第二十二話 保健室と二人の先生、ですわ
「だーるーいー」
五月一日の四限が終わって、ぴあのさんが大声を出した。
教室で大声なんてはしたないとは思うけれど、気持ちは痛いほどわかるわ。
「連休の間に二日だけ学校に来るって……ホントきついわよね」
飛び石連休とはよく言ったもので、ゴールデンウィークとは言えど、今日と明日は平日! 学校!
社会人ならここの二日間を有休取ったりできるけれども、もちろん私たち高校生に有休なんてないわ。あーあ、高校生って憂鬱。
「六花ちゃん今日のお昼はお弁当? 購買?」
四限から続けて爆睡中の馬淵君の横を通って、私の席の横にやってくるぴあのさん。
ちなみに馬淵君は三限に早弁してたから、お昼休みに起きる必要はないわ。寝かしておいてあげましょう。
「お弁当だけど、その前にケロちゃんのことが気になるわ」
「あー、ケロちゃんかぁ。具合悪そうだったけど大丈夫かな?」
ケロちゃんは三限目の頭ぐらいに、お腹が痛いって保健室に行ったの。
お手洗いに寄らず保健室に直行したみたいだったから、理由は想像がつくけれど……。
本当に女子って不便よね。前世で男だった記憶なんか持ってると、余計にそう思っちゃう。
「お昼食べる前に、ちょっと様子を見に行ってくるわ。よかったら先に召し上がってて」
「うん、わかった。私も気になるけど、大勢で保健室に押しかけても迷惑だもんね」
私はぴあのさんに言って、保健室に向かうことにした。
保健室は特殊教室棟の一階、渡り廊下に一番近い部屋。使ったことはないけれど、購買に行く途中に前を通るから、場所は覚えちゃったわ。
「……あら?」
保健室に入っていく人の後姿を見て、私は首をかしげた。
すらっと背の高いスーツ姿。あれって、枇々木先生よね。なんで枇々木先生が保健室に?
中の様子をうかがいたいけれど、保健室の前は購買に行く生徒でとても人通りが多いから、耳をドアにくっつけて盗み聞きは目立っちゃうわね。
やっぱり、こんな時こそ魔法よね。
私はスカートのポケットから杖を取り出す。
「エアロ」
魔法で風を起こして、ドアの上の小さな窓から自分の近くまで空気の通り道を作れば、ただ立ってるだけでも保健室の中の音がよく聞こえる。これなら誰かに見られても、ほかのクラスの子と待ち合わせしてるようにしか見えないでしょ。
「――松本」
枇々木先生が誰かに呼びかける。
「んー」
と、答えた声は棗先生。あれ、松本って呼んでたわよね?
「盾、いい加減に旧姓で呼ぶのはやめろよ。もうすぐ結婚して一年だぞ?」
棗先生が続ける。ああ、そういえば去年結婚したんだったかしら。
「そう思うならお前もいつまで経っても下の名前で呼んでくるのをやめろ」
「あー、またそういうこと言う。お前を苗字で呼べない理由、知ってるくせにさ」
「馬鹿を言うな。あいつはもう死んだ」
「お前だって、本当は死んだなんて思ってないんだろ」
内容はあまり理解できないけれど、何だか真剣な話みたい。
「――年度はじめに、お前の実家に泥棒が入ったってな。聞いてたか?」
棗先生が言った。泥棒? 物騒ね。うちはオートロックだし、ポチも番犬代わりになるから大丈夫だと思うけれど。
それにしても、ケロちゃんをゆすっていた不良の件といい、連休前の違法ドラッグの件といい、丘目木って実は治安悪いのかしら?
「私はもう独立している。実家は関係ない」
先生が低い声で言う。なんだか早く話題を切り上げたいみたい。
「盗まれたのはあいつ名義の通帳と保険証。お前のご両親は警察には届けなかったらしい」
「……そうか」
あれっ。先生、納得しちゃうの? 真面目堅物人間の先生だから、他の被害者が出るかもしれないって怒りそうなものなのに。
なんだか先生、よっぽど実家と仲が悪いみたい。
「それより、蛙ヶ口の容体はどうなんだ」
無理やり話題を変えるみたいに、先生が言った。
「ああ。痛み止めが効いたみたいだけど、貧血もあって今は眠ってるよ」
棗先生がケロちゃんの様子を説明する。貧血もあるってことは、やっぱり私の予想は正解だったわね。
「家に連絡を入れなくて大丈夫なのか?」
「家に連絡ったって……蛙ヶ口のお母さんは会社勤めで、今家にいるのはお父さんだろ」
「それに何か問題があるのか?」
「問題ってお前……誰かと同じで本当に女心がわからないんだな」
はあ、と、棗先生がため息をついた。その『誰か』っていうのが誰かはわからないけれど、後半部分は私も同感。ここまで言えば察してくれてもいいじゃない、ねえ。
さて、ケロちゃんのデリカシーの危機だし、そろそろ中に入ろうかしら。
私は引き戸を開けた。
「失礼します」
「お前、そんなことだから話題の彼女に相手にされないんだ――っと、どうも。どうした?」
何か枇々木先生に小言を言いかけていた棗先生が、私に気づいてこっちを向き直る。
「銀髪に赤い目……盾のクラスの伊妻六花か。話は盾から聞いてるよ。なかなかかわいいじゃないか」
棗先生に髪をわしゃわしゃと撫でられる。
色素が薄い髪って傷みやすいから正直やめてほしいのだけれど、先生相手にそんなこと言えないし。
「おい、松本。その辺にしておかないか」
「はいはい。何さ、いい人ぶっちゃって」
枇々木先生に止められて、棗先生が手を放す。
「伊妻もいつまでも黙っていないで、早く何があったか伝えたらどうなんだ。保健室に来たということは、具合が悪いのだろう」
「いえ、私は平気ですけど、ケロちゃん――蛙ヶ口さんの様子を見に来たんです」
「私なら大丈夫ですよ」
ベッドを囲むカーテンが開いて、ケロちゃんが出てきた。いつもほどの覇気はないけど、午後の授業を受けられないほど具合が悪いってわけじゃないみたい。寝癖がついてるのがちょっとかわいいわ。
「蛙ヶ口、なんだ起きてたのか」
棗先生がケロちゃんの頭を撫でる。撫でるのが好きなのかしら?
「騒がしかったので起きてしまいました。先生たちもお姉さまも、ここ保健室ですよ」
「ハハハ、まあ、細かいことは気にするな」
頭を撫でる勢いを上げて、無理やりごまかそうとする棗先生。
「もう具合はいいのか?」
「はい、なんとか午後から教室に戻れそうです」
「そうか。まー、人間っていいこともストレスになるって言うからな。ゆすりがなくなって安心したのはいいけど、しばらく体調を崩しやすいかもしれない。大事にしろよ」
「棗先生もあの事件を知ってたんですね」
それほど大きな騒ぎにならなかったから、てっきりそれほど話は広がってないんだと思ってたわ。枇々木先生と、あと校長・教頭・学年主任ぐらいだと。
「うーん、というか、実はあの事件の前からゆすりのことは個人的に相談されてたんだよ」
「個人的に?」
「あー、そっか。伊妻は転入生だから知らないのか! うちの学校のいじめ一一〇番担当、私だから!」
いじめ一一〇番! そんな制度があったのね。前の学校でも名前だけはあった気がするけれど、ちゃんと機能してなかったと思うわ。
「伊妻も何かあったら相談しろよ? とりあえず盾を監督不行き届きでぶん殴っとくから!」
「おい」
勝手に殴られる約束になりそうだった枇々木先生が抗議する。
「だってお前さあ、よりによって伊妻が被害者だぞ? 監督不行き届き通り越して大ポカだろ。何やってんだよ」
「そ、そんなことがないよう努めているつもりだ! だから、そんな約束は必要ない」
枇々木先生、やたら慌ててるけどどうしたのかしら? 『よりによって』私ってどういうこと?
もしかして、やっぱり社長令嬢ってことで、私が知らないところでひいきされてるのかしら。
「もう、先生! そういうのやめてください!」
私に言われた先生は、なぜか三秒ぐらい無言になって。
「……そうか。そうだろうな。気を付ける」
と、すごく沈んだ声を出した。な、何よ。そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。
「お姉さま、ツンデレもほどほどに!」
「――何が⁉」
ケロちゃんってたまに会話がかみ合わないわよね。天然なのかしら。
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