情
学生生活二日目の朝、目覚ましもセットしていないのに決まった時間に起きる。
起きた瞬間に違和感があった。
女の子特有のシャンプーの混じった良い匂い、背中に当たる柔らかく暖かいもの。
見なくてもわかってしまう。こんな刺激的な朝は嫌だった。
「……静流。起きろ」
「ふぁ……おはようございます一月」
揺すると目元を擦りながら起きる静流。
「ベッドが2つあるよな? あっちの空いてるほうを使えと言ったはずだが?」
「おかしいですね、あっちのベッドで寝たつもりなんですが」
瞼を擦りながらうっすらと目を開けていく静流。
乱れた衣服と相まって年頃の男子高校生では抗えない色気を醸し出していた。
「自分の行動さえ覚えてないのかお前は。今度から気をつけろよ」
「何も不都合はないと思うのですが。なぜそんなに私と同じベッドを拒むのですか? もしかして一月は私が嫌いなのでしょうか」
表情の表現も慣れてきたのか少しムっとした顔を見せる静流。
「お前は人間の倫理観をよく学べ。特に貞操観念をだ。朝から心拍数が上がるこっちの身にもなれ」
「心拍数が上がる? なぜでしょう?」
「自分の胸に聞いてみろ」
そう言いながら一月は顔に冷水をばしゃっとかける。
まるで先ほどの感触を忘れようとするように。
司崎国立高等学校のシステムは大学と同じで単位を取っていく形となる。
午前中は一般教養や主要五科目の授業を履修できる。登録さえすれば司崎校から配布された端末からログインして教室に行かなくても授業を受けることもできる。宙に浮かぶ映像を通して授業を受けるような形でだ。
余談だが地獣討伐などをすれば単位を多く貰えることから午前中の授業に出席しなくてもよくなる。これを狙って積極的に地獣討伐などに赴く生徒もいるようだ。勿論既に習う必要がないほど学習が済んでいる者や将来その知識は必要ではないと思っている人物に限るが。午前中にゆったりできることは大きなアドバンテージと考える生徒も少なくないようだ。
午後からは基本的にクラスでの授業や異能、戦闘系の授業に絞られる。こちらは必修授業などがありしっかりと出席しなければ卒業することはできない。クラス授業については担任に一任されているためどんなことをするかは担任の方針次第となっている。
これを前期後期に分けて期末に試験を実施、評価に繋げる。
「今週一杯は履修登録期間だ、端末から自分のカリキュラムを選択しておけ」生徒の端末に担任からの連絡が送信されていた。
今週いっぱいはホームルーム授業以外特段生徒が縛られることはないようだ。
「一月、履修登録はどうするつもりなんだ?」
朝の食堂で建彦に遭遇してそんなことを聞かれる。
「とりあえず英語は入れようかなと思っている」
「へー英語苦手なのか?」
「苦手というほどでもないがすぐに書いたり喋ったりできるかというとNO! だ」
「なるほど、俺は英語さっぱりだ! 捨ててやるぜあんなもの」
「じゃあ何を取る?」
「数学だろうな。何かと必要になりそうだし」
「そうだな。俺も英語以外に入れるとしたら数学だな」
とどうでもいい話をしていると建彦を呼びに来たのだろうか友人らしき人物が建彦を呼ぶ。
「おっと時間か、一月、またな」
「お~う」
適当に手を振ってやりながら朝定食の味噌汁を飲みこむ。
静流は部屋に置いてきた。梓となに買い物やら履修登録をするらしいので一月は一人で食堂にきたのだ。
久々のゆったりした空間、心休まる普通の学生。一月は心が温まる思いで美味しく味噌汁を頂いていた。
頂いていたのが、
「いーーーーつき君。はろ~元気してた?」
味噌汁のおわんを置き平穏は去っていったのかと思いつつ後ろを振り返る。砂上深鈴だった。
「おはよう、相変わらず元気そうで何よりだ」
「なによ~無愛想ねぇ。超絶美人の深鈴ちゃんと朝から会えたのよ? ありがたく思いなさい」
言いながら向かいの席に座る深鈴。
「お前そのキャラ隠さなくていいのか? 猫かぶるつもりじゃなかったのか」
「ん~入学式で色々とボロ出しちゃったしめんどうになっちゃった。それに一月君も感づいてたでしょ? 君、洞察力ありそうだし」
「あんだけぼろぼろな演技を見せられてもなぁ。感づかないほうがおかしい。しかしなぜ猫をかぶる? 疲れないか?」
「そりゃ~可愛く見られたいもの。性格もね」
上目遣いであざとい表情を作ってみせる深鈴。
悔しいとこだがかなり可愛い。言葉には出さないが。
「なるほど、性格は悪いと自覚しているんだな?」
「うわなにそれ! 一月君ひどくない?」
静流は眉をしかめて怒ってみせる。
どうやら効いてくれたらしい。
「冗談だ」
「ふふっあははははっ」
突然お腹を抱えて笑う深鈴。
「何がおかしい?」
当然尋ねられずには入られない。
「いやね、一月君といると普通の学校生活を送れている、そんな気がしてね」
一月の目には静流がひどく悲しんでいるように映った。
「……何かあったのか?」
「え? 何もないわよ? 変な一月君」
一瞬静流の顔に動揺が走ったのも一月は見逃さない。
「ならいいんだが」
「それより聞いてよ~なんか私生徒会に入らないといけないらしくてさ~」
「深鈴は総代を務めただろう。ってことは成績トップで入学したから生徒会に入るのは結構普通じゃないのか?」
「え~なんの習慣よぉそれ。そんなことなら少し手を抜けばよかった~」
「まあそう言うな。国立高校の生徒会を務めたっていう肩書きは将来良いアドバンテージになるぞ」
「ん~~いらないけどなぁ」
「それより朝飯食わないのか?」
「ダイエット中!!!!!」
席から立って机をバンっと叩く。周りの生徒もびっくりして注目する。
少し顔を赤らめ椅子に座る深鈴。
「太ってるようには見えないが」
「……昨日学生寮にあったスイーツバイキングで馬鹿食いしたのよ」
「あーあったな。それで怖くなったと」
「そう……」
しゅんっと小さくなっていく深鈴。
「アホだな」
「うるさいわね! そうだ! 一月君今週は履修登録期間で暇でしょう? デートでもしない?」
余りにも唐突である。もちろん一月は暇ではあったが。
「まあ別にかまわないが。なぜデートなんだ?」
「校内散策という名目でもいいけど男と女が一緒に歩いてたら世間一般からはデートとしか見られないじゃない」
「それもそうだが。特に予定もないし、ぶらぶらする程度ならいいぞ」
「じゃあお昼に一月君の部屋いくねー。何番?」
「3005号室だ」
「わかったじゃあまた後でね!」
満面の笑みで手を振っていく深鈴を見ながら一月は思う。
食べないのになぜ食堂にいたんだ、あいつは。




