第三十七話 壁ドン!? ですわ
まだ消えたわけじゃないって、どういうこと? てっきり馬淵君はぴあのさんの告白に応えて、二人は付き合うことになったのだとばかり思っていたけれど……。
「伊妻が出て行った直後に馬淵君のお父さんが入ってきてな……騒がしくなって一度電話を切らざるを得なくなったんだ」
ええと……馬淵君のお父様、って、前にぴあのさんが話してたおやっさんよね。
まだ直接会ったことはないけれど、それはうるさそうだわ……。
会ってみたかったのに、また今日もニアミスだったのね。
「まったく、息子思いなのはわかるのだが、保護者会とかでもあの人はうるさくてかなわん。伊妻からも何とか言ってくれないか」
「と、言われても、私馬淵君のお父様とは面識がありませんけど」
「なに!? 南のご両親とは懇意みたいだったから、てっきり馬淵の家とも親しいのかと」
「先生。馬淵君とぴあのさんが付き合うことになったかもしれない、って落ち込んでいる私の前で二人をセットにして語るのはやめていただけません?」
「ああっ、すまない!」
わざとらしくむくれてみたのだけれど、枇々木先生があまりに真剣に謝るものだから、私はくすりと笑ってしまった。
「――よかった、やっと笑ったな」
私につられたかのように、先生の口角が緩む。
「ずっと暗い顔をしていたから、心配だったんだ」
「え? やだ、私そんなにひどい顔してました?」
「ああ」
「ちょっと、そこ肯定しないでくださらない!?」
女の子に向かってひどい顔ってどういうことよ!
「もう! ――食べ終わったなら片付けますね」
私は先生の前のお皿を取って、自分のケーキの最後の一口を食べる。そして、二枚のお皿を重ねて、流しに運ぼうと席を立った。
「伊妻、待ってくれ」
私がとても怒っているように見えたからか、枇々木先生も慌てて立ち上がる。
そして、私の腕をぐいっと掴んで、強引に私を振り向かせると。
「――えっ!?」
そのまま私の体越しに、もう片方の手を壁についた。
――この体制ってもしかして壁ドン!?
なんで枇々木先生にこんなことをされているのかわからなくて、ひたすら頭が混乱する。
枇々木先生の整った顔が私を見つめている。その顔を見て勇者ツルギを思い出しちゃって、私は怖くなる。
まさか枇々木先生が本当に勇者ツルギで、魔王の生まれ変わりである私を殺しに来たんじゃないかしら。逃げられない。完全に油断してたわ。
自分の肩が小刻みに震えているのがわかった。
でも、枇々木先生は壁についた手をそっと下ろして、申し訳なさそうに私に言った。
「すまない、ちょっとよろけただけだ」
よろけただけ……なんだ、私の気にしすぎだったみたいね。
「そ、そうでしたか。私のほうこそ怖がってしまって、すみません」
私が謝ると、枇々木先生は私の腕を掴んでいた方の手も離した。離されたところがじんと熱くて、結構強く掴まれていたことに気付いた。
「それで、何か御用だったんじゃありませんか?」
「いや、食器洗いを手伝おうかと思ったんだが」
「食器ぐらい一人で洗えますわ。転入してからずっと一人暮らしなんですから」
そんなところまで気使いされると、やっぱり疲れちゃうわよ。枇々木先生って本当に律儀よね。
――うん、勇者ツルギだったらまずこんなこと言い出さないわよね。いくら顔が似てるからと言って、やっぱり気にしすぎだったかも。
「やっぱり、枇々木先生は枇々木先生ですね」
私が笑いながら言うと、枇々木先生はなぜか一瞬すごく驚いたような顔をして。
「そうか、ありがとう」
と、満面の笑みでお礼を言ってくれた。――私、何かお礼言われるようなこと、言ったかしら?
「なんにせよ、そんなこんなで馬淵はまだ南の告白に返事をしていない。当たって砕けるなら今のうちだ」
「砕けるとか縁起でもないこと言わないでくださらない?」
「言葉の綾だ」
私と先生は半分ふざけるみたいにそんなことを言い合って、笑いあう。
前に先生に相談した時も、正面からぶつかれって言われたものね。さっそく明日、当たって砕けてくるわ!
新年あけましておめでとうございます!
ここまで接近しておきながら壁ドンだけです。しかも言い訳します。あいかわらずの草食系枇々木先生。
今年も六花ちゃんたちをよろしくお願いします!




