第二十話 きれいなオペラと魔法の話、ですわ
「もー、お兄ちゃんタイミング悪い」
「そんなこと言われたってなぁ。時間が経つとぴあのちゃんのケーキの生クリームがでろでろになるけどいいのかい?」
「よくないけどさー」
ぶつくさ言いながら、ぴあのさんは織牙さんからケーキを受け取って、私たちの前に並べる。
「わぁ……」
ケロちゃんの口から声が漏れる。
それぐらい織牙さんの作るケーキは、見た目に華があった。
ぴあのさんのショートケーキは、イチゴがバラの花の形にカットされて、ホイップクリームで白いリボンのようにデコレーションされたケーキにちょこんと乗っていて、どことなく結婚式のブーケを連想させるデザイン。
ケロちゃんのモンブランは、マロンクリームがフリルのような形に絞られていて、そこに上から粉砂糖を振りかけてある。てっぺんに乗った栗が星形にカットしてあるから、クリスマスツリーみたいね。
そして私のオペラなんだけど、宝石みたいな光沢を放つ、ビターチョコレートのコーティングに、白のチョコペンで描かれたペイズリー模様。シックなんだけど確かに高級感のあるデザインは、まるで蒔絵のよう。
「すごいすごい! こんなにおしゃれなケーキ、私、初めて見ました」
ケロちゃんはそのケーキを作った人にセクハラされたことも忘れて、無邪気にはしゃいでいる。
もちろん、普段から高級品を食べなれてる私はこれぐらいで動じないわよ。許してなんかあげないんだからね。正直ここまでのものが出てきたことには驚いたけど、あえて気にしていないフリをして、私はオペラを口に運んだ。
「……」
私は言葉を失った。
もちろんぴあのさんのお父様のケーキより味は落ちるし、はっきり言って二流品だ。
でも、『二流品』って、十分市場に出せてそこそこに評価してもらえるレベルってことよ。
それも、スポンジ・生チョコ・コーヒークリーム・コーティングと構成要素の多いオペラで、一つも失敗せずにすべてが二流品。
織牙さんは製菓学校の一年生。お店の手伝いは前からしてたのかもしれないけど、ちゃんと学問として系統だったケーキ作りを学び始めてまだひと月も経っていないはず。
それでこのレベルなんだから、卒業するころにはきっと、お父様を超えて――ううん、それどころじゃないわ。もしかしたら世界的に名のあるコンクールで好成績を修めるかもしれない。
『天才』。そんな言葉が私の頭をよぎった。
「どうしたの? 六花ちゃん、難しい顔して」
織牙さんが私の顔を覗き込んだ。
「いえ。製菓学校一年生にしてはなかなかやるじゃないの、と、思いまして」
一泡吹かせてやるつもりだったのに悔しいけれど、ここは負けを認めるしかないわ。もちろん、いつかほかの方法で叩きのめすけれども。
「あれ? 俺が一年生だって言ってたっけ?」
織牙さんが不思議そうな顔をする。――いけない! 前世で死んだ時期から逆算して一年生だと思ったなんて、言えないわ!
「なんとなく外見でそれぐらいじゃないかと」
私はあわててごまかしたけど、我ながら苦しい言い訳だわ。保育園児とか小学生ぐらいならまだしも、織牙さんぐらいの人なんて、見た目でそこまで正確に歳がわかるわけないじゃないー!
「なんだ、そういうことか。俺ってノッポだから歳より上に見られることが多くて。当てられて嬉しいな」
あら。今のごまかし方で大丈夫だったみたいね。
さすがぴあのさんのお兄さん、と、言うべきなのかしら。お人よしだわ。
「もう、お兄ちゃん!」
ぴあのさんが織牙さんをにらみつけた。
「せっかく女の子同士で話してたんだから、早くあっち行ってよ!」
「えー、もうちょっとお話してたい、って、言いたいところだけど、いつまでもさぼってるとお母さんに怒られるからね。おとなしく退散するよー」
手を振ってキッチンに退散する織牙さん。これでやっとガールズトークに集中できるわ。
「で、なんの話だったかしら?」
「そうそう、ファンタジーの話で思い出したんだけどさ」
ぴあのさんは私のほうに身を乗り出して、私に訊いた。
「六花ちゃんって、もしかして魔法が使えるの?」
「え?」
突然図星をさされて、私は固まった。
「なんで⁉」
「この間ケロちゃんが不良に襲われてた時、私ずっと下の階に居たんだけど、突然天井に土がぼこぼこーってなってたもん!」
まずいわ。上にいる不良やケロちゃんや馬淵君から見て魔法ってばれないようには気を付けていたけど、下からぴあのさんが見てることを全然考えてなかった。
「ええっと……見間違いじゃないかしら、ねえ、ケロちゃん」
私はかわいい妹分に助けを求める。
「私もあの時のお姉さまの動きと不良が受けたダメージがマッチしていないことは気になっていました! 魔法だと考えれば納得がいきます!」
「ケロちゃん⁉」
いきなり逃げ場なし⁉
私はしばらく言い訳を探したけれど、思いつかなくて観念する。
「うん。ごめんなさい、なかなか言い出せなくて。隠すつもりはなかったんだけど」
私は筆箱から杖に加工した宝珠を取り出した。
割り箸と紙粘土で作った簡素な杖で、長さもボールペンぐらい。だけど、絵具でペールピンクに着色したら、まさに魔法少女の杖って感じのデザインになって、結構気に入ってるわ。
あの事件以来使う機会もなくて、コーヒー淹れたりするときにしか使ってないけどね(ケトルより水魔法と炎魔法のほうが早くお湯が沸くし、風魔法で空気を含ませると口当たりがまろやかになるのよ)。
「おおっ、魔法の杖だ! すごい、本物初めて見た」
「かわいいです! お姉さまによくお似合いです」
二人が口々にほめてくれる。うーん……手作りってことは黙っておいたほうがいいかしら。夢を壊しちゃ悪いわよね。
「ねえ、ちょっと魔法、使って見せて!」
「使って見せる、って言ったって……」
何をすればいいのかしら? こんなところで炎魔法を使ったら大惨事になるし。花壇に向けて水魔法は、さっき織牙さんが水やりしたばかりだから、花が根腐れしちゃうわよね。
「とりあえず変身とかしてみてよ!」
「変身⁉」
「あ、じゃあ私メイド服のお姉さま見たいです!」
「メイド服⁉」
ぴあのさんとケロちゃんが口々に注文するのを聞いて、私は目を丸くする。
二人にとって、というかこっちの世界の普通の女の子にとって、魔法ってそういうエブリデイ・マジックのイメージが強いのかしら?
でも、ポチが出したレベルの宝玉じゃそんな複雑な魔法はできないし、魔王ルシファーが使ってた杖でも――やろうとおもえばできたのかしら? ルシファーにとって魔法って『戦いに使うもの』だったからよくわからないわね。今気づいたけど、私の前世って結構脳筋?
「ごめんなさい、このぐらいの杖だと簡単な、火を出したりだとか水を出したりぐらいしかできないの」
「えー、つまんない」
「つまんなくて悪かったわね!」
前世で魔王と恐れられた私が、まさか魔法を『つまんない』って一蹴される日がくるなんて思ってもみなかったわよ!
「でも、やっぱり魔法って一目見てみたいです!」
「そうね……町の北側に人気のない開けた場所とかないかしら?」
「線路を渡った先にならいくつか心当たりがありますけど」
「じゃあ、明日は祝日でお休みだし、そこでちょっとだけ魔法を見せてあげるわ。そのあと三人でウインドウショッピングでもいかがかしら?」
私は二人に声をかけた。けど、実は後半部分のほうが目当てだったりして。
パパは相変わらず仕事が忙しいみたいで、ゴールデンウィーク中もお休みは取れないみたい。『これで遊んできなさい』ってお金だけは渡されたけど、一人で旅行なんて行ってもつまらないし。つまり、私はゴールデンウィークの予定が全くの白紙なの。一緒に遊びに行く友達、ひそかに募集中だったのよ?
「いいね、それ!」
「じゃあ、私のうちはマンションだし、あんまり入り口でたまってるとほかの人の迷惑になるから、ケロちゃんちの前で十時ごろ集合ね!」
「わかりました!」
よし、ゴールデンウィークの予定、一日分だけだけど、何とか決定!
魔王ルシファーも獣将ケルベロスも脳筋ですが、この二人は同郷のため多分出身地の土地柄と思われます。裏設定。




