ある秋の日 6
『……刃』
母さんが幼かった俺を抱きしめる。温もりのあるその体。ふわふわした匂い。母さんの腕の中はまるで日だまりのように心地いい。
そのポカポカの腕の中も、サラサラの長い黒髪も、優しい笑顔も、もちろん母さん自身も、刃は大好きだ。
『私たちは……刃のこと、だぁ~い好きよ』
『僕も! お父さんとお母さん、だぁ~~~い好きぃ!』
あの時も、この桜並木は変わらずに。
✩
手を繋ぐと思い出す、あの頃の思い出。
「……ほんとに変わんないな」
それは本当に、いっそのこと恐いくらいに。
「(……そういや、あの時の父さんの言葉)」
確かに父さんは『許されるなら』と言った。しかし、あれの意味がわからない。父さんはいったいどんな意図があってあんな言葉を……。
「パパ!」
「ん、なんだ?」
と、考え事の最中に藍に話し掛けられ、刃は咄嗟に応える。藍は刃の応えを聞いた後、光の方に向き直って。
「ママ!」
「何?」
「アーーイ!」
2人の応えに満足したのか、満面の笑みで両手を振っている。
「……ったく、藍は何が言いたいんだかな」
「前からわからなかったんだから今更わかるわけないでしょ?」
「……確かにな。簡単にわかりゃ俺らも苦労なんか──」
「……え?」
と、なにやら亮が疑問符を浮かべて固まっている。
いや、流斗と翔矢はいつも通りみたいだが、なにかあったのだろうか。
「……今……なんて?」
震える声で亮がそう聞いてきた。しかし、質問の意図が分からない。何か変なことを言っただろうか。
「……なんか変なこと言ったか、俺ら」
「さぁ……私に聞かないでよ」
どうやら光にも心当たりはないらしい。
「いや、2人じゃなくて……その……」
何やら困った様子の亮の言葉を継ぐように、蓮がズバサラリと疑問を口にした。
「……藍が言った、『パパとママ』って何?」
「「……………………」」
──ヤベェェェエェェェエエェェェッ!!?
刃と光、2人の心の声が完全に合致する。最近3人でいる時間が長すぎて藍の呼ばれ方に慣れてしまったせいで、その呼び方自体がおかしいことをすっかり忘れて油断していた。
「いや、あれは違う! あれは決して『パパ、ママ』って言ったわけじゃなくてだな!?」
「どう聞いたってそうとしか聞こえなかったって! 何、実は藍ちゃんってお前らの子だったとか!?」
「「んなわけあるかぁぁぁぁあぁぁ!!!」」
矢田への返答に完璧なハモり。
「どうだかな。そういえば前の校庭の件でもそのガキと一緒にいたな。案外、嘘とも言えん」
事情を知っているくせに、ニヤッと嫌らしい笑みを浮かべて引っ掻き回そうとする鎧亜である。
「校庭の件?」
「「これ以上、話をややこしくするなぁぁぁあぁぁ!!!」」
「なになになに!? お前ら夫婦だったのか!? てかその歳で結婚なんて出来んの!?」
「い、一応年齢的には大門寺さんは妻になれますけど、火野君はまだでは……」
そこに神童高校の皆様まで入ってきて最早カオス。どう事態を収集するか頭を抱えた時だった。
「い、いや、そうじゃないの、そうじゃないのよ! あれはその……藍がね!」
「……ちょっと落ち着かないか」
お茶を飲んでいた流斗が口を挟んできた。
「藍が腹が減ったと言ってるんだ。さっさと弁当の残りを食べてしまおう」
『……は?』
流斗以外の全員の頭の上に疑問符が浮かぶ。いったい、流斗は何を……。
「……ど、どういうことだよ? 今そんなこと言ってないだろ?」
「なんだ、聞こえなかったのか?」
矢田がそう聞くと、流斗は飲んでいたコップを下に置いて自信満々に言い放った。
「『パッパ』と『マンマ』を食べようと、しっかり藍は言ったじゃないか」
『……!!!』
瞬間、刃と光はその意図を理解した。
──そうか……そういうことか!
『パッパ』は『早く』って意味で、『マンマ』は『ご飯』の意味。
さすがは流斗。こんな土壇場でその機転。天才の名を欲しいままにする彼らしい。
「そ、そうよ! そのとおりよ! さぁ藍、ご飯……いや、『マンマ』を食べましょうね!」
「アーーイ!」




