第三十二話 あらわれた救世主、ですわ
その時。ガラガラと音を立てて引き戸が開いた。
ぴあのさんが戻ってきたのかと思ったけど、入ってきたのはぴあのさんではなくて。
「トシ大丈夫⁉」
「織牙さん⁉」
そう、医務室に入ってきたのは織牙さんだったの。
「そ、そんな⁉ 南先輩がなんで⁉」
今まで黙っていた国木田君が明らかに動揺した声を上げる。
私も一瞬混乱したけれど、織牙さんが抱えてる手提げ袋に大量の栗が詰め込まれているのを見て、状況を理解する。ぴあのさん、バスが来ないのを見て織牙さんに連絡したのね。もともとサッカーをやっていた織牙さんなら、ここまでダッシュで来るぐらいの体力はあるでしょうし。
「兄のほうの南か。ご苦労だった、早く栗をこっちに」
枇々木先生が織牙さんから栗を受け取る。織牙さんも丘目木高校の卒業生だから、枇々木先生とも面識があるのね。
「ちょっと待って……その前に……説明……」
織牙さんが息を切らせながら言った。
「じゃあ、僕はこれから薬を作るよ。一応こっちの世界の医療の心得がある棗先生にも手伝ってもらおうかな」
タカヒロ君が言う。
「ああ。わかった。ところで『こっちの世界』って?」
棗先生が首をかしげた。
「ううん、気にしないでください。枇々木先生は国木田君を見張っていて」
「わかった」
枇々木先生が国木田君のそばに移動した。
国木田君は部屋の隅でがたがたと震えながらうつむいている。時折「違う」とか「こんなはずじゃ」とか、かすれた声でつぶやいて。ええと、大丈夫かしら……?
「じゃあ、手が空いている伊妻が南に説明を頼む」
「は、はいっ」
枇々木先生に振られて、私はびくりと背筋を伸ばした。私も正直テンパってしまっていて、ちゃんと説明できるかはわからないけれども。
「やあ……六花ちゃん……今日もかわいいね……」
織牙さんが唐突に私をほめる。それだけ息を切らせていてどこにそんな余裕があるのかしら。
「コラッ、南! うちの生徒に手出しするな!」
枇々木先生が織牙さんを叱った。
「ええー……? 俺も数か月前まで生徒だったんだけど……」
二人のやり取りに私は思わずふきだす。何これ……コント? もしかして私の緊張を二人でほぐそうとしてくれてる……の?
「ありがとうございます」
私は笑った。そうよね、馬淵君が心配なのは確かだけれど、ガチガチになってるだけじゃ何も解決しないわ。
「ええと、じゃあ、織牙さんに今の状況を説明すると――」
「――ふーん、なるほどね」
話を聞いて、織牙さんがうんうんと頷く。
「どういうことか説明してくれるよね? 国木田」
織牙さんが国木田君に聞いた。相当怒っているのは、国木田君がぴあのさんに罪を着せようとしたんだから当然ね。でも、それでも冷たい声じゃないのはなんでかしら?
「南先輩の妹さんに罪を着せるつもりじゃなかったんです! 本当は……俺のタルトは最後に回して、誰だかわからなくするつもりが、二番目になっちゃって……」
「そういう言い訳が聞きたいんじゃないって、わかってるよね」
がしり、と、織牙さんが国木田君の肩をつかむ。
「国木田がトシを恨んでいるのは……やっぱり俺の引退が絡んでるのか?」
「だって、だって! 南先輩の引退って、馬淵先輩のプレイミスが原因の怪我でしょう⁉」
国木田君が織牙さんに食って掛かった。
「俺、ずっと、プロになって南先輩と一緒にプレイするのを楽しみにしてたのに……! 三つ差だから中学高校では無理でも、せめてプロになったらって」
国木田君の話を聞いて、はぁ、と、織牙さんが小さくため息をついた。
「あー……やっぱり、ちゃんと説明しないでやめちゃったから、いらない誤解をさせてたみたいだね。ごめん、俺のせいだ」
「南先輩……」
「あのな、俺の引退の理由は怪我じゃないよ」
そういえば、織牙さんの怪我は後遺症が残るレベルじゃなかったって、タカヒロ君も郷土資料室で言ってたわよね。
でも、その資料が本当かどうかはわからなかったし、もしかしたらお医者さんにわからない程度のちょっとした後遺症が? って思っていたんだけど、どうやら見当違いだったみたい。
「そんな、それじゃなんで――!」
「怪我自体が原因なんじゃなくて、怪我してたときに母さんから聞いた話が原因、かな」
どういうことなのかしら。私は織牙さんの話に改めて耳を傾けた。
織牙兄さんみたいなキャラは書きなれないのでとても難しいです。