第十三話 取調室にて、事件のあらまし、ですわ
「なるほど。それじゃあ蛙ヶ口さんは彼らに秘密を知られてしまって、ばらされたくなければ金を出せと脅されていたんだね?」
「はい」
お巡りさんに確認されて、ケロちゃんは頷いた。
あの後、一応多数対多数の喧嘩ってことで、私たちと不良三人組はそれぞれ応援に駆け付けたパトカーに乗せられて、街の北側にある警察署に連れてこられた。
それで今、私たちと不良たちとで別室にわかれて、それぞれ事情聴取を受けているんだけど……もちろん私と馬淵君とぴあのさんはたまたま通りかかって助太刀に入っただけで、ほとんどなんの事情も知らない。
だから私たちが事情聴取を受けているというより、ケロちゃんの話を横で聞いている感じね。
私はなんでケロちゃんがあんな不良なんかと関わり合いになってたのか気になるし、ぴあのさんもおそらくそうだから真剣に話を聞いてる。でも馬淵君はもう興味がないみたいで、たまにあからさまにあくびをしたりしてぴあのさんに肘鉄されてるわ。
――勘のいい馬淵君がもう警戒してないってことは安心していいってことだろうから、いいことなのかしら?
「ふむ……その秘密というのは?」
「で、ですから秘密ですよっ! こんなところで言えるわけ無いじゃないですか!」
お巡りさんの質問に対して、ケロちゃんが語気を強める。その勢いに、私、ちょっとびっくり。
「うーん、今回の件は君が被害者みたいだけど、別の犯罪に関わっているのを見過ごしたりしたら私も立場上まずいんだよね」
お巡りさんは腕組みをした。
そうよ、不良にお金をゆすられるような秘密なんて、よっぽどのことだわ。
援助交際なんて言葉が頭をよぎった。
まさかケロちゃんに限ってとは思うけれどね。でも前世で(オジサンまでは行かないうちに死んだけれども)イイ年した男だった記憶を持つ身として、一つわかってしまうことがある。
――どうせ若い子を買うんだったら、ケバケバしいヤマンバみたいな老けた子より、ケロちゃんみたいな初々しくて若々しくてかわいい子を買うのよ! 男って生き物は!
「詳しい内容は言わなくても構わないが、その秘密とやらが他の犯罪に関わっているのかどうかだけでも訊かせてくれないか?」
さらに訊くお巡りさんに、私も心の中で便乗する。そうよ、教えてケロちゃん!
「い、いえ! 犯罪なんてとんでもありません!」
ケロちゃんはびっくりして否定した。嘘はついてないみたいね。援助交際かもしれないなんて、私の取り越し苦労だったかしら。
「そうか。それならいいんだけど」
お巡りさんはちょっと腑に落ちない様子で、次の質問に移る。
「それで、あの気絶してた不良をやったのはそこの男子かい?」
「は⁉」
急に振られて、ほとんど話を聞いていなかった馬淵君がびくっとなる。
「その様子だと、違うみたいだね」
って、お巡りさんが言うのを聞いて、馬淵君は頭を抱えた。
向こうが先に殴りかかってきたとはいえ、暴力を振るったことに変わりはないんだから、いざとなったらケロちゃんをかばうつもりだったみたい。でも、今の反応じゃこれからかばったって嘘が丸わかり。
そんな優しいけど嘘がつけないところがかっこいい、なんて思ってしまうのは惚れたひいき目かしら?
「あ、あの……すみません、私がやりました」
さっき秘密のことをひた隠しにしていた時の強い口調とはうって変わって、消え入りそうな声でケロちゃんが言った。
「君が!?」
お巡りさんが驚いて目を丸くする。当然ね、ケロちゃんはこの中で一番小さくてひ弱そうですもの。私だって正直あの時は驚いたわ。
「そんな、君みたいな小さい子がどうやって……?」
「あの……私、蛙ヶ口空手道場の娘です」
『空手道場⁉』
その場にいた全員が驚く。知らなかったのは私だけじゃないみたい。
「蛙ヶ口空手道場は知っているけど、娘さんがいたとは知らなかったなぁ。それにあそこの道場主さんは跡取りがいなくて困っていなかったっけ」
「そうだよ、それにうちの学校空手部あるけど、確かケロちゃんって帰宅部だよね……?」
お巡りさんとぴあのさんが口々に言う。
「一応父に基本は仕込まれているんですけど……私はあまり人と戦ったりするの、好きじゃなくて。それなのにこんな風にセンスだけはあるから、せめてこれ以上強くなってしまわないようにと、ちゃんとした稽古は避けてて……」
ケロちゃんがぼそぼそと答えた。戦いのセンスは獣将ケルベロス譲りなのね。
確かにケルベロスは魔王軍では頼りになったけれど、こっちの世界のいたいけな女子高生があそこまで強かったらちょっと困るかも。
「そうなんだ。それなのに私が横から入っていったりしたから、結局暴力沙汰になっちゃって……ごめんなさい」
私、完璧に余計なことしたわよね。
「とんでもない! 助けていただいてありがとうございます!」
でも、ケロちゃんは目を丸くしてむしろ私にお礼を言う。気を使わせちゃったかと、さらに申し訳なくなっていたけれど。
「バーカ、こういうのはちゃんと受け取っとけ」
馬淵君が言ったから、私はそっちを見た。どういうことかしら?
「俺も口がうまいほうじゃねーからちゃんとは言えねえけど、あいつら武器持ってたし、最終的に喧嘩になるのは避けられなかっただろ。それなら自分のために暴力振るったってのより、六花守るために戦ったって方が後味いいだろ」
「そ、そうですよ! それに伊妻さんが助けに来てくれて、私、本当に心強かったです」
「馬淵君……ケロちゃん……」
そうね。今回は前世みたいに自分勝手でケルベロスを戦いに巻き込んでしまったわけじゃない。私がケロちゃんを守って、ケロちゃんが私を守ったんだから、卑屈にならなくてもいいのかしら。
「どういたしまして、ケロちゃん」
その時、外から誰かがやってくる音がした。
「すみません、第三取調室はこちらでよろしいのでしょうか?」
「この声は……」
私たちは顔を見合わせる。
その直後にドアが開いて、部屋に入ってきたのは。
「コラ、お前たち! 他校生と暴力事件とは何事だ!」
「枇々木先生!」
そう、部屋に入ってきたのは枇々木先生だったの。
「なんで枇々木先生が?」
「生徒が問題を起こしたら担任が呼ばれるのは当たり前だろう!」
疑問符を浮かべるぴあのさんを枇々木先生が一括。
「まあまあ、先生。この子たちは被害者ですし」
「そういう問題ではありません」
なだめようとするお巡りさんに、枇々木先生は言い返す。
「加害者でも被害者でも、事件になんか巻き込まれない方がいいに決まっています」
「あはは。もっともなご意見ですが、枇々木先生は真面目すぎます」
あら、その口ぶりだと、枇々木先生とお巡りさんって知り合いなのかしら?
「ともかく、先生に来ていただいて助かります。じゃあ、みんなは帰っていいよ」
「やったー! じゃあ帰ろっか、トシ君!」
「あー、やっと終わったか」
「ちょっと待て」
喜んで椅子から立ち上がって、勝手に帰ろうとするぴあのさんと馬淵君の前に、枇々木先生が立ちふさがる。
「先生どいてよ、やっと帰れるんだから」
「誰が一人で帰っていいと言った。私が何故呼ばれたと思っている! 私の同伴で帰るんだ!」
「えーっ!」
ぴあのさんは嫌そうな声を出した。馬淵君とケロちゃんも顔をしかめる。
まあ、夜も遅いし、万一不良の仲間が待ち伏せでもしてたら危ないし、当然誰か大人が家まで送っていくことになるわよね。
私は家に親がいるわけじゃないし、別に関係ないけれど。
物理的に強い女の子ってかわいいですよね。