第二十三話 馬淵君と織牙さん、ですわ
保健室を出た私とケロちゃんは、気を取り直してお昼にすることにした。
「ケロちゃん、今日のお昼は?」
「ちょっと食欲がなくて……購買でウィダーでも買ってきます」
「――あれ⁉」
私たちを見つけた男子が一人、すごく驚いた顔をしてこちらに駆けてくる。
「もしかして千和ちゃん?」
ええと、下の名前にちゃん付けで呼んでるけど、上履きのゴムの色からして一年生よね?
「はい? どちら様ですか?」
案の定、ケロちゃんも怪訝そうな顔をしているわ。
「ほら、俺だよ。国木田守! 小さい頃よく一緒に遊んでただろ?」
「えっ、守君⁉」
名前には心当たりがあったみたいで、ケロちゃんが聞き返す。あら、やっぱり知り合いなのね。
ケロちゃんの知り合いということで、私は改めて国木田君とかいう彼を観察した。
――の、だけれど。観察する特徴がなさすぎよ、国木田君! ケロちゃんがよく言うところのモブ、私の語彙だと映画のエキストラ? 強いて言えばスポーツマン系、それぐらいの印象しかないわ。
話から察するに、幼馴染だから下級生なのにタメ語みたいね。
「千和ちゃん、なんでうちの高校にいるの? 中学で見かけなくなっちゃったから、てっきりどこかに転校したんだと思ってた」
「あ、あはは……それは、まあ……」
ケロちゃんは目をそらす。根暗メガネのおどおどケロちゃんは、どうやら幼馴染の国木田君にすらケロちゃんと同一人物と思われなかったらしい。
まあ、私も今のケロちゃんを最初に見たときは誰かと思ったし、気持ちはわかるけれどね。
「でも会えてよかったー。借りパクしてたONE-PIECEやっと返せるよ」
「アレ守君が持ってたんですか⁉ もう一冊買っちゃいましたよ」
「ホント? じゃあ返さなくてもいい?」
二人の仲のよさそうな会話を聞いて、私はなんだか安心しちゃう。
ケロちゃんが私に懐いてくれるのはいいんだけれど、前世で魔王ルシファーに尽くして死んだ獣将ケルベロスのことを思うと、ちょっとモヤモヤしちゃう。
だから、ケロちゃんに私『だけ』って状態にはなってほしくない。
――これだけ仲のいい友達が帰ってきたのなら、そんな心配は杞憂かしら。
「あ、やっぱり返してください! そしたら守君が返してくれたやつを家において、今あるやつをお姉さまに貸します!」
なんか突然こっち来たわね⁉ 噂に聞く布教用と観賞用、ってやつなのかしら。オタク文化に偏見はないけれども、だからと言って理解はできてないわね、やっぱり。
「じゃあ今度返しに行くからクラス教えて!」
「二年のA組です」
「二年A組――?」
クラスを聞いた国木田君が眉をひそめた。
「何よその反応? 確かに担任は変わってるけれど」
思わず私は尋ねた。クラスだけでそんな反応されると気になるじゃない、ねぇ。
「担任!? えっ、二年生で変わってるって言うと、枇々木先生!? 二年A組って担任枇々木先生なんですか!?」
どうやら枇々木先生は関係なかったみたいで、国木田君はうろたえる。
けれど、他の学年にまで『変わってる先生』でいきなり言い当てられるって、枇々木先生は何なのよ!?
「俺が気になったのは、枇々木先生じゃなくて、馬淵先輩と南先輩の妹ですよ。あの二人、同じクラスなんでしょ?」
馬淵君とぴあのさん……?
いえ、国木田君が南先輩の『妹』って言ったことから察するに、話題にしたいのはお兄さんの織牙さんの方でしょうね。
馬淵君と織牙さん……一瞬不思議な組み合わせに感じるけれども、馬淵君はぴあのさんとお隣さんで幼馴染なのだから、当然織牙さんともお隣さんで幼馴染なわけよね。
昔何かがあっても不思議じゃないわけだけれど、ここまでの反応って、いったい何があったのかしら?
「あ、そうだ保健室に用事だった! じゃあ!」
国木田君は話題を無理やり切り上げるように、保健室の中に入っていった。
「守君……どうしたんでしょう?」
ケロちゃんが不安げに私を見上げる。確かに、何か引っかかるわよね……。
でも馬淵君や織牙さん本人に訊いて地雷だったらまずいし。
「とりあえず、教室に戻ったらぴあのさんに訊いてみましょうか」
あの二人に何かあったんだったら、ぴあのさんは絶対に知っていると思うし。
「え? トシ君とお兄ちゃんに昔何かあったかって?」
教室に戻ってきた私とケロちゃんの質問に、ぴあのさんが首をかしげる。
「そんな漠然と訊かれても……小さいころなんてずっと三人で一緒だったからなぁ。いろいろあったよ。トシ君がおねしょしたことをうっかりお兄ちゃんがバラしちゃったりとか」
「う、ううん、それは関係なさそうね」
馬淵君のおねしょって、何歳ぐらいの頃の話かしら。ちょっと気になるけれど。
「少しぐらいヒントがないと何だかわかんないよ。なんで急にそんなことが気になったの?」
「ええと、ケロちゃんのお友達が何か思わせぶりなことを言ってたのよね、ケロちゃん」
私が訪ねると、ケロちゃんはウィダー(鉄分たっぷり、グレープ味!)をちゅうちゅう飲みながら頷いた。
「そういえば、国木田君はなんで馬淵君と織牙さんを知っていたのかしら?」
国木田君は一年生でしょう?
高校や中学だと、今大学一年生の織牙さんとは入れ違いの入学になるはずよね。
「守君が馬淵君を知っていたのは、小学生の頃サッカーをやってたからですよ」
ああ、前に話してた『小学生の頃の友達で、サッカーやってた子』って国木田君のことだったのね。
「だとしても織牙さんと結びつかないわよね」
「えっ? お兄ちゃん中三までサッカーやってたよ。言ってなかったっけ」
ぴあのさんが言った。
織牙さんがサッカー⁉ 意外とスポーツマンだったのね……。あの水やりの優雅なしぐさや繊細なデザインのケーキと結びつかないわ。
「じゃあ、サッカー絡みで何かあったことは間違いなさそうね。ぴあのさん、心当たりはあるかしら?」
「ごめん。あんまりサッカー部であったことは知らないんだ。なんだか男の子の世界って感じで、私は踏み込めなくてさ」
ぴあのさんが申し訳なさそうに言った。
そういうものなのかしら。前世で男だった記憶があると、男の世界・女の世界なんて区別がどうもあやふやで、私にはよくわからないわ。
「でも」
ぴあのさんが少し迷った後に続ける。
「トシ君とお兄ちゃんがサッカーを辞めた理由って、二人の不仲じゃないかって噂が立ったことがあったんだ」
国木田って苗字のキャラクターはかわいいですよね。
文ストの独歩さん、ラブライブ! サンシャインの花丸ちゃん、そしてハルヒの下の名前が不明の彼。
そんな感じにあやかろうと、国木田君は国木田君になりました。