第十六話 ある日の学活、ですわ
「ねえ、六花ちゃん」
五限目の日本史の授業が終わってぐったりしている私に、ぴあのさんが話しかけてきた。
「何かしら?」
私はぼんやりと答えた。
理科の基礎や数学、それとどういうわけかアルメギドと日本は言葉が一緒だから国語は正直前世の記憶で生まれつきできたし、英語は幼いころ英会話に通っていて身に付いたけれど、歴史は別。なんのチートもアドバンテージもなしで頑張らなきゃいけないから、いつも歴史の授業の後は疲れで魂が抜けちゃうわ。
それなりに地の頭もいいから多少さぼっても赤点は回避できるのだけれど、ほかの教科が優秀なのに歴史だけ中途半端な成績だと、いろいろ勘ぐられそうだし。
別にやましいことはしてないんだから、カンニング疑惑でちょっと調べられるぐらいならいいけれど――万一前世のことが馬淵君に知れてしまったら!
「それだけはダメっ!」
「うわぁっ、びっくりした! ごめんダメだった⁉」
ぴあのさんが驚く声で、自分が考えてたことを口に出してたことと、ぴあのさんの話を聞いていなかったことに気が付いた。いけないいけないっ。
「ごめんなさい。何の話だったかしら?」
「六花ちゃんってしっかりしてるように見えてボーっとしてること多いよね」
「そうかしら?」
前世の記憶を思い出したりしている分、確かに普通の子よりはボーっとしてるところもあるかもしれないけれど。
「もしかして、恋してる?」
「えっ!?」
私は思わず大声を上げてしまったわ。
ケロちゃんに気付かれてた時に気をつけなきゃと思ってたけど、よりによってライバルのぴあのさんに気づかれるなんて。
「んー」
私たちの間の席で、馬淵君が不機嫌そうなうなり声をあげた。
「なんだようるせーな……『うわぁっ』だの『えっ』だの。ヒトを挟んで話すんだったら、もうちょっと静かにしろよ。寝れねーだろ」
「もう、トシ君、この後まだ六限あるんだからね! 寝てるほうが悪いの!」
「六限ったって、学活だろ? どうせ自習に決まってるって」
うちのクラスでは木曜の六限目は学級活動の時間。
新学期に委員会や係を決めたり、体育祭や文化祭のシーズンには準備をしたりする時間なんだけれど、それ以外の時期はだいたい自習時間になってるみたい。私が転入してからは一回も目的通りに使われてないわ。
いじめがあるクラスだといじめの解決のために毎週学級会、みたいなこともあるみたいだけど、うちのクラス、どころかうちの学校でいじめの話は全く聞かないわね。
田舎で穏やかな風土がある丘目木に、再開発が入って閉鎖的なところがなくなって、田舎と都会のいいところどりだからいじめがないのかしら。
だけれど、近くの高校でも、あのケロちゃん事件の他校生が自分の学校ではいじめを全くしてないなんて思えないし。丘目木高校だけいじめがない理由は、今のところ私には謎だわ。
「自習かどうかなんて、先生が来てみないとわかんないでしょ」
「わかってるようなモンだって、なあ、タカヒロ」
ぴあのさんの注意がうるさいとでも言いたげに、馬淵君は斜め前のタカヒロ君に話を振る。
「え、えーと」
タカヒロ君は何とか場を収めようと言葉を探しているみたい。
だけどその手に持っている本は『ロスト・シンボル』上巻。『ダ・ヴィンチ・コード』と同じシリーズの長編ミステリー小説で――要するに五限目と六限目の間の短い時間で読み終わるものではなくて、読み終わらなかったら絶対続きが気になっちゃう小説よ。
つまり、そんなものを読んでいる時点で、タカヒロ君は六限目自習派に決定。
「一対二よ、説得は諦めたら?」
「そこは六花ちゃんが私に味方して二対二にしようよ⁉」
そうしてもいいのだけれど、転入生の私の意見は、この場合カウントに入らないんじゃないかしら?
なんて、話してたら、チャイムが鳴って枇々木先生が入ってくる。
「それでは、六限目の学級活動の授業を始める」
「えーっ! 授業⁉」
枇々木先生が教卓から言うと、不満そうな声を上げたのは。
「ぴあのさん。さっき六限目は授業かもしれないって言ってたのはぴあのさんじゃなかったかしら?」
「授業かもしれないと思ったけど、それとは別にやっぱり自習のほうがうれしかったり」
ぺろり、と、ぴあのさんは舌を出した。
「では、棗先生、お願いします」
先生が言うと、教室に白衣のお姉さん先生が入ってきたの。
赤っぽい茶色に染めた髪と、泣きボクロがとってもセクシー。体型も出るところは出てへこむところはへこんで、まさに『オトナの女性』ってカンジね。私もぴあのさんやケロちゃんに比べたらスタイルはいいほうだと思うけど、将来あそこまでになる自信はないわ……。高校二年生ってそろそろ成長止まるしね。
「ええと、誰かしら?」
見たことがない先生だったので、こっそり隣の馬淵君に訊いたわ。
「保健の棗霧子先生。六花はまだ会ったことなかったか?」
「今のところ保健室にお世話になったことはないわね」
健康優良児だったおかげで馬淵君とちょっと会話するきっかけができちゃった。なんてね。
「えー、それでは」
棗先生はチョークを握って、黒板に大きく文字を書く。『違法ドラッグ』ねえ。
「今日は連休に入る前に、みんなに違法ドラッグについての授業をすることになった。枇々木先生のクラスに限ってとは思うんだが、警察のほうから指導するように言われててな」
警察から……? 何かあったのかしら。
この間のケロちゃん事件絡み……?
ふと馬淵君のほうを見ると、さっきまで眠たがっていたのが嘘みたいに、真剣に話を聞いていた。――なんだか嫌な予感がするわ。
と、いうことで新章スタートです。
前回はケロちゃん編だったのですが、今回のメインキャラは……ふふふふふ