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青い球体からの有権者  作者: 本宮傑
有権者
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急転

 入学式は1時間もかからず終わってしまった。

 司崎校の今年の入学生は1000人近い、講堂に入って500人だったので2回に分けるためにも時間は短めにしているのだ。

 意味のない話を聞くのはごめんなので有難かったが。

 講堂を出ようと椅子から立ち上がろうとしたとこで深鈴に話しかけられる。


「お待たせ一月君。一緒のクラスになれたらいいわね、行きましょ?」

 別に待ってもいなかったのだが深鈴は早かった。

 横をすれ違う人は例外なく深鈴に目を奪われる。

 新入生総代を務めたせいもあるだろう。


「ん? 俺と深鈴は行動を共にすることになっていたのか?」

 ただの話し相手だと認識していた一月は疑問を投げかける。

「ひどい! こんなかよわい女の子を一人で放っておくつもりだったの!?」

 なんともわざとらしい挙動で自分の肩を抱く深鈴。すこし大きい声に周りの視線をさらに集めてしまう。


「何々、あの深鈴さんがなんか揉めてる」

「おいおい深鈴さんと男が喧嘩してるぜ? あの男なんなんだ」

 ざわざわと聞きたくもない声が耳に入ってくる。

 一月は出てしまいそうな溜息を飲み込んで言った。

「軽い冗談なのはわかってるがもうちょっと周りの目を気にしような」

 視線から逃れるように深鈴の手を引っ張って講堂を出た。

 その時一月は見ていなかった、深鈴の顔が軽く朱に染まっていたのを。



 司崎校の無料配布された専用端末スマートフォンのようなものにクラス分けの詳細が乗っているのだがせっかくだから趣を重視して掲示されている物を見ようという話になる。

 講堂を出て中庭にある掲示板に足を運んだところで深鈴が言う。


「うわー、すっごい人。確か今年の入学生って1000人近いんだっけ? いくら異能科高校が少なくて人口集中してるって言ってもすごいわよね」

 掲示板の前に群がる人を眺めて感嘆の声を上げる。

「まあ他の高校全部が全部こうじゃない。生徒の身で言うのもなんだが司崎校は有名で何より国立だからな。当然敷地も桁違いで金も持っている。この規模になってもおかしくないさ」

「まあそうよね、改めて目にするとうんざりするというか、人多すぎて」

 やだやだと言いながら首を振りながら肩をすくめる深鈴。

「この中で関わり合いになる奴なんてごく少数だろうな」

「そーよねー、話変わっちゃうけど一月君といるとナンパ男が寄ってこないから助かるわ。ありがとうね」

 言いながら近くにあったベンチに腰掛ける。

 深鈴のスカートは短く下着が露になりそうなのを道行く男達は目ざとく観察していた。


「なんだよいきなり、らしくないぞ? まあ俺には負担かかってないから気にするな」

 一月もその隣に腰を下ろす。

「ちょっと、それどういう意味かしら? ふふっまあ軽い冗談を交わせる人って貴重だと思うわ。一月君はちょっと理屈っぽいけど」

 深鈴のジトっとした視線を受けても一月のすました顔は崩れない。

 さらっと受け流す構えだ。


「そうだな、そういう人物が何人かいると学校生活も充実するだろうな、理屈っぽいというのは初耳だが」

「そういうこと、じゃあ私が言ってあげる。一月君は理屈屋さん」

 深鈴は顔を近づけてニヤリとした表情で嫌味たらしく言ってくる。

「そうか、理屈が通ってるならいいことだ」

 これにも一月はまともに取り合わない。

 深鈴はぷぅっと頬を膨らませる。

「ね、私と一月君はもう友達だよね?」

 とたんに語調がおとなしくなりしんみりとする深鈴。

「まあ、そう思ってくれてかまわない」

「もー。もうちょっと言い方ってものがあるでしょう? まあいいけど!」

 一月も少し見惚れてしまう笑顔だった。美人、可愛いなどには椿や妹達で慣れていると自負していたのだが。


「にしても人だかりはなくならんな」

 人ごみを見ながら息を吐く。

「そうねーもうちょっとかかりそう。私お手洗い行ってくるわね、ここで待っててね? 一月君」

「わかってる、安心して行ってこい」

 はーいと言いながら人ごみを掻き分けていく深鈴が見えなくなると一月は再び椿に電話を掛けた。


「もしもし、一月さん? ふふっ今日は電話が多いわね」

 待ってましたといわんばかりの楽しそうな口調だった。

「申し訳ありません」

「いいのよ、で? 用件を聞きましょう」

「砂上深鈴を知っておられますか?」

「砂上家の娘ね、その子がどうしたのかしら」

 椿は情報屋でもある。それくらいのことは当然だと暗に言われている気分だった。


「入学式で私に不自然な接触をしてきたので。私の記憶が正しければ砂上深鈴は政府の……」

「そうね、政府の諜報機関のエリートと言ったとこかしら、勿論父親の区軍とも繋がっているわ」

「早速マークされたという所ですかね、私が孤児院に収容されそうになった時に写真だけを取られた、という認識であってますでしょうか」

「私が一月さんを回収させに手配した人物はそう言ってたわね。一月さんが6歳の時の顔写真だけで嗅ぎ付けられたということになるわ」

「なるほど、なかなか政府も優秀ではないですか。わかりました、ぼろを出す根競べといったとこですね」

 口元に少し獰猛な笑みを浮かべる。

「ふふふっ一月さん楽しそうね。私も若い頃を思い出しちゃうわ」

「何を言いますか、椿さんはまだまだお若いですよ」

「そうね、まだまだ現役だもの。おっと、ちょっと忙しくなりそうだから切るわね」

「お忙しいのに申し訳ないです、ではまた」



 一月はそう言うと電話を切った。と、同時に戦慄した。人ごみの中からあの尻尾付の少女と同じ気配を感じたのである。

(……ここで接触はしたくないんだが、仕方がないか。さすがにこの人だかりの中では乱暴はしないだろう)

 一月は気配がする方向を凝視する。そこから規則正しく歩いてきたのは。

 まるで人間なのかと疑いたくなる女性だった。

 腰まで伸びたさらりと靡く黒髪、伏し目がちだが大きな目、肌は曇りが一切ない美白、程よい大きさの胸。美貌を見るのは慣れていると心中で豪語した一月でさえ目を奪われていた。

 クラス分けの掲示板に夢中で少女の美貌に気付いた者は少数だった。

 少女は一月の前に立つと抑揚のない一月だけ聞こえる声でこういった。


「我々に対抗し得る人間だと判断しました。私の話を聞いていただけますか?」


 どう反応しようか考えていた一月の耳は続けて少女の発する音を認識した。


「私の名前は瀬々月静流せせらぎしずる


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