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ある教師の懊悩 そして……

今回は間章ということで視点移動です!

「ただいま」


 私はドアを開けて部屋に入る。


 同じ町内だが両親からは独立し、おんぼろアパートに一人暮らしをしているので家には誰もいない。だが、防犯上絶対にただいまを言うよう生徒に教えている身だ。自分がその規則を破っては締まらない。


 帰りがけに買った弁当をテーブルに広げて、冷蔵庫から出したノンアルコール・ビールを一気にあおる。明日も仕事だからさすがに飲酒は控えたが、気分だけでも飲んだつもりにならなくてはやってられなかった。


「はあ……うちのクラスの生徒は本当に問題ばかり起こしよって」


 暴力事件と聞いた時の血の気が引く感覚を思い出して身震いする。


 幸いこちら側の生徒にけがはなく、相手方も三人のうち一人が軽い脳震盪を起こしただけらしい。


「高校二年生にもなれば、第二次反抗期も落ち着いてくる年頃だろうに」


 弁当の唐揚げを箸でつまみ、かぶりつく。昔からこの弁当屋の唐揚げはうまい。再開発が入った時に大手チェーンに買収されどうなることかと思ったが、盛り付けや分量は変わったものの味は昔のままだ。


 一人暮らしはいい。好きな時に唐揚げが食べられる。厳格すぎる両親と同居していたころは、唐揚げはたまの贅沢だった。だから、よく『あいつ』と取り合いに――。


「いかんいかん」


 今更『あいつ』のことなど気にしてどうなるというのだ。


 何かもっと別の楽しいことを考えなければ。


 そう思った瞬間、私の頭に浮かんだのは、雪のような白と夕焼けのような赤だった。


「伊妻……」


 思わず彼女の名前が口を突いて出る。顔が上気し、鼓動が早まる感覚。


 酩酊に似た感覚に、まさか間違えてアルコール入りのものを飲んだかと思ってビールの缶を確認するが、やはりそこには『アルコール0%』の文字。


「となると、やはりこれは……」


 私はその思いを振り払うように、やけくそで残りのノンアルコールビールを流し込む。


 倍以上も歳の離れた生徒にこんな感情を向けるなんて! 我ながらなんとふしだらな! 破廉恥な! しかも彼女は転入生、まだ出会って一週間も経っていないのに。


「ああ、私はどうしてしまったのだ」


 初めて会った時から、伊妻がやたらと私のことを見つめているように感じていた。


 勉強や仕事にかかりっきりで恋愛経験に疎い自分がつい勘違いしてしまうほどに。


 そう、勘違いだったのだ。好いている相手に直接恋愛相談をする女などいないことぐらい、恋愛に疎くてもわかる。


 勝手に勘違いして気に掛けるうち、勝手にこちらからも惹かれてしまった――。完全に私一人の勝手な勘違いだ。


「全く、他人の純情をもてあそぶなどとは……」


 言いながらつい苦笑した。この台詞は三十路の教師が女子高生に対して言う台詞ではない。普通は逆だろう。


 だが、別にこちらに気があるわけでもないのに毎度のごとくちょっかいをかけておちょくられては、こんな台詞も出ようというものだ。


 ――伊妻六花。本当に不思議な生徒だ。



「考えるから余計に気になってしまうのだ。やめよう」


 いくら好きでも生徒に手を出すわけにはいかない。私には忘れる以外の選択肢はないのだ。


 ああ、心臓の鼓動が煩い。


 ふと、その鼓動が自分のものだけではないように感じ、私はハッとする。


 この音は、『あいつ』の――。


 いや、そんなわけはない。私は自分に言い聞かせる。




 『あいつ』はもう、死んだんだ。




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 丘目木南町にある、とある弁当屋。


 昔ながらの昭和を感じさせる内装に、煌々と輝くチェーン店の看板がミスマッチだ。


 そして、その店内に足を踏み入れた外国人風の女性が、さらなるミスマッチを生み出している。


「え、えー。めーあいへるぴゅー?」


 バイトの大学生が、たどたどしい英語で話しかける。


「カラアゲベントウとやらを三つ頼む」


 予想に反して流暢な日本語で女性が答えた。


 変わった人だなぁ、と、バイトは思う。


 再開発が入って多少賑やかになったが、それでも丘目木には外国人は少ない。そのほとんどが出稼ぎのアジア人であり、彼女のような金髪碧眼の女性は、たまに地元学校で英語のティーチング・アシスタントに来るのみだ。


 だが、彼女は間違いなくティーチング・アシスタントの教師ではないだろう。


 年頃がどう見ても十五、六の若者にしか見えない。それも日本人のバイトの感覚であり、欧米人はアジア人より一般的に老けて見えるということも考慮に入れれば、下手をすれば小学生かもしれない。


 そして極めつけは、彼女が被っているニット帽だ。


 朝晩はまだ冷え込むとはいえ、五月の大型連休もすぐそこというこの季節。ニット帽はどう考えてももう暑い。


 そのくせ服装は黒のタンクトップにホットパンツという軽装だ。寒がりというわけではないらしい。


 バイトは首をひねりながら唐揚げ弁当を三つ、レジ袋に詰める。


 先ほど常連のジュンくん(自分よりかなり年上だろう相手に『くん』付けもどうだろうかと思うが、店長夫婦がそう呼ぶのでその名前で覚えてしまった)が一つ買っていったので、この三つで売り切れだ。


「お会計、1230円になりますー」

「わかった。ええと」


 外国人は財布を取り出してしばし考える。


「えーと、その青っぽいお札が一枚に、穴の開いてない大きい銀のコインが二枚、そして銅貨が三枚です」

「ああ、そうなのね。ありがとう」


 さっと財布から言われた通りの紙幣と硬貨を出して、外国人は会釈する。


 ――あれだけ日本語がうまいのに、お金の支払いに慣れていない?


 バイトが疑問について深く考える前に、外国人は店を出て行ってしまった。




「――買えたぞ、カラアゲベントウ」


 その弁当屋からほど近い路地裏で、外国人は一人の男性にそれを手渡す。


「サンキュ」

「まったく、お前がこれを好きなのは知っているが、自分で買いに行けばいいだろう。私の手を煩わせるな」

「悪い悪い。だってよ――」




「――同じ顔をしたやつが一日に二回唐揚げ弁当買いに来ちゃ、さすがにまずいだろ?」




 月のない夜。かすかな星の明かりに照らされたその顔は――。


枇々木先生フラグ補完話と今後の布石です。

枇々木先生は真面目堅物なので恋愛に関してはピュアです!

ピュアなおっさんいいよね!

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