第三十一話 馬淵君大ピンチ、ですわ
なかなか来ないエレベーターを待って、自宅のカギをガチャガチャとひねる。焦ってなかなか開かない。セキュリティのしっかりしたマンションって、こういう時に不便ね!
三度目でやっと開いたドアを勢い良く開けて、私はポチを探す。
「ただいま! ポチ、どこにいるの⁉」
いつも私が帰ってくると飛びついてくるのに、こういう日に限っていないんだから!
私は家の中を走り回って、やっとベッドの中で昼寝しているポチを見つける。
「ポチ! 馬淵君が大変なのよ! だから鱗を一枚ちょうだいっ!」
自分でもわけのわからない説明をしながら、ポチのひじのあたりから一枚鱗を抜く。
がぶっ! と、ポチに噛みつかれる。すごく痛くて涙目になったけれど、しょうがないわよね。ポチは悪くないわ。
「ごめんなさいね、ポチ。帰ったらちゃんと説明するから。今はとにかく急がないと」
私はなんとかポチをなだめて、もう一度家を出る。
公民館に戻る途中で救急車と消防車とすれ違った。
馬淵君のところに向かっているなら逆方向だし、火事ではないから消防車は関係ないわよね。何かあったのかしら?
「ごめんっ! 今戻ったわ。ぴあのさんは?」
私は医務室に駆け込んだ。
せっかく急いで帰ったのに、公民館の中で迷って迷って、だいぶ時間を食っちゃった。まったく、医務室の場所、わかりにくいわねっ!
「おう、伊妻!」
戻ってきた私に、最初に声をかけたのは、なぜか来ていた保健の棗先生だった。
他にいたのは、肝心の馬淵君に、枇々木先生とタカヒロ君。国木田君も逃げないように連れてこられたみたい。
「棗先生⁉ なんでここに……」
「盾から連絡をもらってな。応急処置のできるやつが必要って」
「それ、救急車とか呼ぶ場面じゃないんですか?」
私は枇々木先生のほうを見た。枇々木先生がそんな判断ミスをするとは思えないのだけれど。
「残念ながら、今、救急車は出払っているらしいんだ」
枇々木先生がうつむく。そう言えば、ここに来る途中でもすれ違ったわよね。いったい何があったのかしら。
「お父さんに聞いてみたら、どうやら幽霊ガードレールのあたりで大きな事故があったみたいで。救急も消防も、今そっちに人を取られてるんだ」
「そんな!」
私は絶句する。救急隊が来れないだけじゃない。ここから『エリーゼ』に向かうためのバスだって幽霊ガードレールがある通りを通ってるじゃない。通行止めになってバスが動けなかったら……?
「全く、大きな事故はここ最近起きてなかったのに、なんだってこんな日に」
枇々木先生がいらだつ。
「まさか、幽霊?」
「そんなわけないだろう! ふざけるな!」
「ひっ」
なんとなく言った一言を、思った何倍も強く枇々木先生に否定されて、私はびくっと縮こまった。
「――あ、すまない」
私がおびえるのを見て、枇々木先生が謝る。なんだかすごく傷ついた顔をしていたように見えたけれど、きっと気のせいよね。
「いえ、私こそすみません。こんな時に冗談みたいなことを言ってしまって」
「ああ、いや、そうじゃないんだ」
ふっと枇々木先生が目を伏せる。
「弱ったな……」
スマホの画面を見てタカヒロ君がつぶやく。どうやら時計を見ているみたいだけれど。
「どうしたの?」
「舞台の上でちょっとだけ言ったと思うんだけど……。このキノコの毒は時間とともに、体内の酵素と反応して変化するんだ」
「変化?」
「うん。変化すると解毒が難しくなる」
「それって……!」
最悪のケースを想像して、私の顔から血の気が引く。
「安心して、死んじゃう、ってことはない。でも……毒が体内に残るわけだから……しびれとかの後遺症は……」
「十分にまずいじゃないの!」
馬淵君はまだまだ高校生なのよ⁉
こんな時に限って事故でバスが動けないなんて……お願い、間に合って、ぴあのさん!
ここのところ忙しくて更新が滞ってすみません。
馬淵君編(?)もいよいよ佳境です!