第十八話 エルフの巫女はチャラ男、ですわ
「ぴあのさんのお兄様?」
そういえばいるって言ってたわね。でもそのお兄様がいてなぜ頭抱えるのかしら。
「あ」
ぱちり、と、お兄様と目が合う。どうやらこっちに気付いたみたい。
「おーい、ぴあのちゃーん! おかえりー!」
「コラ! 織牙! 店から大声で叫ぶんじゃありません!」
こっちに大声で呼びかけ、いつかのぴあのさんとまったく同じフレーズで叱られるお兄様を見て、私は二人が兄妹だと確信した。
「お兄ちゃん、もう、やめてよ。恥ずかしい! 友達だっているんだから」
ぴあのさんがお兄様に怒る。ええと、その恥ずかしいこととほとんど同じことを、この前ぴあのさんがやってた気がするのだけれど?
「ああ、そこの二人はぴあのちゃんのお友達か。初めまして、ぴあのの兄の南織牙です」
お兄様、改め織牙さんは私とケロちゃんに恭しく頭を下げる。紳士って感じね。まあ、私は社長令嬢だからこんな対応は慣れているけれど?
「いやあ、二人ともかわいいね。お名前は?」
「伊妻六花ですわ」
「蛙ヶ口千和です。みんなからはケロと呼ばれてます」
私たちは答える。それにしても、なんだかちょっと――距離が近くないかしら?
「なるほど、六花ちゃんにケロちゃんね。いやー、二人とも本当にかわいいなぁ!」
がばっ。
急にこうされるのは二度目だから、今度は理解が追いつくのが早かった。
そう――急に抱き着かれたのよ。織牙さんに。ケロちゃんと二人まとめて。
確かちょっと前にもケロちゃんにやられたけど……でも、女の子にされるのと男の人にされるのだったら、話が別よ!(ん? ケロちゃんは私のことをそういう目で見てるわけだから、もしかして別じゃないのかしら?)
ひゅうっ。と、短く息を吸う音が私の真横からした。
まさか……。
「いきなり何するんですかー!」
案の定、ケロちゃんが織牙さんを投げた。どしん、と、アスファルトに衝撃が響く。
「そういうことは、きちんと段階を踏んで、相思相愛の殿方とやるものでしょうー!」
この間の不良相手ぶりぐらいに怒るケロちゃん。言ってることはだいたい正しいんだけど、今最後の方『殿方』って言ったわよね? やっぱり生粋の腐女子だわ。
「痛たたた……びっくしりた。ケロちゃんって強いんだね」
アスファルトに叩きつけられた背中をさすりながら、織牙さんが立ち上がる。
ええっ⁉ 不良を一発で気絶させたケロちゃんの一本背負いを食らって、それだけなの? しかも不良の時は廃ビルの床板だったけれど、今回はアスファルト。叩きつけられた地面の硬さも全然違うわ。
ケロちゃんは力加減が苦手のはずだから、前回より威力が低かった、ってこともないだろうし――なんでかしら?
疑問に思って織牙さんの顔を覗き込むと、その眼の色が海のような青色なのを見て、私は久しぶりに前世の記憶が蘇った。
――セレネ⁉
勇者ツルギとの長い戦いが始まる二年前に、魔王軍が殺したエルフの巫女だ。彼女の魔力は魔王軍にとっても脅威で、勇者を召喚する魔法を準備していたのも彼女だ。
だから魔王ルシファーは獣将ケルベロスに命じて殺させたんだけど、結局召喚魔法を宿したアイテムは賢者メルキセデクの手に渡って勇者を喚び出されてしまったし、おまけに彼女の妹がツルギの旅にくっついてくるというオマケつき。
――要するにセレネは魔王ルシファーの負けフラグを凝縮したかのようなエルフだった。
今まで会った転生者って、馬淵君もケロちゃんもタカヒロ君も、勇者との戦いが始まってからの一年間で死んだ人ばっかりだったけど、それ以前に死んだ人の転生者もいたのね。
じゃあ私たちより年上の枇々木先生も転生者って可能性は捨てきれないのかしら。でも、死んだ順番がやっぱり合わないし――。
「あれ、六花ちゃん? 六花ちゃーん? どしたの、急に黙り込んじゃってさー」
「お兄ちゃん、六花ちゃんってこういう子だから。あんまり気にしないで」
心配そうに私の様子をうかがう織牙さんに、ぴあのさんが耳打ちをする。
「ちょっと、何よその言い方! それじゃあまるで私が変な子みたいではなくて!?」
私はただ前世の記憶があるだけの普通の――あら、もしかして、前世の記憶がある時点で変な子に入るのかしら?
「でも、ぴあのちゃんの友達が来てくれてるならちょうどいいな。今日は俺が作ったケーキがあるから食べて行ってよ。お代はいいからさ」
「えっ、タダでケーキが食べられるんですか!?」
ケロちゃんの声から、嬉しさが隠しきれていないわ。
あれ以来不良にゆすられることはなくなったけど、取られたお金が全額戻ってくるほど世の中は甘くないようで、ケロちゃんは未だに貧乏みたい。
――まあ、どちらかと言えばアニメグッズを大量に買ってるほうが原因な気もするけれど。
ケロちゃんちって、空手道場の経営はまずまずだけど、共働きだから思ったより裕福みたいだしね。
「俺はまだ製菓学校で修行中だから。俺のケーキでお金を取るわけにはいかないよ」
たはは、と、織牙さんは笑う。
もしアルメギドとこの世界の時間の流れが同じなら、織牙さんは高校二年の私たちより二つ年上。専門学校なら一年生のはずよね。
「もちろん、父さんのケーキのほうがいいって言うなら無理にとは言わないけど、どうかな?」
「いえ、今日は織牙さんのケーキをお願いします」
私は言った。今日はケロちゃんのお財布が優先、よね。
チャラ男キャラってやっぱりいいですよね!