第二十八話 調理開始、ですわ
『これより、丘目木町お菓子コンクールを開始いたします。参加者の方は舞台上にお集まりください』
控室で持ち込んだ材料の確認をしていると、館内放送が流れた。
舞台上、って言われても行き方がわからないのだけど、他の参加者さんはみんなあのアバウトな説明で大丈夫みたい。移動が始まったので、とりあえずついていくことにした。
「合唱コンとか発表会とか、丘目木だとみんなここなんだよね。だからみんな、一度はここの舞台に上がったことがあるんだ」
と、舞台袖でぴあのさんが説明してくれた。なるほど、全員経験済みってわけね。
下手から舞台に上がると、簡単な調理台と小さな冷蔵庫が六組あった。前に出場者の名前が貼ってある(例によってコピー紙にゴシック体だ)。一番手前が国木田君で、知らない名前が三つ並んだあと、奥から二番目が私。一番奥はぴあのさんね。
そして、ぴあのさんよりさらに奥には、安っぽい長机が一本にパイプ椅子が三つ。その向かって一番右側に、馬淵君が座っていた。
目が合うと、恥ずかしそうに小さく手を振ってくれる。そんなちょっとしたことがうれしくてほっぺたが熱くなっちゃう。
とはいえ、馬淵君のことばっかり考えてもいられないわ。出場者としては他の審査員さんもちゃんと確認しないとね。
真ん中の席に座っているおじいちゃんは、丘目木町の町長さん。直接会うのは初めてだけれど、町内新聞とかでおなじみの顔だ。若干髪の毛に違和感がある、というか、はっきり言ってカツラがバレバレよ。誰も指摘しないのかしら。
一番左側のおばさまは、初めて見る顔。席の前に貼られた説明書きによると、地元商店会長夫人。ご本人じゃなくて奥様が呼ばれているのは、審査員が男の人ばっかりになって判定が偏るのをなくすためかしら。それとも、単に旦那様が忙しいのかもしれないけれどね。恰幅がよくて、ちょっときつそうなおばさまだ。社交界にはたまにいたから私は慣れているけれど……ぴあのさんはちょっと萎縮してるみたい。
『それでは、ただいまより調理開始となります。参加者の皆さんは各自作業に移ってください』
そんな放送が流れて、私たちはいっせいに持ち場につく。
制限時間はないとはいえ、このコンクールでは手際の良さや調理中の華やかさも評価される。だから、途中まで作った物をあらかじめ冷蔵庫に入れてる人が多いみたい。でも、私には魔法があるから大丈夫!
卵を割って、黄身と白身を分けて、白身に備え付けのお砂糖を入れる。
普通ならここで泡だて器を取り出すところだけれど、私はポケットから魔法の杖を取り出して、ボウルに向けて一振り。
「エアロ!」
すると、ボウルの中に竜巻が起きて、一瞬でメレンゲが出来上がる。飛び散らないように、外側に逆回転の竜巻をぶつけるのがポイントだ。――練習で一度失敗した時は、まあポチがぺろぺろなめて喜んでたからよしとすることにしたわ。
「えっ。何今の。魔法?」
「まさか。手品だろ」
そんな声が客席から聞こえてくる。
やっぱりこういう舞台の上で見せられると、みんな手品だと思ってくれるわよね。ふふん。
少しだけ竜巻の回転を落とすと、卵黄を投入。混ざったら、さらに上に竜巻を出して、それをふるい代わりにしながら、真新しい小麦粉とココアパウダーを入れる。
バターと牛乳も新しいのを開けて、炎魔法で軽く加熱したら、さっきのボウルに混ぜて、生地の完成! 私は生地をオーブンに入れた。
本当は焼くところも全部魔法でやってみたかったのだけれど、膨らませつつ火を通すのが難しくて、練習時間が足りなくて断念。かと言ってもちろん全部オーブンで焼いている時間はないから、ある程度膨らむところまでオーブンでやって、最後のほうだけ炎魔法で仕上げることに落ち着いたわ。
さて、スポンジの作業が終わったら、ちょっとだけ休憩。あんまり急いでクリームに取り掛かると、スポンジができる前にでろでろになっちゃう。
ほかのみんなは何を作っているのかしら……? 私はあたりを見回す。
まず隣のぴあのさんの調理台を見ると、クッキーの型抜きの途中みたい。あら、調理台の横のごみ箱に捨ててあるのは――豆腐パック⁉
豆腐クッキーって、確かに簡単だしヘルシーだし、最近人気はあるけれど……それをお菓子コンクールで作るかしら⁉
なんて思ってたら、芳しいきのこの香りが漂ってきた。芳醇な香りに、思わずお腹を鳴らしそうになるけど、はしたないので我慢よ。
――それにしても、誰よ! お菓子コンクールできのこを焼いてるのは!
においのもとをたどると……うん。国木田君だわ。作り置きのタルト生地が調理台の上に並べてあるから、作ってるのはおそらくきのこタルト。……きのこタルトってお菓子に分類されるのかしら?
さてと、そろそろ頃合いかしら。私はオーブンからスポンジを取り出して、軽い炎魔法でこんがりと仕上げたら、市販のチョコレートクリームをスポンジに塗っていく。
練習期間が短くて味の特訓が十分にできなかった分、見た目は重要ポイントだから、ここで気を付けないと。時間に余裕がある分、丁寧に丁寧にクリームを塗っていく。
あれ、何か焦げ臭いかしら? 火加減間違えた?
慌ててスポンジを確認するけれど、どこも焦げていないみたい。じゃあこの匂いは私のケーキじゃなくて。
「ぴあのさん! クッキーが焦げていてよ!」
「えっ⁉ ああっ、本当だ! 六花ちゃんありがと!」
ぴあのさんは慌ててクッキーを取り出した。
全く、こんなことで馬淵君の心を開かせるなんて、大丈夫なのかしらね。
飯テロパート前半スタートです!
料理の描写って難しいですねー