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青い球体からの有権者  作者: 本宮傑
有権者
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入学式

 都心2区にある司崎高はとてつもなく広かった。その人目につかない中庭の隅、一月は空いてしまった時間で椿に電話を掛けていた。

「あら、一月さん。さっきの地獣の件かしら?」

 透き通った綺麗な声が響いてくる。

「当然その情報は入ってるでしょうから省略いたしましょう。私は現場にいたのですが、人と地獣が協力関係を築くのはあり得ると思いますか?」

「……それはどういう意味かしら。簡潔にわかりやすく言ってみなさい」

 数秒の沈黙、いつもの椿らしさがない真剣みを帯びた声だった。


「はい、尻尾を生やしている少女がどうやら地獣の襲撃を待っていたようなのです。それに警戒をしている私を認識もしていました」

「ふむ、前者は置いておいて後者は一月さんの挙動が露骨だった場合もあるわね。とはいえ訓練を積ませているからその可能性もなかなか低い、か」

 一月の力量不足の可能性を示唆する椿、身内だろうと容赦はない。

「私の力量不足だった可能性はありますが、私にはそのような察知方法だったとは思えませんでした」

 一月もこれを否定はしない。が、あの少女は明らかに不自然にこちらを向いた。何か特殊な能力だと一月は考えていた。

「そう。ここであれこれ憶測しても意味はないわね。尻尾が生えてるってのはよくわからないけど、その子には細心の注意を払いなさい」

「わかりました。どうやら私と同じ司崎高生らしいので、わかったことがあれば追って連絡します」

「あら、それはまた波乱に満ちた高校生活になりそう。良い経験を積めそうね一月さん」

「私としてはおとなしく過ごしたかったのですが」

 言いながらたまらず苦笑する。



「そうも言ってられないわ、いい? こっちの手の内を明かさず相手の情報を引き出すことを考えなさい。それと油断は禁物よ」

「難しいことを言ってくれますね……油断ができる相手だとはとても思えないのでその点は大丈夫です。っとそろそろ時間なので切りますね」

「ええ、あっ設定は変哲もない優秀な生徒でいきなさい。では頑張ってらっしゃい」

 何事も目立ちすぎるとトラブルを招き寄せてしまう。そのための「設定」だ。

「わかってますよ、では失礼します」

 電話を切ると一月はふうっと軽く息を吐いて入学式が行われる講堂へと歩き出す。

 校内は打って変わって賑やかになっていた。


 講堂に入るとがやがやという喧騒に満ちていた。

 どうやら自由に空いている席へ座るらしい。

 自由と言われると後ろ半分に座る人が大半だろう。

 事実、前半分はかなり空いていた。連れのいない一月は一人で前から五列目の端に腰を下ろし、時計を確認する。

(式開始まで後五分か)


「失礼、隣、座ってもいいかしら?」


 凛とした声だった。いきなり声をかけられ一月は視線を向ける。

 どこかの可愛いお嬢様といった風貌な女性だった。

 流れる黒い髪はツーサイドアップで容姿と相まって人の目を引かずにはいられない。


「かまわないけど他にも席は空いてるぞ?」

 一月は見惚れることなく間髪いれずに答えた。

「ああ、ごめんなさい。私知り合いがいなくて寂しいからお話相手が欲しかったの、見たところあなたも一人でしょう?私は砂上深鈴よろしくね」

 (なかなか強引な子だな)

 なぜ自分を話し相手に選んだのかと一瞬考えるが、美女と迎える入学式も悪くないという思春期真っ只中の男性特有の邪な感情を少しは持ってもいいだろうと思った一月は断ることはしなかった。


「俺は霧宮一月、こちらこそよろしく。ところで砂上っていうともしかすると7区の?」

「あら、まあ珍しい苗字だしばれちゃうわよね。そうよ7区の防衛を担当している砂上家の娘が、私」

 自らに指をさしてバチっとウィンクするオマケ付だ、容姿と相まって悔しいが様になっていた。

「なるほど、じゃあ本当に令嬢だったわけだ」

「え、何?」

 目を白黒させて疑問を浮かべる深鈴。

「いやこっちの話だ気にしないでくれ。しかし、よくその容姿で一人でいられたな。男に呼び止められなかったのか?」

 言うと深鈴はぴくんと頬を動かす。


「……一月君ってはっきり物事を言うタイプなのね。もー呼び止められたわよ! 校門から合計13回! うんざりだわ!」


 突然深鈴は声を荒げて溜まっていたものを吐き出す。

 地雷を踏んだなと自分の失言に後悔しながらも内心笑わずにはいられない。

「まあ、華の高校生だ。それくらい許容してもいいんじゃないか。深鈴が美人という証明にもなるじゃないか」

「私が美人なのは当たりま…………もー一月君ったら! 美人だなんて、私照れちゃうじゃないの、それに呼び捨てなんて」

 深鈴は何かを言おうとして数秒かたまり、急に猫なで声になり頬を軽く紅くしてみせた。


(否定はしないんだな、しかしなんて言おうとした? あたりま……当たり前?)


「ああ、すまん。呼び捨ては馴れ馴れしかったか? 気になるなら砂上と呼ぶが」

「いいの! 私達の仲じゃないの、偶然ここで会った、ね? 一月君だけ特別に呼び捨てでいいわよ」

 小首をかしげてにこっと笑いかけてくる深鈴、大抵の男だとデレデレとなんでも言うことを聞いてしまいそうだ。

 ここで一月は大方確信した。猫をかぶった小悪魔的な女だと。

 と、そこで舞台の幕が上がっていき、喧騒も徐々に止んでいった。


 壇上には司崎高の校長がマイクの前に立っていた。

「おはよう、新しく我が校に入学してくる生徒諸君。わしは君達の貴重な時間を無駄に浪費することは好かん。かなり手短に終わらせるつもりだから集中して聞いてくれ。」

 校長は白い髭を携えながらも独特の力強い雰囲気を醸し出していた。

「今朝、近くの交差点で大事故があったな、当然諸君も知っているだろう。多くの死者を出した、そしてこの学校は対地獣科である。将来戦場に立つ者が多いだろう、地獣に憎しみを持っている者も多かろう。しかし、一つだけよく肝に銘じて欲しい。なぜ地獣は人間の命を狙うのか、人間をどう思っているのか、この思考だけは止めないでもらいたい。なぜか、その思考を止めたら一生争いは終わらないからだ。以上」

 本当に短く終わった話に生徒がざわつく中、校長は壇上から降りる。


(地獣はなぜ人間を襲うのか……考えたことがないとは言わないが、考えても俺にはわかりそうにはないな)

 一月は半ば自嘲気味に思考を放棄する。

 勿論地獣の悪意、敵意を目の前にしてそこまで頭が回るのは余程余裕のある者だけだ。

 と、そこで深鈴が小声で言う。

「私答辞とかがあるから行かなくちゃ、また後でね一月君」

 新入生総代だったのかと思いながら頷く。

 この後入学式は無難に終わった。深鈴の答辞の時に生徒から美人ーやら可愛いーなどの野次が入った以外には。


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