第十一話 ホームセンターへGO! ですわ
「六花ちゃん、今日はうちに寄ってく? トシ君もいるし、一緒に帰ろうよ」
放課後すぐにぴあのさんが私に訊いてきた。
せっかく好きな馬淵君とまた一緒に帰れるんだから二人っきりで帰ればいいのに、わざわざ家が逆方向の私に一緒に帰るか訊いてくるなんて、幼馴染さんは余裕ですこと。
――っと、いけないいけない。ぴあのさんは転入生の私に気を使ってくれているのよね。恋のライバルとはいえ、こうやってなんでも悪意に取るから敵を作っちゃうのよ。それで散々前世で失敗したじゃない!
「そうね……南側の街ってホームセンターあるかしら? 北側では見かけなかったけど」
私はぴあのさんに訊いた。平常心よ、平常心。
勇者に殺されたことも、野望を達成できなかったことももちろん辛かったけど、なんだかんだで前世の一生のうち一番辛かったのは、ケルベロスが殺されてから自分が死ぬまでの間だったわ。誰も理解者のいない人生って、お城に住んでてもたくさんの部下がいてもお先真っ暗。
そして今私がいる場所は日本。殺人事件なんて滅多に無くて、平均寿命は八十歳を超える。つまり下手したらあと六十年も独りぼっちが続いちゃう。そんなのって死ぬよりつらいわ。
だから、たとえちょっと苦手な恋のライバル相手でも、つながりを切らないようにがんばらないと。
「ホームセンター? あるけど……何か買うの?」
ぴあのさんが不思議そうに訊き返してくる。
しまった、なんて説明するか全然考えてなかったわ。ただ『ぴあのさんの誘いを断らないように』と『杖の材料をホームセンターで買わないと』だけが頭にあったから……! 当然、魔法の杖の材料を買いに行くなんて言えっこないわ。
「うーん、まあいっか、一緒に行こう! ――って、ちょっと、さっきから私たちだけで話してるけど、聞いてる? トシくーん!」
――と、ぴあのさんは私たちの間の机で爆睡してる馬淵君の耳たぶを引っ張り上げた。
そう。馬淵君は六限どころか五限からずっと爆睡してたの。起こさないでそっとしておいてあげた理由は、多分私もぴあのさんも同じでしょうね。
「ふう、やっぱり潮風って気持ちいいわね」
南側に向かう途中、海が見えてきたから、私は思いっきり伸びをした。
「そんなこと言っていられるのも今のうちだぞ。夏はじめじめしててクソ暑いし、冬は逆にクソ寒い」
馬淵君が肩をすくめる。
「ちょっとトシ君! せっかく六花ちゃんがこの街をほめてくれてるのに」
ぴあのさんが怒った。
「関係ないな。いつも言ってるだろ、俺はこんな田舎、卒業したらオサラバするって」
「馬淵君はこの街が嫌いなの?」
訊きながら、私は前世のことを思い出した。デュラハンが魔王軍に志願した理由もそんな感じだったわね。
記憶がなくて全然別の人生を歩んで、見た目も性格も全く別人で、それでも共通するところがあるなんて……転生って本当に面白いわ!
「当たり前だろ、こんな魚臭い田舎」
「魚臭いって……」
漁港に行けば確かにそうなんだろうけど、街に対する表現としてはなかなか斬新だわ。
「それで、馬淵君はこの街から出てどこに行きたいの?」
「そこまでは決めてねーけど……とにかく、東京は無理にしても、京都か大阪あたりに出てビッグになるんだよ!」
「もー、大阪でビッグになるって、お笑い芸人にでもなるつもり?」
ぴあのさんのツッコミに、私は思わずふき出した。
大阪でビッグになる=お笑い芸人って。確かにそんなイメージだけれど!
「お笑い芸人はさすがに向いてないと思うけれど、でもビッグになりたいなら応援するわ」
なんて言っちゃったのは、本当に応援しているの半分、ぴあのさんと引き離したい半分かもね。あーあ、我ながら嫉妬が見苦しいわ。
「ぴあのさんはやっぱり将来は『エリーゼ』を継ぐのかしら」
私は訊いた。
「うーん、お店は多分お兄ちゃんが継ぐよ。でも、この街も好きだから、トシ君みたいに遠くに引っ越すつもりもないかな」
と、言うぴあのさんはどこか寂しそう。馬淵君と一緒にいたい気持ちと、それぞれに自分の将来を目指したい気持ちがせめぎあっている、そんな感じね。
うう、いつも明るいぴあのさんにそんな顔されると、なんだか罪悪感がわいてくるじゃない。いい子ちゃんって本当にズルイわ。
「具体的な将来の夢は決まってるの?」
とにかく、ここで黙っちゃ空気が悪くなるわよね。私は話題を続けた。
「具体的、までは行かないけど、街の北側に小さなお店を借りて、アクセサリーショップとかやりたいかな……?」
「そういえばぴあのさんは宝石に詳しかったわよね。向いてるんじゃないかしら」
「ホント!? 六花ちゃんありがとう!」
「おいおい、アレがなんだかわかったらもう宝石はオシマイじゃなかったのかよ」
馬淵君が口をはさんだ。アレ、って何かしら?
「そのつもりだったんだけど、やっぱりせっかく勉強したんだし、生かさないともったいないかなって。宝石ってキラキラしてて眺めてると楽しいし」
「はあ、ただの石だろ。女の考えることってわかんねーな」
馬淵君はため息をついた。
「ねえ、六花ちゃんは?」
「へ?」
突然聞かれて私は思わず間抜けな声を出しちゃった。
「六花ちゃんは将来の夢ってあるの?」
「私の将来の夢?」
そう言えば、考えたことなかったわね。
前世でやれるだけのことをやり切ったから、改めて現世で目標とか言われてもピンとこないし。
幸い勉強はできたから進路調査なんかは適当にいわゆる『いいところ』を書いておけばなにも言われることはなかったけど、やっぱり高校二年生にもなって将来のことが全く決まってないってマズイかしら。
パパの様子を見ていると、私が大人になるまで会社が残っている可能性は望み薄だから、後を継ぐわけにもいかないしね……。
「なんだ、もしかして決まってないのか?」
「トシ君だって決まってないようなものでしょー」
茶化す馬淵君にぴあのさんが怒る。
「ところで、ホームセンターの方角はこっちで合っているのかしら? この間ぴあのさんの家に遊びに行った時とずっと同じ道だけれど」
「うん、私の家とトシ君の家の間の通りをさらに行ったところだよ」
なるほど。道のりが同じわけだわ。
「それにしても、六花ちゃん何買うの? 教えてよー」
「えっ、ええと」
またそれ訊いてくるの?
まあ、ぴあのさんならあるいは魔法の杖を作るなんて言ってもバカにしないですんなり信じてくれるのかもしれないけれど……。
「おい、別にいいじゃねーか。誰にだって内緒で買いたいものの一つや二つあるだろ」
馬淵君がぴあのさんに言った。あれ、助けてくれたのかしら?
「そっか、そうだよね。ごめん六花ちゃん」
ぴあのさんは素直に謝る。
「いえ、別にいいのよ」
戸惑う私に、馬淵君がそっと耳打ちした。
「ポチの餌かなんか買うんだろ、わかってるよ」
馬淵君の顔が近くまで来て、私は思わずドキドキしちゃった。顔が赤くなってるの、馬淵君にもぴあのさんにも気づかれなければいいけれど。
それにしても、ポチの餌ね。アルメギドにはペットフードって概念がなくて、家畜には生肉か野菜くずをあげるのが当たり前だったから考えてなかったけど。ちゃんとしたペットフードをあげたほうがポチも喜ぶのかしら? ついでに買っていこうかな。
「ねえ、トシ君。六花ちゃん」
馬淵君のことに、ポチのこと。いろいろ考えていて上の空だった私は、ぴあのさんに声をかけられて我に返った。
「あそこにいるの、ケロちゃんじゃない?」
ぴあのさんが前を見る。ケロちゃんと思しきちいさな人影が、ちょうど『エリーゼ』と『寿司の馬淵』の間の角を曲がるところだった。
「ケロちゃん……って蛙ヶ口のことか? ぴあの、変なあだ名つけてんじゃねーよ」
「ゴメン馬淵君そのあだ名つけたの私」
変なあだ名かしら? つけた経緯はともあれ、かわいいと思うんだけど。ケロちゃん。
「って、そんなことは置いといて、ケロちゃんちって北側なのに、こんな時間にケロちゃんがこんなところにいるなんて変じゃない?」
「えっ、ケロちゃんって北側に住んでるの!?」
三日連続で南側で見かけたから、てっきりこっちに住んでるのだと思っていたわ。
「何か嫌な予感がするな」
馬淵君が言った。こっちでは再会したばっかりだからわからないけれど、前世に関して言えば、デュラハンの勘はよく当たった。ルシファーが裏切られたのもきっと、魔王軍が負ける予感がしたからでしょうね。その生まれ変わりが嫌な予感だなんて言うと、的中しそうで怖いわ。
「ちょっと様子を見ましょう」
私は提案した。
書き溜めていた分が終了したので、次回から不定期更新になります。気長にお待ちください。