第五話 俺たちどうしようもないな
あの日以来。俺たちの様子はかえって雑になったかもしれない。言いたい事をますます口にするようになったからだ。
「もぅ! 上品王子なのに! どうしてあなたはそんなに腹黒陰険なのウラヌス!」
リュシアンナはまるでネタのように、時折意味不明な発言をする。
一方で、俺の名前を呼び捨てにする頻度が増えてきた。
「それは前世云々の発言か?」
やや呆れたように尋ねる俺に、
「え、えぇ・・・あの・・・そうよ」
リュシアンナが少し言葉を詰まらせ、気まずそうに目を泳がせた。
俺は呆れつつもニヤリと笑う。
「悪徳令嬢だったか。キミが」
「悪徳じゃなくて、悪役よ。あなたを取られまいとして、主人公…ピューリさんを、苛め抜くのよ!」
リュシアンナは、最後に偉そうにふんぞり返った。なぜだ。
「頭がいよいよおかしいと思われるぞ、くれぐれも俺の前以外でそういう発言するなよ…」
病院に運ばれて会えなくなったらどうする。俺は嫌だ。
俺が冷静に言うので、彼女は憤慨した。
「言わないし言ってないわよ! あなた以外に誰に言えっていうの! 言う必要も無いじゃないの!」
「そうなのか」
「そうよ! もう、どうしてウラヌス様のくせに! 口が悪いのよ!」
また意味不明な根拠を持ち出した発言をする。
前世の話をリュシアンナは主張する。
それが本当の話なのか虚言なのかは、正直今の俺にはあまり関心が無い。
ただ知っているのは、それをネタにキミに反撃すると面白いということ。
俺は馬鹿にしたような態度を取りつつ、サラリと言う。
「言っておくが、キミが言う『口悪さ』は家族とキミの前だけだからな」
そう言ってやると、彼女は一瞬虚を突かれたように動きをとめて、
「あ、え、うん、そうよね」
と、妙にコクコク頷いた後、両頬に手を当ててうっすら赤くなっていく。
その顔色の変化をしっかり見て内心満足に頷く俺。
このあたりが性格が悪いと彼女に言われるゆえんだろうか。
***
ある日。
「あ、あの、あのね」
とリュシアンナが、どこか意を決したように俺に言った。
「なんだ」
見ると、リュシアンナが、また悲壮感を背中にしょっていた。なぜまた持ち出してきた。まぁ前より小さいが。
俺は眉をひそめそうになったのに気づき、堪える。
俺は、会話の途中、よく眉をひそめているらしい。
リュシアンナ曰く、周囲の温度が五度ほど下がるらしい。そんなわけがあるか。
そもそも俺に眉をひそめさせる言動をする方に非があるだろうが。
しかし『酷いわよ、冷たすぎる、止めて!』とリュシアンナが泣いて訴えてきた事があったため、以来、気を付けている。
しかし、眉をひそめるのを堪えるのは俺にとって結構難しいのだが…。
まぁそれは良い。リュシアンナはどうしたんだ。
リュシアンナは怖々と、尋ねてきた。
「あの…本当に、私で良いのね? ピューリさんじゃなくて…?」
なんでそんなに自信が無いかな。俺が悪いのか。
まぁ、確かに、申し訳ない、最近まで、ここまで可愛く思っていなかった。それは事実だ。
俺がそんな状態だったことを、リュシアンナは分かっていたのだろう、と、思う。
俺はため息をついて、言った。
「まぁ、ピューリ嬢は無い」
「えっ、そ、そうなの?」
「無い。俺には天使過ぎる」
俺が腹の内の言葉をいう事ができないという意味で。性悪の俺には彼女の言動が理解できないという意味で。
「・・・は?」
リュシアンナの顔が険しく歪む。
『アンタなに馬鹿な事言っちゃってんの?』みたいな顔をしている。実際そう思ってるに違いない、リュシアンナめ。
俺はリュシアンナの片手を取った。
「俺は腹黒陰険だから、悪役令嬢こそが相応しいさ」
手の甲にキスを落とす。
リュシアンナがいきなり感動して泣き始めた。
ちょっと動揺させてやろうと思ってたぐらいだったのに。
ボロボロ泣きだされて俺の方が動揺する。なぜだ。
あぁ、待ってくれ、そんなに泣かないでくれ。
ただでさえ自分の心変わりっぷりが手に負えないというのに、さらに一体どうしてくれるんだ。
まさかこんな日がくるなんて。
慌てて真面目に愛をささやく。
そのうち、リュシアンナは泣きながら嬉しそうに笑った。
ほっとする。
俺はどうやら、愛がよく分かっていないくせにペラペラ愛を囁く性悪だったらしい。
これで笑顔が見れるなら、言葉なんていくらでも、なんて思ってしまう。
自分はきっとどこかおかしくなってしまったに違いない。
でもまぁ、別に構わない。
幸せそうに笑ってくれるのが見れるのだから。
***
さて。
俺たちは婚約継続中だ。破棄する理由は無い。
リュシアンナの悪評は、俺が思いつく限りの手法で消し潰しているところ。
そもそもなぜ悪評が立ちまくったかと言うと、彼女が噂を取り消さずに放置したからだ。
いやそれなりに友人たちには支えてもらっていたようだが、周囲の悪評の立ち上り方が異常で手におえなかったらしい。このため、腹をくくり、放置。
そこにキミの精神的な強さを発揮してどうする、と俺は眉根を揉みそうになった。
普通、対策は、真実または別の噂を積極的に流す事。けれど、それは結果的に別の誰かの悪評を広める行為に繋がる。それを彼女は嫌った。それもあって、放置。
率先してそういう手段を用いそうにキツイ顔立ちなのに。貴族らしくなく、かつ貴族らしい。彼女は損な性格をしていると思う。
だがこのままでは実家から婚約反対される。俺が困る。
このため、俺は俺のために一生懸命に動いている。それに乗じて彼女もやっと積極的に打ち消し始めた。
もっと早くやっておけよ頼むよリュシアンナ様! 俺に理解できないところで大らかだな本当に!
「だって本当にあまりにも現実から離れてて…なんというか。私はやってないって事実は変わらないし、親しい人はそうと知ってくれているもの。…それに私は、あなたの事に必死で…」
最後の言葉にわずかに動揺してしまう。
いや待て冷静になれ、俺。
「…もう少し外聞を気にして欲しい、頼むよ。誤解されたままも嫌だろう?」と、とりあえず注意。
さて、真実が広まるに従い、『悪評を立て広めた誰か』の立場が悪くなる事は、俺は自業自得だと思っている。
リュシアンナが実際にした事は、彼女が俺の婚約者だと何度も正面切ってピューリ嬢に強く訴えた、というものだった。
リュシアンナは発言には気をつかった。
ピューリ嬢を庶民だなどと罵りもしないし、ましてや嘘の呼び出しなどでピューリ嬢に迷惑をかけるなどしない。彼女の持ち物を汚したり破壊など一切しない。
まことしやかに広まる悪評の大部分は無責任な第三者の想像による創作で、かつリュシアンナではない誰かの行為まで彼女のせいにされていた。
…そんな状態のものを放置しないでくれよ!
手に負えないと諦めるなよ!
まぁ俺も彼女を放置していたのだから俺にも問題があった。
なお、あの中庭で、ピューリ嬢に手をあげた事は真実だが。
あまりに我慢がならなくてとリュシアンナは俯いて悔しそうに俺に言った。しかしピューリ嬢が何を言ったかは俺の様子をじっと伺うだけで話さない。どうして俺を推し量るような顔をする。
後で他から聞いて知ったが『私が誰と仲良くしようと自由です』と言うような事をピューリ嬢は言ったらしい。
別に良いじゃないかそんな発言。そんなに激昂しなくとも…。
それにキツイ顔立ちのリュシアンナに正面切って対峙されたら普通女性は怯むだろうに、ピューリ嬢も偉いよな。
と、密かに俺はピューリ嬢にも同情したが、俺がそれを口に出してはいけない。リュシアンナに絶対泣かれて分かってないとか言われて怒られる。
まぁとにかく、リュシアンナの行動は噂されて当然だろうと思う部分がある。しかし勝手な推察で膨らんだ部分や濡れ衣など、言われないものは消さなくては。
ちなみにリュシアンナは憤慨している。
正々堂々とリシュアンナに問い詰めれば噂をハッキリと否定し真実を言えるのにと。
しかし誰もそんな行動はしない。コソコソと、聞こえるような遠くで勝手に膨らんだ噂が広まる。
リュシアンナ。
本人に直接確かめる事ができるのは、相当、正々堂々とした強者のみだと思うぞ。
たいていの人はそこまで強くもなく、うわさに責任感もない。
そう俺が言うとキミは不満げな顔をするけれど、ピューリ嬢に何度も正面きって話にいくキミみたいな度胸を持っている人は相当稀だ。
きちんと相手に対峙する事ができる。信念を持つ強い人。
馬鹿だなとも思うけれど。そういう強さは、きっと真似してできるものじゃない。
キミはさすが、『悪役令嬢』なんだろう。前世の話が本当かどうかは置いておいて。
そんなキミが許嫁で、結構俺は幸せに自慢にも思ってる。
馬鹿なとこは心配だけどさ。
***
ところで、ピューリ嬢についてだが、実はあまり関心はない。
ただ、上位貴族で親しい連中…ハイデアントも含む…がピューリ嬢を争っている事が、気にかかっている。
他家のことながら心配だ。彼らにもそれぞれ、幼少時からの婚約者がいる。すでに婚約者との修羅場を迎えている者もいると聞く。家や婚約者側の家をも巻き込んだ泥沼状態。
大丈夫か…お前ら…。
好きになった人と共にいたいと思うのは当たり前だと、俺は学んだ。
だから、ハイデアントたちを心配に思うが、どうなるのが良いのか俺には全く分からない。何が良いアドバイスかも。そもそも、他人に口を出す権利などない。
分かっているのは、俺だけ蚊帳の外にいるという事。
良いんだろうか…。いや全然良いんだが…。
時折、我が事のように心配になる。
ひょっとすると俺もあいつらと同じになっていたかもしれない、と、たまに思うのだ。
俺も幼少時から許嫁がいる身。
リュシアンナをこれほど恋しいと思うよりも前に、他の誰かを好きになっていたら。
俺も彼らと同じ状況になっていたかもしれない。
ただ、そう思った時にはゾっとする。
夜会の時の、リュシアンナのボロボロの泣き顔が脳裏に浮かんで、気分が辛く苦くなる。
ハイデアントたちの事を心配してボソっと口に出した俺に、リュシアンナは
「ウラヌス様は、トラウマ発生イベントはちゃんと潰してあります」
とか謎な事をしたり顔で言った。
「付け込まれる隙は無いはず!」とか。
一体何を言っている。
詳しく聞いてみようと思ったら、リュシアンナの熱い語りの『俺の幼少時のトラウマイベント』なる内容に尋常でなくイライラが募り、話の途中で打ち切らせた。
全てを語れなかったリュシアンナは不満げに俺を睨んだ。知るか!
「私はウラヌス様をトラウマから救ったのです。称えても良いのですよ!」
とか演技じみた態度で、リュシアンナは超偉そうに上から目線で言ってきやがった。イラっとする。
言っている意味が全く分からないな。
なにやら俺の幼少時から俺への善行をリュシアンナがしていたと主張してくる。
「頑張りました、褒めてくださいな」などど、今度は急に可愛くはにかんでこられても。
思わず『わかった、ありがとう』と言いかけそうになった自分が恐ろしい。流されるな俺!
いくら俺でも扱いに困る。眉をひそめそうになる、いかん耐えろ!
「でも…それでウラヌス様は性格がこんな風に…。俺様だし口は悪いし…。あれは挫折があってこその上品王子でした…」
最後に微妙に残念そうに呟きやがった。
「残念だったなこんな俺で!」
内心結構ダメージを受けているのをきみは知っているのか。
あれってなんだ、上品王子ってなんだ。
きみがいないところで凹んでいる時だってあるんだからな!
そんな俺に気づいて、リュシアンナは目を細めて笑った。
「ウラヌス様。腹黒陰険も含めて大好きです。ずっと。あなただけを見てきました。拗ねないでください」
じゃあ上品王子とか口にしないでくれないか。しかも素直に喜べない、その発言。
「全部全部大好きです」
自分の顔が赤く染まるのが分かった。
きみには負ける。勝てないよな。
しかしこのままでは悔しい。勝ちたい。
俺は少し自分を落ち着かせた上で、じっとリュシアンナを見つめ、ペラペラ普段言わないような愛の言葉を語ってみた。
すると、俺の笑顔に作為的なものがあるのは分かるだろうに、リュシアンナが真っ赤になって黙った。嬉しそうに俯いた。
あぁ、マズイ。可愛い。
作戦だったはずなのに、いつの間にか真剣に口説きだしている俺。
なんか俺たちどうしようもないような。
まぁ良いよな。
***
来月に迫ったリュシアンナの誕生日。
幼少時からの付き合いで、彼女が何を好んで何を欲しがってるかを知るのも容易。
贈り物は、もう決めた。
花束と。
俺の生まれた星を表す石をつけたイアリングを。
卒業したら、ぜひ一緒に暮らしてほしい。
どうか俺みたいなのと一緒にいてほしい。
それにあなたと一緒にやっていけるのも俺ぐらいだと思わないか。
将来を誓ってあなたに贈る。
どうか今年の贈り物も、あなたの希望に合いますように。
END