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MIMIMI  作者: 小高まあな
7/28

07

「できたできた、できましたよー!」

 と浮かれた峯岸がやってきたのは、数週間後の閉店間際だった。

「何が?」

「オリジナル商品!」

 言われて、ああっとあのときの会話を思い出す。実のところ、美作さんはともかく、面倒くさがりやの峯岸が本当にやるとは思っていなかった。

 浮かれたようすの峯岸だったが、閉店間際でお客様がいらっしゃらなかったとはいえ、営業中の店ではしゃぐ気はなかったらしい。終わったらうちにきてね! と言い残して、弾むような足取りで消えて行った。

 とっととん、と外階段をのぼる足音もリズミカルだ。

 閉店業務を終えて、峯岸の家に向かう。

「おそーい!」

 峯岸がふくれっつらをして言った。

 峯岸の部屋は、お世辞にも綺麗とは言えない。

 何度か来たことがあるが、いつきても自由気ままに散らかっている。お客様がくるから片付ける、といった発想が峯岸にはないらしい。というか、散らかっているという発想がないのかも。

 ワンルームの部屋の中、漂うのはお香の香り。それから少しの絵の具の匂い。

 部屋に置いてある家具は、峯岸が好んで着る洋服と同じ民族調の布で覆われている。それから洋服自身にも。

 部屋の大部分を占めているのがキャンパスだけれども。

 オレンジの布地にゾウの絵柄がかかれたカバーがかかった二人がけのソファーに、美作さんが座っていた。

「おつかれさまです」

 私を見るとそう言って笑った。

「さ、三島も座って座って」

 促されて美作さんと同じソファーに、少し距離をとって座った。

 ソファーの前の小さなテーブルにはカップが二つ。

「三島も珈琲でいい?」

「え、うん、ありがとう」

 キッチンの方に峯岸が向かい、ゆっくりと珈琲の香りがお香の隙間をぬって漂ってくる。コーヒーメーカーを使わず、丁寧にドリップしていれてくれるから峯岸の珈琲は美味しいのだろう。

 そこにこだわるなら、部屋片付けろよ、とも思うけれども。

「はい」

 珈琲をいれた峯岸が戻ってくる。

「ありがとう」

 既にミルクとお砂糖をいれあるそれをありがたく受け取った。

「でねでね!」

 テーブルを挟んだ反対側の床に、スライディングするように滑り込んで座ると、峯岸は浮かれた声をあげる。

「できたの! 見たい? 見たい?」

 子どもか。

 でもまあ、正直私も、

「見たい」

 気になって仕方がない。峯岸と美作さんが作ったというものが。

「うふふ、じゃあ、仕方ないなぁ!」

 浮かれた峯岸はそういうと、背後に隠していたらしい袋を、はい、っと差し出してきた。近所の本屋の紙袋、破れかけ。これしかなかったのか。

「あけてあけて!」

 峯岸が嬉しそうにいい、美作さんも笑って一つ頷いた。

 紙袋をあけ、中のものを取り出す。いつもの美作さんの作品と同じ、コーティングされた折り紙達がいくつか出て来た。

 ただいつもと違うのは、その折り紙が市販の千代紙ではないこと。

「わー、本当に峯岸の絵だ」

 裏返したりしながら確認する。折り紙に描かれているのは、峯岸の描く、謎生物達だった。

「一応ね、折り紙だから和レトロを目指してみたの!」

 和レトロ感は高尚過ぎて、私にはよくわからないけれども。

 ただ、確かに色使いは、いつもの淡いピンクのものだけではなかった。しっかりした赤と黒だったりして、和っぽいといえば和っぽい。

「いいじゃない。可愛い」

 ぱっと見は綺麗な色合いで可愛くて、よく見るとちょっと謎なところが峯岸っぽくていい。

「でしょでしょ!」

 満足そうに峯岸が頷く。

「じゃあ、それで」

 美作さんが少し身を乗り出し、テーブルに置いた折り紙を綺麗に並べ直しながら、

「どれをなにに加工する? 三島さん」

「……え?」

 言われた意味がわからなくて、彼の顔を見る。

「俺がいつも作ってるようなのだったら何でもいいよ。ネックレスにでも、ストラップにでも。ピアスは……、三島さん、あいてないっけ? 裏にブローチピンつければブローチとかもできるけど」

 どうする? と首を傾げられる。どうする、って訊かれても。

「なんで、私?」

 に訊くのだろう。二人で決めればいいのに。

「え」

 私の問いに美作さんが驚いたような顔をして、

「え、これ、三島さんにあげるんだよね? 俺の早とちりだった?」

 慌てたように峯岸に問う。

 峯岸は澄ました顔で珈琲を飲みながら、

「当たり前じゃん」

 何でもないように頷く。

 そして私を見て、笑った。

「試作品だけどさ。三島、試作品でもないともらってくれないしさ」

「……そりゃあ、完成品は商品だし」

「でしょう? だから受け取ってよ」

「だけど」

「感謝のしるしだよ」

 と美作さんが言うから、彼に視線を移す。

「三島さんにはお世話になっているからさ。店長としても大家としても」

「でも」

「んもー! 三島のくせにごちゃごちゃうるさい!」

 でもでもだってな私に痺れを切らしたのか、峯岸が立ち上がって怒鳴った。

「何、どれがいいの!? 素敵過ぎて一つにしぼれないとか思っているなら、全部使ってもいいけど! なににするの! はやく決めて!」

「峯岸さん」

 峯岸の剣幕に、呆れたように美作さんが笑う。

「だって、三島わかってないんだもん」

 峯岸がぷぅっと膨れた。

 何をわかっていないというのか……。

「うん、だから峯岸さんが言いたいのはね、これが出来たのは三島さんのおかげなんだから、っていうこと。ね?」

 美作さんの通訳に、峯岸が力強く頷く。

「そうそう、それ」

 全然違っただろ。

「俺たち二人じゃ、こういう形にすること思いつかなかったからさ。お世話になっているし、功労者だし」

 そこで美作さんは蕩けるような笑顔を浮かべて、

「受け取ってよ、俺たちの気持ち」

 本当に。もらっていいのだろうか。

 本当に、そんなことを思っていてくれたのだろうか。

 峯岸と美作さんの顔と、テーブルの上の折り紙を順番に見比べ、

「え、じゃあ、これ」

 おどおどと、一番峯岸っぽいな、と思ったピンク色の折り紙を指差す。

「を、ネックレスが、いいです」

「うん、任せて」

 私の言葉にすぐに美作さんは頷くと、

「すぐ戻ってくる」

 と、私が指定した折り紙を持って出て行った。

 ぱたん、っとドアが閉まる。

 あとには、やっぱりつんっと澄まし顔で珈琲を飲む峯岸と私が残された。

「あの、峯岸」

「珈琲、冷める」

 冷たく言われて、慌てて珈琲に口を付ける。じゃなくって。

「本当にいいの?」

「しつこい、ウザイ、逆に失礼」

 こっちを見ずに峯岸が答える。

「他に言うことがあるでしょ」

「……ありがとう」

 そこで峯岸はカップを口にあてたまま、上目遣いでこちらを見ると、小さく笑った。

 いつもつんっと澄ましているから、たまに笑うととっても可愛い。

 美作さんは本当にすぐに戻って来た。

「あ、本当にすぐだった」

「ネックレスにするのなんて、穴開けて、丸カンつけて、チェーンつければいいだけだから」

 なんて言いながら、ネックレスになった折り紙を渡してくれる。

 受け取ったそれを、軽く震える手でつけてみた。

 どう? と二人の方を向く。

「うん、いいじゃんいいじゃん」

 峯岸が満足そうにそう言い、美作さんも黙って頷いた。

 胸元で揺れるそれをそっと触る。

「可愛い。ありがとうございます」

 二人に向かって頭を下げた。

 ああ、冷静になって考えてみたら、これってとっても幸せなことじゃないか。ありがたいことだ。

 せっかく作った一番、最初の作品を、私にくれたのだから。

 わざわざ、私に。

 ちょっとだけ泣きそうになったのをごまかすために、残った珈琲に口を付けた。

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