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青い球体からの有権者  作者: 本宮傑
霧宮家
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朝食

「あんたなんて生まなければよかった、私の前から消えて!」


 はっとして重い瞼を開ける、窓から差し込んだ朝日が嫌に眩しい。


(気分の悪い夢だな、自分としてはもう気にしてないと思ってたんだが……深層心理ではってやつなのか?)


 朝から陰鬱な気分になった霧宮一月きりみやいつきは、はぁと大きくため息をついてから反動でベッドから起き上がった。

 2階の洗面所で軽く顔を洗い歯を磨き、鏡を覗き込む。

 少し気だるそうな雰囲気以外は問題のない眉目秀麗な顔立ちだ。


 時刻はちょうど朝9時、1階の食卓に降りると、この和風邸宅の主である霧宮椿きりみやつばきが朝食をとっているところだった。

 絵に描いたような美人、和服の胸元は豊かなラインを描いており年頃の男の子には目に毒だ。


「あら、おはようございます一月さん。今朝は起きるのが遅いのですね? ご一緒にいかがかしら?」

 味噌汁を啜っていた椿が白く綺麗な手を止めて手招きをしてくる。

 これは逃れられないなと思った一月は素直に正面の席に腰を下ろす。


「おはようございます、椿さん。ではお言葉に甘えて、いただきます」

「もうっ親子なのだからもう少し気を抜いて貰いたいわね。例え私が里親でもよ?」

 いつ指示を出したのか、背後で給仕服の女性が軽い朝食を運んでくる。


「里親だからこそです。あの日、軍と政府に捕まり孤児院に運ばれそうな私を拾っていただいたのは椿さんですから」

 地獣が闊歩している現在、孤児の扱いは痛烈を極める。

 一旦は孤児院に入るがそこから辿る道は実験の被験者か、強制兵役しかない。

「ふふっ私は利をとっただけのこと、一月さんも普通に生活できる利を取っただけなのですから両得ですわ」

 椿の言う利は一月の類稀な異能力のことだ。

 事故現場には全てが潰れ、倒壊した家屋があった。一月を中心に球状に地面は陥没しており、まるで小さなクレーターのようだったと椿が手配した部下は話す。

 その凄まじい惨状を起こしたであろう一月を才能ありと見て保護したのである。


「正直にそう言っていただけるとこちらも気が楽です。私を拾った理由がわからなければ疑心暗鬼になってしまいますから」

 これは一月の嘘偽りない本心だった。

 異能力は遺伝、または脳の開発で回路を作ることで開花する。希少な能力回路を持った脳は高く売れるのだ。

 その他にも多様な利用方法がある、そのため地獣以外の社会問題として誘拐が上がってくるほどだ。

「優秀すぎるのも考え物ね、高校生になろうとしている若者がそんな悩みを持つんだもの。っと朝からこんな暗い話するもんじゃないわね。一月さんは明日入学式なのでしょう?」

 いけないいけないといった顔で話題転換を図る。


「はい、以前報告した通り都心2区にある国立司崎異能高等学校に入学します」

 国立司崎異能高等学校は日本でも屈指の対地獣科の学校である。

「司崎高ね……都心の情報を集めるいい機会だわ、夜宵と麗華にも頼んでるけどあの子達はまだ幼さが抜けてないし少し心配なのよ」

「夜宵はともかく麗華は少し不安なのは同感です」

 二人は軽く苦笑する。

 霧宮夜宵やよい霧宮麗華れいか、椿の実娘であり双子だ。

 当然一月との血のつながりはない。


「では今から都心に行って宿を取るつもりなのかしら」

「はい、そのつもりです。適当なホテルにでも泊まろうかと」

「2区には夜宵と麗華の家があるじゃない、そこに泊まって行きなさい。二人も兄に会いたがってるわよ」

 椿の言葉に一月の顔が少し曇る。

「椿さん……私は明日から高校生の男で二人は中学生の女の子なのですが」

「言おうとしていることはわかるわ。血の繋がってない若い男女が一つ屋根の下で生活するのは貞操に関わると言いたいのでしょう? いいの、一月さんは兄で、あの子達は妹なのよ。そうやって育ってきたじゃないの」

 これには一月も対応に困る。確かに幼い頃から兄妹のように育ってきたのである、今更意識することかと椿は言いたいのだろう。


「そうは言いましても……」

 椿が人の悪い笑みを浮かべた。

「それにね、私としては子供ができちゃってもいいのよ。我が家の子孫を残すのと、遺伝的に高い異能適正の子供ができそうだし、ね?」

「はぁ……椿さん、朝からきっつい冗談はやめませんか?」

 今度こそため息をつくことを我慢できなかった。


「半分冗談よ、ほらっ食べ終わったらもう行きなさい。荷物はもう送っておいたから」

 半分だけなのかと心の中で呟きながら階段横に置いてあった自分の荷物がないことを横目で確認する。

「ご馳走様でした。わかりましたよ、何かあれば連絡します」

 椿がそうしろと言うのである。一月に断れる選択肢はないのだ。

 それほどまでに椿には恩義を感じているしある種尊敬もしている。

「はーい、んぐ、我が子にもよろしく伝えておいてね。いってらっしゃい」

 バターを塗りたくった高そうなパンを頬張りながら言う椿。行儀がいいとは言えない食事だ。

「では、行ってきます」

 次々運ばれてくる料理を尻目に一月は玄関に行き扉を開ける。行ってきますと言いながら思うことは一つ。

 

 まだ食べるのかと。


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