで見れるんですよ!」
そこで矢田は思い付く。現状を打開する方法。矢田はニヤリと笑い、もう一度刃達に向き合う。
「ハッハッハ! 正義の軍団ども! まだ勝負は終わっていないぞ!」
「……あいつ」
流斗はすぐに気づく。矢田は周りに、まだこれが『エキシビションの延長だと思わせようとしている』ということに。
「こうなりゃ一騎討ちで勝敗を決めようや。大将である俺と……そっち側の大将である、お前とでなぁ!」
「「……!」」
矢田がまっすぐそうして指差したのは、火野刃。
『なんだ? まだ続いてるのか?』
『ほほぅ、今年の1年生のエキシビションは力が入ってますな』
周りもすっかりその空気に飲まれている。これではあちらの思う壺だ。
ましてや刃はもう身体はボロボロ。動ける状態じゃない。
「ふ、ふざけないで! こいつはもう動ける身体じゃ──」
「……大丈夫だ、光」
「……え?」
そう一言だけ言って刃はゆっくり立ち上がる。わかっている。もう身体は限界だ。まともに動けないことなど承知の上。
「……俺が、相手だ!」
でも、逃げるわけにはいかない。ここで逃げれば、結局のところ光を守れない。
「へぇ……その根性だけは誉めてやるよ。でも……」
矢田は自身のボクシンググローブの着いた両腕を構える。そして、
「……うざいから死ねぇ!」
瞬時に間を詰め、その拳を刃へと放った。顔面を完全にど真ん中で捉える軌道。逃すはずもない。手応えもある。
「……へっ、ナマクラのくせに調子に乗るから──」
「……それが全力か?」
「……なっ!?」
仕留めたと思った矢田の拳は、刃の『激』で強化した片手で防がれていた。
「う、嘘だ! そんなことできるわけ──」
「出来るに決まってんだろ。こっちは毎日、お前のその拳を受けてきたんだぞ」
昔は刃は光と共に大門寺家で一緒に修行していた。今ではその時の頻度ではないが、それでも辛い環境に身をおくことも多い。
それに加えて毎日見ているパンチの軌道だ。おかげで今の矢田のパンチ程度なら軌道を読んでガードするなど刃には造作もなかった。
「……お返し、だっ!!!」
「グフゥ!?」
その押さえた手とは逆の拳を矢田の腹部へ叩き込んでやる。完全に人体の急所へ叩き込んだので、これでしばらくは動けないだろう。
ゆっくり身体が沈んでいく矢田。これで、やっと終わっ──
「……なんて、なぁ!!!」
「ガッ!?」
完全に決まったと思った矢田はハッキリ意識を保ったまま、刃にお返しとばかりに腹パンを決める。
「な、なんで……!」
「残念だったな、俺のI'temは少し特殊でな……俺がI'temを使ってる間、俺は気を失わない! たとえ腕がちぎれようとも、足が吹き飛ばされようともI'temが発動してりゃ動けるんだよ。最初から結果なんて見えてるんだ!」
そうして矢田は拳を引いて、
「わかったら、とっとと諦めやがれ!」
刃の顔面をその拳が捉えた。まさにクリーンヒット。刃の身体はゆっくり後ろへ倒れていく。
「わかったか! これが持ってるものと持ってないものの差だ! 運命だ! 何も持ってないテメェがいくら頑張ったところで無駄なんだよ! 残念だったな、アハハハハ!!!」
才能……運命、何も持ってない……無駄。そうだよ。間違いない。俺は何も持ってない。I'temも、才能も、何もかも。
「……それが、どうしたぁ!!!」
倒れるギリギリで刃は踏ん張る。
「(コイツ……な、なんで倒れねぇ……!)」
そんなことは昔からわかってる。それでも走るのは、少しでも近づきたいからだ。
自分を信じてくれるやつらに。自分を認めてくれるやつらに。
「『封紋華……』」
刃は右手に燈気を集中する。辺りから刃の拳へ集まる燈色の輝き。その輝きはドンドンと強くなる。
「ハッ、い、いくらテメェが攻撃しようが、俺にはI'temがあるかぎり──」
そう言って拳を構えて、矢田は気づいた。
矢田のI'temが、解けている。
「……は?」
ボクシンググローブはその手にはなく、腰にキーホルダーの形になって戻っている。
「(な、なんでだ!? 燈気切れ? いや、まだそこまで戦ってないはずだぞ!? なんだってこんな──)」
自分の身体を見て、矢田はすぐに異常に気づく。刃が辺りから集めている燈気が、自分の身体からも集まっていっていることに。
あり得ない。普通は紋を使う場合、多くは身体に長い時間をかけて染み込んだ燈気を使って使われるものが多い。
ところが刃は周りからその足りない分の燈気を集めている。それも驚異的なスピードで。
「『甲』」
刃が腕を『甲』でコーティング、それと同時に矢田は気づく。I'temがないということは、今攻撃されれば自分の身がもたない。
「わ、わかった! 俺の負けでいい! 俺の負けにしといてやるから、だから──」
「『爆』!」
そして、刃はなにか言っている矢田にその拳を叩き込んだ。
「ぎゃあああああああああ!!!」
大きな爆風と共に矢田の体は大きく吹き飛んで、後方にいる金本へ真っ直ぐ飛ぶ。
「……『激』」
金本は飛んできた矢田の身体を、強化した片手だけで受け止めて見せた。
「……まだ、やります?」
「……」
刃と金本の間に無言の時間が流れる。一触即発のその様子に全員が息を飲むが、
「……行くぞ」
と、金本は矢田を肩にかついで背を向ける。どうやら諦めてくれるようだ。
「……い、いいんですかい、金本さん」
「どうせ暇潰しだ……それに、確かに面白いものも見れた」
「へ? か、金本さん!? 待ってくだせぇ!」
去っていく金本を追って他の取巻きも帰っていく。これで……本当に全部終わった。
「あ……れ?」
気が抜けた瞬間、刃の身体から力が抜け、刃は地面に突っ伏して動けなくなる。
身体がピクリとも動かない。どうやら無理をしすぎたらしい。
「まったく、無茶するわね」
声が聞こえる。寝たままで顔は確認できないが、誰かは声ですぐにわかる。
「ま、まぁこれで済んだってことで、結果オーライだろ? 光」
「そんなわけにいかないわよ。こんなんでへばるなんて兄貴に言ったらどうなるかしらねぇ?」
「それだけは、勘弁してくれ……」
光の兄は刃の戦闘の師であり、地獄の特訓に何度も刃を巻き込んだ張本人である。おかげで刃も多少のことには動じない身体能力を手に入れたわけだが。
「……まぁ、今日のところは勘弁しておいてあげる」
光だって立っているのもやっとなはずなのに、随分と気丈でいられるものだと感心する。
「おーい刃! 生きとるかぁ?」
「大丈夫だろ。あいつの頑丈さはなかなかだからな」
そこに翔矢と流斗の声も聞こえてくる。あとはもう大丈夫。もう他に任せれば──
『ホッホッホ、困りましたねぇ。まだ目覚めてないんですか』




