第二十六話 タカヒロ君の記憶、ですわ
「もしかしたらただの夢か何かかもしれないし、たとえ事実だとしてもずっと昔のことで、記憶はかなり曖昧なんだけど」
前置きしてタカヒロ君は話し始めた。
「僕はそれなりに裕福な家庭の次男坊に生まれて、当時としては珍しく大学に通っていたんだけど……ある日兄に刺されてね」
「えっ、お兄さんに⁉」
「家を継がなきゃいけなかった兄は、自由に生きてる僕が羨ましかったみたい。次に記憶があるのは、日本で言う幼稚園児くらいの頃。その時はここじゃない世界にいた」
「異世界ですか!」
ケロちゃんが身を乗り出す。
なるほど、十七年前にあのおじいちゃんだったから、確かにメルキセデクの前世が亡くなったのは大正時代ぐらいよね。
「その世界の文明レベルは中世ぐらいでね。運よく大学で学んだ知識があったから、風車を作ったり農耕法を改善したりして人の役に立ってたら、いつの間にか大賢者って呼ばれるようになってた」
何よ。大賢者メルキセデクも前世知識でチートしてたんじゃない!
私だけ前世以外何もないかもなんて、悩んで損したわ。
それにしても、この世界→アルメギドのメルキセデクは大学生レベルの知識でも十分にチートできたのに、アルメギド→この世界の私は魔王なのにせいぜいちょっと頭がいいレベル……。文明レベルの格差って恐ろしい!
「結局最後は魔王に殺されちゃったけど……でも十分長生きしたしいい思いもできたし、前世の人生に関してはまあ満足してるかな」
「えっ⁉」
私は思わず大きな声を出してしまった。
「魔王を恨んだりしてないの?」
「うーん、魔王にもそれなりの目的があったみたいだしね。大義を通すための最終手段が武力になっちゃうのは、悲しいけどどっちの世界でも多いことだし、納得はできるよ。どちらかというと逆恨みで殺してきた最初の前世での兄を恨んでるかな」
意外と割り切ってたのね……。そういえば前世の前世でタカヒロ君が生きた大正時代って、日本も含めて世界中が戦争してたし、そういう考えに至るものかしら。
私は魔王をやってた時はただ必死で、なんだかんだで当時のことを冷静に振り返ったのって、現世で生まれてから。
だから、どうしても魔王ルシファーの行動を評価する基準は、現代日本の女子高生:伊妻六花のものだった。違う基準から評価されるとなんだか新鮮ね。
「でもさ、未練なんかないはずだったのに、なんでまた高尾博として生まれてしまったのか、それがわからないんだ」
「それでいろんな勉強をしてたんだ。割と生まれ変わりとか関係なさそうなことも知ってるみたいだけど」
「転生に関係ありそうなことは小学生ぐらいでざっくりとは調べ終わっちゃって、今は他の側面からのアプローチを探してる。あと、僕の知識って前世でもともと知ってたこともあるし」
「おー、前世って便利だねー」
キラキラした目でぴあのさんが言う。そういえばこのメンツでぴあのさんだけ前世が不明だわ。
「ねえ。私たちの魂ってみんな、タカヒロ君が前世でいた世界とこの世界を往復しているのかしら」
「あっ、それ私も気になりました。異世界ってもっといっぱいあるイメージでした!」
私の質問にケロちゃんが続く。異世界って百も二百もあるイメージだったから、同じ世界からの転生者が四分の三、って今の状況はすごく珍しい気がして。
「全員が全員あの世界と往復してるわけじゃないだろうけど……『死んだ後の魂が行く異世界』って、仏教だと天国・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄の五つ、キリスト教だと天国・煉獄・地獄の三つ。そんなに多いって言われてるわけじゃないんだ」
「結構少ないんですね」
なるほどね。何教の教えがズバリ正しいかはわからないけれど、魂が行き来できる異世界は、多く見積もっても二ケタ行かなそう。だから私の周りにアルメギドの転生者が多いのも、ただの偶然なのかしら。
「さてと、そろそろいいかな。資料室ばっかりにかかりっきりだと、他の図書委員に怒られちゃう」
「うん、タカヒロ君ありがとー」
ぴあのさんはタカヒロ君にお礼を言って、図書室に戻る。
やっぱりなんとなく背中に影をしょっているように見えるわ。わかった新事実があれじゃあね。
今日は図書館にいたら遅くなってしまったので、学校を出たらどこにも寄らずに解散。
私とケロちゃんは一緒のバスに乗って帰る。でも、ぴあのさんは逆方向だから、校門を出たらすぐにお別れ。
「では私たち、これで失礼しますね」
「ぴあのさん。また明日」
「あっ、六花ちゃん。ちょっと待って」
ケロちゃんの後を追ってバス停に向かおうとした私を、ぴあのさんが呼び止める。
「どうかして?」
「六花ちゃん、あのね、お願いがあるの」
「お願い?」
私は首をかしげる。
「あのね、今度のお菓子コンクール、トシ君の心を開かせるために、とびっきりのお菓子を作ってほしいの!」
「ええっ⁉」
それってどういうことなの?
「やっぱり私、このままトシ君とお兄ちゃんのことでずっとぎくしゃくしてるのは嫌。だけど、何もないときに訊いても、二人ともきっとはぐらかして教えてくれないと思うの」
「だからおいしいケーキで?」
ぴあのさんらしい発想だわ。言っちゃ悪いけど安直ね。
「うん! おいしいケーキを食べると幸せな気分になれるもん! そしたら昔のいやなことなんて忘れて、うまくいけばトシ君とお兄ちゃんが仲直りしてくれるかも、って思うんだけど……ダメかな」
黙りこくる私の顔を見て、ぴあのさんが首をかしげる。
「――ダメよ」
自分でもびっくりするぐらいあっさりと、断りの言葉が口を突いて出た。
「なんで私がぴあのさんのために協力しないといけないのかしら? 確かに馬淵君と織牙さんのことに関しては興味があったけれど、大体のところは今日わかったし、これ以上の深入りはゴメンだわ」
なんて、ぺらぺらと口から出まかせが出るけれど、本当は多分、ぴあのさんの邪魔をしたかっただけ。
だって、馬淵君と織牙さんの間のわだかまりがなくなったら、ぴあのさんはなんのひけめも感じることなく馬淵君にアピールできるようになっちゃうじゃない。
そしたら……馬淵君はきっと、前世知識のチート以外なんの取柄もない、性格の悪い悪役令嬢の私なんかより、ぴあのさんをとるに決まっているもの。
そんなライバルに協力するようなこと、私はしたくないわ!
「そっか……」
ぴあのさんはサイドテールまで垂れて見えるほどうなだれて見せてから、すぐに持ち直して。
「そうだよね。こういうことは自分で解決するべきだよね。ごめん、変なこと頼んじゃって」
と、いつもの明るい笑顔で言った。
……こんなに意地悪言ったのに、善意で取ってくれるなんて。
やっぱりぴあのさんってお人よしね。
「お姉さまー? バス来てますよー!」
ケロちゃんの声が聞こえた。
「ええ、今行くわ! じゃあぴあのさん、また!」
私はバス停に向かって走り出す。胸の奥にどす黒い思いを抱えながら。
今回は若干六花ちゃんにとっては鬱パートだったかな?
次回以降やっとお菓子コンクール。サブ題詐欺脱却です!