第四十三話 タカヒロ君の将来の夢、ですわ
「お待たせいたしました。スープとサラダになります」
ウェイトレスさんが近づいてきたことに気づかないくらい、私とタカヒロ君は会話に集中していた。そんなお客さんにも慣れたものなのか、ウェイトレスさんは私たちの前にもくもくとスープとサラダを並べていく。
「ただいまメインのクリームパスタをお持ちしますね」
ウェイトレスさんが一度席から離れるのを見て、私はスープを口に運ぶ。
うん、この値段で味のクオリティは期待しちゃだめよね。でも、こういうチープな味も嫌いじゃないわ。
「伊妻さんサラダにドレッシングは?」
「私は塩コショウだけで食べるのが好きなの――ところで話の続き」
テーブルに備え付けられた塩コショウに手を伸ばしながら、私はタカヒロ君に催促をする。
「僕のお父さん、今は丘目木署に勤めてるけど、もとはエリートで県警の本庁にいたんだ」
「県警の本庁? すごいじゃない! なんだか刑事ドラマの世界みたい」
「あはは、さすがに刑事ドラマで交通課はやらないけどね」
交通課だったのね。確かに派手さはないわ。大切なお仕事なのは分かるけれども……。
「でもそれが、なんで丘目木署に?」
パトロールしてたってことは、今の丘目木署での地位はきっとあんまり高くない。地位が上がらずに本庁から丘目木署に配属替え?
もしかして、左遷されたってこと!?
「うん、簡単なはずのひき逃げ事件を解決できなかったからね。伊妻さんも聞いたことがある事件だと思うよ」
私が知ってるひき逃げ事件で、この県で起きたものっていうと……。
「幽霊ガードレール?」
「うん」
タカヒロ君が頷いたタイミングで、ウェイトレスさんがパスタを持ってきた。
私たちの会話を邪魔しないようにか、小声でおそらくメニューの紹介を言ってから、すぐに下がるウェイトレスさん。そりゃあ、食事中に幽霊ガードレールの話してるんじゃあ、変な客よね……。ごめんなさい。
「目撃者がいたから事故の内容は分かったんだけれど、犯人のトラックも被害者も探し出せなくてね」
「フェンスまで破れる事故だったんだから、両方海に落ちたのではなくて?」
「ちゃんと近くの海の中は捜索したらしいよ。いくらなんでもトラックがそんな遠くまで流されるわけはないし。それに干潮から満潮にかけての時間だったから、被害者だってどこかの岩場に引っかかってるはずだったのに」
なるほど……ちょっとしたミステリーね。
「その事件に、アルメギドの魔法が関わってると思っているのかしら?」
「それがアルメギドの魔法でもたぶん解決が難しくてね。トラックみたいな大きな質量を転送できる転移魔法なんて、聞いたことないでしょ」
「えっ、そ、そうね……」
い、言えないわ。魔王ルシファーは脳筋だったから戦闘以外の魔法は魔王四天王の二番手にほとんど丸投げしてたなんて。転移魔法がどれぐらいのものまで転送できるかとか、本当は知らないわよっ!
「だから僕はもっとほかの世界の技術が関わってるんじゃないかと踏んでいるんだけど――伊妻さんって、魔王ルシファーより前の記憶はないの?」
「残念ながら、私が覚えているのは魔王ルシファーまでだわ」
私がほかの世界の魔法にまで精通していると思っているなら見当違いよ。
「そっか……すごいんだね、魔王ルシファーって」
「なんで!?」
まさか感心されるとは思わなくて、私は訊き返した。
「だって、メルキセデクが大賢者になれたのはただの前世知識のチートだけど、ルシファーは前世知識なしで魔王に成り上がったってことでしょ? ちょっとあこがれちゃうなぁ」
「そ、そうかしら?」
前世のこととはいえ、褒められて悪い気はしないわね。
「勇者ツルギだって、素質は見抜いていたけど、やっぱり魔王を倒すところまで普通の人間が行くなんて半信半疑だったし……世の中にはすごい人や知らないことがいくらでもあふれてて、二回ぐらいの転生じゃとても理解しきれないや」
「あら、謙虚なのね」
「本心だよ」
にこりとタカヒロ君は笑う。魔族の寿命は人間よりやや長寿とはいえ、エルフほどずば抜けてはいない。よく考えたら魔王ルシファーと伊妻六花の人生を合計したって、私は日本人の平均寿命も生きてなんだものね。タカヒロ君って、やっぱり本当は私よりずっと年上なんだわ。
同じクラスの友達だと思っていたタカヒロ君が、なんだかちょっと遠くに見えた。
タカヒロ君の語り回でした。早く本編動かしたいなぁ←