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俺の許嫁が転生者で悪役令嬢らしい  作者: 天川ひつじ
オマケ(バレンタイン)
6/8

チョコレートを前に、俺は笑顔の仮面をつける

【ご注意】寒気する甘さ。糖分好きな方だけにオススメします。

※本編の補足の話ではありません。※その後の小話です。バレンタイン企画。2/16改稿。


リュシアンナには、なぜかカレンダーに沿った勝手なイベントがある。

『俺にチョコレートを贈る日』という良く分からない日も。


「ウラヌス様…!」

学校の廊下で、俺はリュシアンナに呼び止められた。


「あぁ」

振り返ってリュシアンナの姿を目にした瞬間、緊張がゆるむ俺。


「あの、今年も、頑張って作ったんです! チョコレート…受け取ってもらえませんか」

「あぁ…ありがとう」

今日、リュシアンナがチョコレートくれる日だな。


俺はいつもになく弾んだ気持ちで、リュシアンナから小箱を受け取った。

「毎年もらうが、今年は心から嬉しいよ。きみが作ってくれたと思うと…」


ん?

〝キャー、笑顔! 笑顔よっ!!”

〝おい見ろ、ウラヌスの表情筋が動いてる! いや眉じゃないんだ!”

うん?


「…なにかあったのか? 周りがいやに騒がしい…」

女性はやけに色めき立っているし、男どもはどよめいている。

何があった。誰か来たか?


俺は周りを見回した。だが何も発見できない。疑問に眉をひそめそうになったが、リュシアンナの前だと気づいて堪える。

目の前にいるリュシアンナはクスクス笑った。

「きっと気のせいです。…あ、ねぇ、ウラヌス様。もしお時間がありましたら、今から庭園に一緒に行っていただけませんか?」

「あぁ。丁度この後、授業1枠分空いている。ぜひとも」


〝キャー!!”

〝わらったー!? ウラヌスー!!! えがお出たー!!”

またも、周囲が半分湧きあがり、半分はどよっとした。

なんだ?

あと微妙に何かイラっと来たんだが。


まぁ良い、時間が勿体ない。

庭園へ向かうため、俺はリュシアンナに手を差し出した。


***


庭園は、希望すればテーブルやイスを設置し、軽食なども用意して貰える。


俺とリュシアンナは賑やかなところを少し避け、静かなところにテーブルとイスを頼み、紅茶も手配した。

それから、デザート用の空の皿も一つ。

なお、リュシアンナは、紅茶だけ楽しむつもりらしい。


セッティングが終わって、俺は用意して貰った空の皿に、リュシアンナからのチョコレートを置いた。

今年の本日のチョコレート。


目を細めてチョコレートを眺める俺。

「ふふ」と、リュシアンナが幸せそうに笑った。


チョコレートは、これはリュシアンナが作ったな、と、分かる形状をしていた。

つまり、期待を裏切らない安定の『中の上』っぷり。

普通、俺たちが目にするものは『極上』ばかりなので、これはリュシアンナの手作りだ、と分かる。


皿の上のチョコレートを前に、俺は本心からの礼を告げた。

「リュシアンナ、改めてありがとう。きみが作ってくれたことが何より嬉しい。本当だ」

「良かった」

リュシアンナは、俺を見つめて、嬉しそうに笑んだ。

「どうぞ。召し上がって、ウラヌス。お口に合うと良いのだけれど」


俺はもう一度告げた。

「ありがとう。去年など比べ物にならない。心から嬉しいよ」

「ふふ。ありがとう。そう言って貰えて嬉しい。さ、どうぞお召し上がりになって。お茶も冷めてしまいますわよ?」

とリュシアンナ。


俺は笑みをリュシアンナに向ける。

ここからが勝負だ。慎重に行け、俺!


俺は贈り物であるチョコレートをつまみあげた。形状もしっかり眺めてから、口に入れる。


咀嚼そしゃくしながら記憶を辿る。


俺は、歴代のリュシアンナのチョコレートについてきちんと覚えている。

色、形状。俺の感情など。

特に意識して覚えておこうと思ったわけでは無い。基本的に、俺は人と比べて物覚えが随分良いらしい。


思い出す。


『これ、あの、チョコレートです。ウチの料理長に作ってもらったの…』

まだ幼いリュシアンナが、どこか恥ずかしそうにしながら、俺にとても手の込んだチョコレートを一粒くれた。

リシュアンナの料理長の腕は超一流。子どもながらに感動するほど旨かった。


翌年のチョコレート日。

『あの、これ、私が上のナッツを載せたんです』

照れつつ恥ずかしそうにしながら、俺にチョコレートをくれた幼い日のリュシアンナ。

可愛かった。


さらに翌年。

『あの、この花の部分、私が描いたんです』

と褒めてほしそうにチラチラ俺を見ながら、俺にくれるチョコレート。


さらに翌年。

『今年は材料のかき混ぜもさせてもらったんです!』

得意そうに照れたように報告しながら、俺にくれるチョコレート。



今年は、結構色々頑張ったな、リュシアンナ。


目の前、リュシアンナが俺に向けて身を乗り出し、期待した大きな目で見つめている。

俺が食し終わったので、嬉しそうに尋ねてくるリュシアンナ。

美味おいしい?」


リュシアンナ。


俺は少し紅茶を口に含んだうえで、優雅にニコリと笑顔を見せた。


きみの工程が増えるほど、チョコレートの格が下がっていくんだ。



***


そう。決して口に出せない残念な事実がある。

彼女が手をかけるほど、味が『中の上』へ向けて落ちていくのだ。

味のみで判断するなら、幼少時の一番初めにもらったのが一番美味い。料理人の手しか入っていない、紛れもない極上の品だからだ。


しかし『美味しい?』と毎年尋ねてくるリュシアンナ。

毎年、俺はいつもテキトーに外面そとづら用の仮面をかぶり、「あぁ」と笑顔で答えてきた。

そんな俺の仮面を毎年リュシアンナは見破り、悔しそうに俯いてきた。

本当にすまない、申し訳ない。過去の俺を全員ずらりと並ばせ、それぞれ過去のきみに謝らせたいぐらいだ。


今年の俺はそんな思いをリュシアンナにさせたくない。

彼女がせっかく俺に手間をかけて作ってくれたのに!!

だから今年の俺は本気で外面仮面を被ってみせよう。決して外面仮面と悟らせまい。


ただ。問題が発生したんだ、リュシアンナ。

今年は去年より、随分と手間かけてくれたんだな。

かけられた手間を思って俺は本気で嬉しい。超嬉しい。リュシアンナ、ありがとう!


ただな。手間のグレードアップに伴い、味が確実にグレードダウンだ。


俺は今問題に直面している。

『去年と同じに美味しいよ』でいけると思ってたのに! 使えねぇ!

去年が味の最下層『中の上』と思ったのに、クソ、まだ落ちる余地があったとは!


いやまだ望みはある。

リュシアンナに、俺が『本音は隠して返答している』とバレなければいいだけの話。

外面仮面を完璧に被りきればいい!!


というかな、もう味についてコメントを求めないでくれないかなぁ。

味では無くてな、どれぐらい嬉しいかって質問に変えてくれないかなぁ。

まぁ無いな、今も、嬉しい事は重ねて伝えたけどさ、食べた直後に「美味しい?」って来たもんな。

選りすぐりの1粒を俺にくれるようだから、どうしても聞いてしまうんだろうか。

あぁ、今年ので味の底だと思うんだが、来年さらに味が落ちたらどうしよう。


いかん、現実に戻ろう。

リュシアンナが俺に『美味しい?』って聞いてきたぞ! さぁ本気で行け、俺!


俺は、紳士の優しさを漂わせて、

「あぁ、美味しい」

と笑顔で返事した。


リュシアンナは俺の頬をつつくマネをして、俺の頬に勢い良く指を突き入れた。

「うふふ、ウ ソ ツ キ っ ☆」

爪が痛いぞ、オイ。


いや、押し切れ、俺!

「本当に、美味しいよ。ありがとう、リュシアンナ」

「もう。ウラヌス? 良いのよ、苦しまなくて。どうぞ正直にお話しになって?」

俺が被った外面仮面に対抗して、リュシアンナも、外面仮面を被って美しくにこやかに微笑んだ。


…やはり、すぐバレたか…。


幼いころからの付き合いなので、互いのつらが仮面かどうかなど、すぐバレる。

リュシアンナが相手じゃなかったら、通じるんだろうがな…。


正直に感想を言うか?


いや、無いな。せっかく作ってくれたのに、俺が笑顔で礼を言えない方が悪い。もっと外面仮面を被る技術を高めるべきだった。


結論付けた俺と、リュシアンナは、お互い、外面仮面を被った状態で、フフフ、ホホホ、と笑みを浮かべた顔を見合わせた。



そうしてしばらく見つめあった後。リュシアンナは、ホゥと小さな息を吐いて、雰囲気を変え、柔らかに微笑んだ。

「ウラヌス様、ありがとうございます」

彼女がニコリと笑う。

「喜んでいただけて嬉しいです」


リュシアンナは外面仮面をつけたままだった。

内心で彼女がこっそり落ち込んでいるのが、俺には分かった。


俺の頬に食い込んでいたリュシアンナの指先が離れる。

落ち込ませてしまった俺は慌てた。離れていく指先をとっさに掴み、口づけ、とっさに一舐め。


「・・・ごちそうさま」

真顔で反射的に言っていた俺。


リュシアンナが目を見開いて、それから頬どころか顔全体をカァっと赤くさせた。

その様子に、俺もハッと正気を取り戻す。


しまった…! とっさに本能のまま動いてしまった!


***


互いに真っ赤になって黙り込む。


やってしまった俺は口元を手で覆って

「すまない、」

と言いかけたが、そこから言葉が出てこない。


あぁもう最悪、俺。ついうっかりとっさに。

マナー的に許されるならテーブルの上に突っ伏したい。


リュシアンナも、舐められた指先をもう片方の手で持ちながら、真っ赤になって俯いたままだ。

「いえ…」と小さく返答してくる。


再び、沈黙。

何か言わなければと思ったが、自分の行動に自分で動揺して、うまい言葉が全くでない。


ついにリュシアンナの方が、沈黙を破るきっかけを見つけた。

「…あ、…あの、えっと… あの、紅茶…いただきましょうか…冷めますし…」

「…あ、あぁそうだな」

提案にしたがい、冷静さを装うためにも、俺は紅茶に手を伸ばした。

が、カップを持ち上げ口に近づけたところで、ふと気づいて手を止めた。


「…ウラヌス様?」

俺の動きがおかしなところで止まった事に気づき、リュシアンナが不思議そうに見る。


俺はカップに口をつけることなく、彼女に微笑んで言った。

「紅茶で流すのが惜しいぐらいに、美味しかったよ」

「え…?」

「チョコレート」


リュシアンナは目を瞬かせて、少し不思議そうにした。

笑ってリュシアンナを見る俺の表情を見て、彼女は嬉しそうに笑った。

「…本当に? 本当ですのね? 嬉しい、良かったです」


「俺はもう少し紅茶は飲まないでおくよ」

カップに口づけることなくソーサーに戻す俺を見て、本音だと分かった彼女は少しはしゃいだ。

「まぁ、ふふふ。良かった、やっとお口に合ったんですね、頑張って作ったんです。嬉しい、」

彼女が笑う。

俺も笑う。


リュシアンナ。

気づいているか?

今、俺の唇に舌先に。残っているのは、きみの指先だって事。


きみを前に、俺は笑顔の仮面をつける。

決定。この日はきみをチョコレートと命名。


きみのチョコレートについて話をするフリで、本当はきみへの言葉を口にする。

とても好きだと口にする。


***


こんなに急激に惚れるなんて思ってもなかった。

自分で変わりっぷりを持て余す。

こんな俺が受け止めてもらえるのかと気になりだす。


失望されたくない、離れていかれたくない。

俺は変わってしまったのに、きみにはずっと傍にいてほしい。


変わりない冷静さを装いたい。強くなる欲を隠していたい。


それでも徐々に知って欲しいと願ってしまう。

少しずつ慣れてと願うから時間稼ぎを許してほしい。


きみを前に、俺は穏やかな笑顔の仮面をつける。


いつか外れても、どうか変わらず傍にいてほしい。


END

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