002
身体で風を切って、ようやくボートに近づく。ボートには人がぐったりとしていた。エンジンはやはり停止しているようだった。
「あの、大丈夫ですか?」
僕は問いかける。
けれど、反応は無い。
でも、死んでいるようにも見えなかった。
黄色のドレスを着た女性だった。見た感じは僕よりも年上に見える。ブラウンの髪がボートの床に散らばっている。
「……取り敢えず、どうにかしないと……。ボートのエンジンはかかるかな?」
そう思って、僕は刺さったままのキーを回す。予想通りというか、残念ながらというか、やっぱりエンジンはかからなかった。
仕方ないので予めボートに入れてあったロープを取り出す。ロープはこういう時のためにボートを牽引する。そのために必要なものだ。ただ、タイミングを見誤ると牽引する側のエンジンがあっという間にオーバーヒートを起こしてしまうので、注意が必要だけれど。
ロープをひっかけて、あとは舟屋まで戻るだけ。
僕はボートを撫でながら、
「無事、舟屋まで持ってくれよ……」
そう言って、エンジンをかけた。
⚓ ⚓ ⚓
結論から言って、何とか戻ることは出来た。
舟屋のドックにボートを置く。ロープは外してそのまま流されないように置き石に繋ぐ。
さて、問題はこれからだ。この女性をどうすればいいだろうか。
「なんじゃ、もう戻ってきたのか」
二階からじっちゃんが下りてきたのはそんなタイミングのときだった。
じっちゃん、偶然にもグッドタイミング。
「じっちゃん、お願いがあるんだけどさ。この女のひと、父さんの部屋に寝かせてやってくれないかな?」
「何を唐突に。……と、ほう……お前、いったいどこからこのような女子を連れてきたのじゃ?」
「だからさっき言ったじゃないか。海に見たことのないボートが居る、って。それに乗っていたんだよ。死んではいないようだけれど、ひどく疲れているみたいだからさ」
「ふむ……。それにしても偉い別嬪さんじゃのう。まったく、どこからこのような田舎にやってきたのじゃろうか……」
そう言ってじっちゃんはひょいと軽く女性を持ち上げる。
じっちゃんは昔漁師をやっていた。だから体力には自信がある。それも身長もどでかい。たぶん二メートル近くあるんじゃないか、って疑うくらい。まあ、本人は「もうとっくに大分縮んどるわい!」と言っていたけれど。
そうして階段を昇っていくじっちゃん。
僕はそれを見送って、改めてあの女性の手がかりを探そうとして、ボートを軽く探してみた。
すると、意外にも簡単に見つかった。
「……なんだ、これ?」
ボートには小さなバッジのようなものが落ちていた。王冠が茨に囲まれているモチーフのバッジだったが、あまり見たことは無かった。もしかして、地位が高い人なのかなあ。そんなことを思ったけれど、取り敢えず先ずはあの女性が眠りから覚めるのを待つしかない。そうしないと話も聞くことが出来ないから。
その時、僕は知らなかった。
ルイネス島唯一の港に、普段の漁船とは大きさもカラーリングもまったく違う、いつも誰も見たことの無いような船がやってきているということを。
そして、その船から幾人かの人間が下りてきて、ある人間を探しているということを。