第十二話 廃ビルの攻防、ですわ
「あら。ビルに入ったわね。何のビルかしら」
私は馬淵君の後ろからケロちゃんの様子を覗き込んだ。
嫌でも銀髪が目立つから、背の高い馬淵君の陰に隠れてれば見つからないだろう、って作戦なんだけど、広い背中を堪能できて役得役得、なんちゃって。
「あれ、あのビルって廃ビルだよ」
「廃ビル?」
私はぴあのさんに訊き返した。
「うん、昔は何かの会社が入ってたらしいんだけど、再開発が入った時に北側に移転して、今は使われてないの。このあたりだと結構そんなビルがあるんだけど」
「じゃあなんだってケロちゃんは使われてないビルに?」
「やっぱり何かありそうだな」
私たち三人は、ケロちゃんの後を追って、ビルのひび割れたガラス戸をくぐった。『立入禁止』って書いてある張り紙は、ゴメンナサイ、見なかったフリ。
ケロちゃんに聞かれないよう、そっとドアを閉めると、上のほうから話し声が聞こえてきた。
「――ですからっ! もうあなたたちに渡すお金はありません!」
この声は、ケロちゃん? 二階にいるのかしら。
「だーかーらー! そんなことウチらが知るかっつーの!」
「無いんだったらパクってくればいいだろ」
ケロちゃんに対する声は男の人で、どうやら何人もいるみたい。なんとなくだけど、私はその声の主が一昨日の不良集団だと気づいた。
「なんだか不穏な空気だけど、どうしよう……?」
「ぴあのと六花は下にいろ、俺が先に行って様子を見る」
馬淵君が階段を上がる。不良ぶってるけど、ピンチの時に女の子を守るなんて、やっぱり馬淵君って本当は紳士よね。なんて、のろけてる場合じゃないんだけど。
「なんとか言えよ、オラッ」
バシッという強い打撃音。ぴあのさんが隣で小さく悲鳴を上げる。
きっと今のは人が殴られた音じゃなくて、手近にある何か適当なモノを殴った音だ。魔王をやっていた時は身近で暴力も日常茶飯事だったから、人が殴られた音とモノが殴られた音の区別くらいはわかるわ。
でも、だからってケロちゃんが安全ってわけじゃない。モノを殴るってことは、『次はお前がこうなる番だ』って意思表示だもの。
「お前のクラスに社長令嬢が転校してきたってのは知ってるんだよ!」
ケロちゃんを怒鳴りつける声が言った。それって私のことよね……?
「そうそう、そいつの財布からちゃちゃっとくすねればいいじゃねーか!」
「それがしたくないと言っているんです!」
ケロちゃんが毅然と言い返す。
「実を言うと、昨日渡したお金は、廊下で伊妻さんにわざとぶつかってくすねたものです。でも、あの後伊妻さんは私を疑うことなく、先生に事情を言いつけたりしませんでした!」
「えっ、そんなことがあったの、六花ちゃん⁉」
ぴあのさんが私に訊いた。
ケロちゃん、私が善意で信じてくれたと思ってるんだ。本当の私はといえば、他のことでいっぱいいっぱいだったり、前世を引きずってたりで、そんなの全然買い被りなのに……!
「だから、もう私もこんなことはやめようって思ったんです! だから、その一万円もなけなしの残ったお小遣いから返して……! 今日ここに来たのは、もうあなたたちにお金を渡すのはやめると――」
「うるせえんだよ!」
ケロちゃんの言うことも、不良の耳には届かない。そうよね、自分さえよければそれでいい不良にとってみたら、そんなことただの綺麗事だもの。
――でも。
「あっ、六花ちゃん!」
「六花⁉」
私はぴあのさんを振り切って、馬淵君の横を通り過ぎると、二階に勢いよく飛び出した。
「伊妻さん⁉ 何でここに!?」
びっくりするケロちゃんを後ろに下がらせて、私は前に進み出る。不良の人数は三人。でもそれぐらいで魔王が尻込みしたりしないわ。どうやらケロちゃんだけだと思って、武器はバットが一本だけみたいだしね。
「――銀髪。アンタが噂の社長令嬢か」
「お嬢様がこんなところで何しようって言うんだよ」
「うるさいわ、お黙り!」
せせら笑う不良どもを一喝。伊達に前世で魔王やってない。不良たちを一瞬ひるませるくらいはできた。
「私のケロちゃんに手出ししようとしたこと、後悔させてやろうじゃないの」
――もう、大切な友達を失うなんてこりごりなのよ!
「チッ、生意気なんだよ!」
不良の一人がこっちに殴りかかってきた。私はポケットの中の宝珠を握りしめる。
「エアロ」
風魔法で不良の体を押し返してパンチの勢いを殺し、受け止める。
不良は驚いて目を見開いた。そうよね、ただのお嬢様に全力のパンチを受け止められたんだもの。
ちょっと魔法でチートさせてもらうけど、だからと言って一目で魔法とわかるような使い方はしないわ。大騒ぎになっても困るからね。
「なんだこいつ――!」
「クエイク」
助太刀に来た別の不良の足元を軽く揺らしバランスを崩してやれば、そいつのパンチも私のところまで届かない。
「こいつ、なんだかよくわからない武術使いやがって!」
三人目の不良がバットを振りかぶる。私は風魔法で押し返そうとして――不良の髪がそよいだ。
その動きで気づく。魔法が反れたみたい。やっぱり杖なしじゃ狙いが定まらない!
でも、そんなことお構いなしにバットが私の脳天に迫る。
私は思わず目をつむった。
「伊妻さんに手を出さないでください!」
バットの衝撃の代わりに、そんな声が聞こえてきた。
私が目を開けると、なんとケロちゃんがその手でバットをしっかり白刃取りしていたのだ。
「ぐ――アァ!」
ケロちゃんは吠えるように声を出して気合を入れ、バットをひねる。と、バットが不良の手からすっぽ抜けた。
太いほうを回せば力が伝わりやすいから、ちょっとの力でも相手からバットを奪い取りやすいってことは、てこの原理の応用として知ってる。でも、ケロちゃんがそれを今この場で思いついたの……?
「お前ら、ナメんのもいい加減にしろ――」
武器を奪われたぐらいであきらめなかった不良が私たちに殴りかかろうとして、ケロちゃんの鮮やかな一本背負いが炸裂。不良はすごい勢いで床に叩きつけられて気絶する。
その瞬間のケロちゃんの眼光を、私は見逃さない。
懐かしい、獣将ケルベロスの眼光だ。
残りの二人の不良は、青ざめた表情で逃げ出そうとするが、馬淵君が階段に立ちふさがる。
「仲間とか呼ばれたら危ねえからな。ここは通さねーぞ」
「六花ちゃん! ケロちゃん!」
馬淵君の後ろから、ぴあのさんが階段を駆けあがってくる。
「外に出てお巡りさん呼んできたよ! たまたま通りかかってくれてよかった!」
お巡りさん? ナイスタイミングね。相手が武器なしで四対二なら一方的にボコボコにはされないでしょうけど、それでも危ないことに変わりはなかったもの。
「ポリ公⁉ マジかよ」
「どうすんだよ、ユースケ置いて逃げらんねーし」
不良二人がごちゃごちゃと話し合っていると、ぴあのさんを追い越して、お巡りさんが二階に上がってきた。
「コラ! そこの不良三人! 大人しく両手を挙げなさい!」
がっしりとした大柄だけど、人の好さそうな真ん丸の目したお巡りさんが、不良を厳しく叱り飛ばす。不良二人はしぶしぶながらに手を挙げた。
「どうした、そこのもう一人! 手を挙げなさい!」
お巡りさんが続けて言うけど、もう一人は気絶してるし。それなのに手を挙げろって、無茶じゃない?
「コラ、そこの銀髪!」
――その一言で、ようやくお巡りさんの勘違いに気づいて。
「これは、地毛ですわ!」
私は思わず大声で怒鳴り返したのだった。
バトルシーンを書くのは楽しいですね!