第三話 アイツは本当に…俺も俺だが
リュシアンナがまた派手にやらかしているらしい…。
俺はさすがに眉根を揉んだ。
本当に大丈夫か、アイツ…。
ピューリ嬢に向かって宣戦布告したらしい。いや、随分前からしていたとか。
噂は多岐にわたっていて真実は掴めない。
リュシアンナ、お前はピューリ嬢には勝てない。幼少時より家庭教師フルにつけまくって、それでやっと確保の『中の上』の成績だろう…。「チートずるい」とかよく昔から泣いてたし…。
そういえば昔から時折、意味の分からない単語をブツブツ言ってたな。
前にカミングアウトした『前世が』とかが最近のリュシアンナの行動に影響しているんだろうか。
俺は詳しく聞いてやった方が良いんだろうか。
とにかく色々、許嫁云々以前に、同じ上位貴族の立場からみても、彼女の悪評のたちっぷりは心配になる。
婚約を解消した方が良いのじゃないか、と、両親から連絡と俺の意思確認が来ている。
実家にまでリュシアンナの悪評が届いているらしい。
困った。
***
偶然だ。
放課後、執行委員が集まる教室に向かう途中、
「あなた一体、何様なの!」
と、馴染みある高い声がして、パァン、と、高い音がした。
俺はヒヤっとして、目を向ける。リュシアンナだ。
中庭の中央、リュシアンナがピューリ嬢の頬を叩いた直後の光景、が目に飛び込んできた。
何してる!? こんな目立つところで!
「リュシアンナ!」
焦って俺がその場に行く。
俺以外の注目も集まっている。中庭なので、校舎からも見える。
本当に何考えてる、一体どうしたってんだ!
状況に俺の頭も混乱気味。
2人の傍に駆け付けた俺に、ウワァっと、ピューリ嬢が涙を浮かべて俺に抱き付いてきた。
抱き付かれたので反射的に受け止める。
「わ、私が悪いんです」
とかピューリ嬢が泣いてる。
ちょとまって、俺、リュシアンナに話を聞きたい、この人誰か預かってくれないか!
と思ったが俺以外に飛び出してくる人がいない。
なぜだ!
俺は周りを見回して、剣技の達人ハイデアントが近くにいるのを見つけた。ヤツも驚いて俺たちを見ているので、「ハイデアント!」と声をかけて呼ぶ。
ハイデアントもやってきた。
ハイデアントは泣いているピューリ嬢を気遣っている。
あれ? なんか3対1だな。マズイな。
俺は顔をしかめて、一人立っているリュシアンナを見つめた。
「リュシアンナ」
俺がかけた声に、リュシアンナは、引きつったような声を上げた。
「な、なによ! なによ、私が、何したって、言うのよ! ずっと、ずっと私は… この、…この…泥棒猫!」
泥棒猫なんて言葉をリュシアンナが言ったことに驚く。
リュシアンナが顔を真っ赤にしている。まずい、泣くのを堪えてる。それ以上言うな、お前、大勢の前で泣くの嫌いなくせに。
「もう黙れ」
と、俺はそんな事を言っていた。
リュシアンナが目を見開く。プルプルプルプル震える。
マズイ。
「すまない、リュシアンナ」
俺は自分の非を悟った。今の俺の言い方は悪かった。『黙れ』っていう言い方はキツかった。ごめん、すまない。
「ウ、ウラヌス様・・・! ウラヌス・・・・! ひどい、ひど…なに、何よぅ、う・・・っ」
リュシアンナがボロっと大粒の涙をこぼした。
俺は動揺してしまった。
リュシアンナは、とっさに出てきた友人二人に庇われた。
あれ、あんたたち今までどこにいた…。なんでずっとリュシアンナ一人で放置してた…。
リュシアンナは、友人二人に庇われて、一緒にこの場をひいて行った。
残されたのは、ポロポロ泣いているピューリ嬢と、それをなぐさめるハイデアント。それからいつの間にか増えていたウェイスにジャン、ミカイル・・・と。顔見知りの上位貴族の男たちが。
茫然とリュシアンナを見送るのは、俺。
***
あー・・・・。
とか思ってる間に、試験が終わって発表も終わって、夜会がきた。
あー・・・・。
はぁ。
試験順位は落としていないけれど、何か普段に無く精神的にキツイ。
***
「リュシアンナはどこだ…」
俺はボソっと呟いた。
リュシアンナ。
お前、俺に夜会のパートナー頼んだだろうが。エスコート頼んだだろうが。どこにいる。
小一時間探してるぞ、なんの嫌がらせだ、そうか、罰ゲームだな。
「あの、ウラヌスさん…?」
「え?」
呼ばれて振り返ると、ピューリ嬢が前にいた。
化粧してドレスアップして、そりゃもう可愛い、と、思う。
なんでだろう、周りの空気が光って見えるね。
俺はなんだか残念に思った。
あいつにこの空気があればなぁ・・・。
「・・・ウラヌスさん、お一人ですか・・・?」
「え、いや」
と言いかけるが、実は俺、リュシアンナに嫌がらせされてて、結局はあいつ夜会出てないんじゃないんだろうか、とか思い至った。小一時間探してどこにも居ねぇし。というか泣かせたわけだし、あの時も。
「・・・実質、一人みたいなもの、かな」
なんか自嘲気味に言ってしまった。恰好悪い。
ピューリ嬢はちょっと困ったように俺を見上げていた。
この人、なんだろうな、と、俺は思った。
はぐれたのか?
「ハイデアントは?」
と俺は苦笑して尋ねた。
ハイデアントがピューリ嬢を想っているのは知っている。
それどころか、ウェイスやジャン、ミカイルといった他の面々も、このピューリ嬢に惚れていると知っている。
皆で恋のライバル状態だ。お前ら一体どうしたんだ。青春か。なんか羨ましいような気もするが。
「・・・ハイデアントさん、ですか? えっと」
とピューリ嬢は困惑したように首を傾げた。
おや?
ハイデアントはピューリ嬢を意識して夜会を楽しみにしていた。ピューリ嬢はハイデアントに夜会のパートナーを頼んだのだと思っていたんだが。
違うのか? まさかな。
先日ピューリ嬢に誘いを受けた時、先のリュシアンナが気になって俺はピューリ嬢の誘いを断っている。
「・・・あなたは一人で夜会に?」
「・・・えぇ、はい」
ちょっと恥ずかしそうに悲しそうに、ピューリ嬢が俯いた。
うっ。
と、俺は思った。
ヤバイ、ぐらっと来た。可愛さハンパ無い。
「ウラヌスさん、あの、もし、あの宜しければ、一緒に、いていただけませんか…」
ちょっと潤んだ目で、ピューリ嬢が見上げてきた。
またグラっと来てしまう。
参ったな、と、俺は思った。自分に笑みさえでる。
ピューリ嬢、参ったな、俺は、あなたが、何を考えてるのか、全然分からない。
あなたはハイデアントと、とても仲良さそうにしている。なのにハイデアントは誘っていないのか。声をかけたらハイデアントは絶対あなたのパートナーになる。
それなのに、誰もいない、一人で寂しいって、あなたは今俺に声かける。
俺は、こうやって、顔を見たって、目を見たって、あなたが何考えてるか、さっぱり理解できない。
アイツなら、分かるのに。
「中央会場に行けば、誰かきっといますよ」
と俺は言った。
「申し訳ない、俺は人と約束をしているので」
「えっ、あの…あの、ウラヌスさん、私……!」
俺は上位貴族の礼をとってみせて、ピューリ嬢の傍から離れた。
***
あー、本当、リュシアンナはどこに行った。




