冬の狩人
澄み切った青い空、照りつける日差しこれが夏真っ盛りならばさぞこの店も観光客で賑わうだろうなと俺は12月にもかかわらず年々異常気象に見舞われる世界の異変を自分本位で考えていた。
俺は海の家の従業員、時折訪れる観光客に珈琲を出したり、アイスクリームを作ってやる日々をすごしている。本来はとっくにシーズンオフなのだが、年々冬が遅くなりなんと摂氏22度という12月の最高気温を更新している。それでこんな時節でも海の家を開けているというわけ。
だが、これも北のほうになると今までにないほどの積雪を記録し道路が寸断されると言う現象が起きているらしい。全くファンタジーな世界だと思う。
そんな俺だが今朝親から連絡がありなんでも実家の畑が猪に荒らされたと言う。猪といってもそれほど巨体なものではない、ウリ坊というくらいの両手で抱えられるサイズから、人間の半分くらいまでがここら辺で出るサイズだ、もっとでかくなる品種もいるそうだがお目にかかったことはない。
「母さん、俺になにをしろっていうの?」とおれが尋ねると、
「そりゃあ捕まえて解体してジビエ料理の店にするのよ」と返ってきた。
「まぁ、罠でも猟銃でも使っていいならできるだろうけど免許いるんじゃねーの?」
「だからあんたはハンターになるのよ!」
俺はハンター試験を受けることになった。
ハンター試験はそれほど難しいものでもない、視力検査や教本にあることを丸暗記すればいいだけだ。あとはバランス感覚を見たり、精神的に不安定な人間であるかどうか見るだけそれが済めば免許証をもらえる。
晴れてハンターになった俺だが、それだけで狩りができるわけではない。
それはハンター協会の存在だ、これは地方ごとにある任意団体で別にハンターは絶対に入らなければならないと言うことはない。ただし、各地の警察へ猟銃や罠を仕掛ける場合は必ず届け出なくては不法密猟者となり逮捕されてしまうのだ。
その際に必要なのが保険料だ、これは個人資産3000万以上あり何かあったときの支払い能力がある人間しか入れない。それ以外の人たちをカバーするのがハンター協会であり、これが互助的にハンターたちを守っているというわけだ。
毎月5~6万を払いながらハンターを続けるわけだからそれ以上に収入がなければ続けることは出来ないし、銃砲は弾を消費するし罠だってタダではない、とった獲物を運ぶのにも車が必要だしまったく人間の世界はファンタジーだぜ、そこらへんにいる猪ひとつ捕まえるのにいくらかかるんだか。
さて、俺はハンター協会に入ろうと思ったんだがどうやら雲行きが怪しい、なんでも前会長と現会長が派閥争いをして同士討ちの末分裂しまったらしい。
主な依頼人である農家の方々も困ってしまってどっちも本家だとか元祖だとか言い張り、頼むのも一苦労だそうだ。なにせ普段から罠や猟銃を持ち歩く連中だし、殺気や足跡からスイーパーの影を捉えるのもお手の物らしい、いつから動物相手から人間相手に使うようになったのかは知らないが、俺の知らない世界では暗闘が繰り広げられているんだろうな。
相手派閥の罠を外したり、誤射だといって撃ち殺したりともはや世紀末の様相をしているらしい。
俺はそれでも実家の山が領域のハンター協会に所属しなければならないんだが、両派閥が牽制し合っている中間地域に当たるらしく駆除が全く進んでいないようだ。
だから俺は自分でハンター協会を設立することにした。両派閥から穏健な連中を引き抜き間に入ることでカバーするのだ。
こうして俺はようやくハンターの仕事をやることができるようになった。
山で一番危険な存在はなにか、それは人間である。
猟の期間は絶対に素人は山に入らないことをおススメする。ハンターは普通3~4人で行動するが、まれに1人の場合もある。
彼らはすべて一騎当千の猛者であり、わずかな物音から獲物を察知し、足跡から獲物のサイズまで見切るプロなのだ。そんなところにガサガサと近寄れば条件反射で撃ち殺されてもしかたがない。
1人でいるハンターは罠を仕掛けているか、見回りをしていることがおおい。人間の気配がすると獲物が逃げるので自然と同化して気配を感じさせず物音ひとつ立てずに素早く罠を設置していく、その際においが付くと近寄らないため素早く移動するのだ。
一応目印になるものは側の木につけられているが、それに気付けるのもハンターしかいないだろう。素人が気付くのは罠にかかった後だ。
現代では殺傷能力のある罠は使えなくなっているためトラバサミや落とし穴の底に竹槍を仕込むこともない。
せいぜいくくり罠という足に輪のワイヤーが絡みつく程度のものだ。だが、密猟者にはそんな理論は通じない、猟期の山には近寄らない、これが一番だ。よいこのみんなわかったかな?
さて、俺は基本的には実家の畑に来る猪を捕らえればいいわけだから、そこまでは苦労しない。ただ、民家の側で猟銃をぶっ放すわけにも行かないから罠ということになる。
人も歩く可能性があるので地中に埋めるタイプは危険であるから、金網で作った簡易な檻を作り、中に入れてある餌を食べたら入り口が閉まって出られなくなるという簡単なものだ。
檻を設置した翌日さっそく小型の猪が3匹も入っていた。兄弟なんだろうな、一体づつ、頚動脈にヤリを刺し逆さ吊りにして血抜きをする。
やり方は地方によって違うらしいが、こちらではお湯をかける方法が主流、まず始めに、ボイラーで80℃位の湯を少しずつかけていく。首の方から4つのエリアくらいに分け一気にかけないようにする。冷えると抜け難くなるから意味無いし、作業効率が落ちるからだ。
次に毛を抜く、すぐには抜けないが、暖まれば簡単に抜ける。脂の乗っている個体だととても顕著で、本当にツルリと剥けて気持ちがよい。だが、オスは「ヨロイ」と呼ばれる前肩の部分が異常に堅く、抜けにくいので小量ずつ毛を掴み引き抜く。これは背中の「たてがみ」も同様である。また、抜けないからと言って長時間湯を同じ所にかけると、煮えてしまって返って抜けないので注意が必要である。
首を落とし、脊椎まで切ったら頭を持ち、180度グルリと回転させると関節が外れる。後は軽くナイフで肉や筋を切れば切断完了。
喉から尻まで腹側の表面だけを切る。深く切ると内臓を傷つけ大惨事になるので注意すること、腹膜を切らないように、皮と脂肪だけ撫でるように切る。
オスの場合は腹にへばり付くようにペニスがあるので剥ぎ取る。また、尻側には睾丸があるので、これも股から切り離す。猟期中は繁殖期なので液体を吹き出す固体もある。
鳩尾から鎖骨?までの部分を鉈で叩き切る。股の部分も左右に鉈で切り込みを入れる。
肛門の周囲を切り、胸部を切開する。横隔膜を切り、腹膜を脊椎側まで手刀で剥ぎ取る。
ここまでできたら、食道・気道を掴み一気に肛門側へ引っぱると内臓がすべて一塊になって取り出すことができる。
中抜きが完了したら腹腔内・外側を綺麗に洗い、作業台へと上げる。
背側を一気に切る。骨が縦にあるので左右に避けて脊椎に当たるまで切れ目を入れる。
脊椎と肋骨の接点は軟骨で弱いので、ナイフで何回かなぞると切れ目が入る。左右に切れ目を入れ、肋を開くように押すと簡単に外すことができる。腹腔の股間近くに左右二本、ササミのような形状の肉がへばり付く様に着いている。これは内ロース(ヒレ肉)であるので削ぐように剥ぎ取る。後は脊椎に沿ってナイフを入れ、半身ずつに分ける。
ここは魚を三枚に下ろす感覚に似ている。半身に分けたら、前肩・アバラ・股の3ブロックに分けて骨を抜く。骨抜きと弾で痛んだ部位を切除したら、各ブロックに分けて袋に入れる。
さて、猪といえば猪鍋だろうということでシシ肉を薄切りにして湯通しにし、出汁を作って肉を煮込み始める。大根、ニンジン、シメジ、ゴボウ、コンニャク、白菜などを鍋に入れ味噌と砂糖を入れる。
味の方はどうかというと…うまい!イノシシ鍋がこれほど美味いとは!
肉からダシが出ているのか、汁がとてもおいしい。あれだけ肉は脂っぽかったのに汁はちっとも脂っぽなく。旨みだけ出てきた感じがする。
脂身がトロトロなんだよ。それでいて全然しつこくない味。食がとってもすすみ、ご飯がいける。
俺はさっそく店のメニューにこれを加えて大ヒットさせることができた。
しかし、猪との戦いは始まったばかりだ、奴らは農作物を食い荒らし、時には人を襲ってくる。だが、強力な重火器の使用は出来ず、法律で保護されている上に目先の利益のとらわれた人間たちが縄張り争いを続けている。
俺たちの戦いはこれからだ!