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青い球体からの有権者  作者: 本宮傑
プロローグ
1/26

初めて見る世界

 けたたましいサイレン音と赤い光が夜の街を慌しく染め上げる。


「地獣警報発令、地獣警報発令、住民の皆様は直ちに最も安全な行動をとってください。繰り返します……」


 街中に設置されているスピーカーから女性の警告音声が絶えず鳴り響く。

 周辺に建ち並んでいる超高層マンションや超高層ビルに音が反響して囂々しい。

 表通りでは車が大量に停止しており前にも後ろにも動けない状態だ。


「こっちはもうだめだ、地獣がそこまできている!」


 中年の男性が炎の上がっている方向を指差し、走りながら必死の形相で周囲に叫び飛ばす。

 それに呼応するように人々は悲鳴を上げながら逆方向に駆ける。

 自分もさっさと逃げようと足を踏み出そうかという時、ふと、中年の男性は気付く。


 少女が炎の上がっている方向から辺りを見回しながら呑気に歩いていた。


 中年の男性は普段にはない正義感を奮い起こして少女に駆け寄る。


「おい、お嬢ちゃん、何ゆったり歩いてるんだ! 走れ走れ、もう少し耐えれば軍隊が助けてくれる!」

 

 少女の肩を掴んだ男性は怪訝に思いながらも見惚れていた。

 未成年であろう少女は少しも恐怖を感じていないかのような無表情だったからである。加えて、絶世の美女だった。

 腰まで伸びたさらりと靡く黒髪、伏し目がちだが大きな目、肌は曇りが一切ない美白、程よい大きさの胸。

 まるで人間なのかと疑いたくなる容姿をしていた。


 ドン! と赤々と周囲を照らしている炎の方向から爆発音が響く。

 男性は少女から目を離さない、いや外せないのだろう。


「私は大丈夫です。私はいないものと思って行動してください」


 抑揚のないしかし透き通った綺麗な声だった。

 しかし、意味のわからない言葉だ。何が大丈夫なのか、逃げるのを諦めたのか?

 中年の男性にはわからない。

 男性は数秒呆けた後はっと我に返る。


「何を意味のわからないことを! 逃げ」


 中年の男性は言葉を途中で切り、少女を突き飛ばした。

 二人のすぐそばの地面からボゴっと蛇のような地獣が顔を出したからだ。

 少女は吹き飛ばされながら見た。


 男性が蛇のような生物に飲み込まれたのを。


 ごりぐちゃと凄まじい咀嚼音が聞こえる、絶命したのだろうか、悲鳴はない。

 15mはあろうかという大蛇はごくんと肉塊を飲み込み、少女には気を払うことなく次の獲物を探して出現時にできた穴へ音もなく戻っていく。

 少女は尻餅をついたまま呟いた。


「やはり間違っている」


少女には恐怖している様子はない、しかしその瞳には決意の光が爛々と輝いていた。



 東京13区、東京の北西に位置する近頃地獣の発生が多発している地域だ。

 その13区の繁華街は地獣の残した爪痕で悲惨な光景となっていた。


 ガードレールは拉げ、車の残骸は炎上し、地面には大量の穴で凹凸が形成され、地面はビルからの破片やガラスでぐちゃぐちゃだった。

 地獣が発生した場合、基本的には区を担当している区軍や他区から派遣された人員がこれの掃討に当たることになっている。


「13区に発生した地獣は総数3。内2匹は駆除完了、被害は死傷者12」


 軽武装した男が簡易テントの中央に座っている男に報告する。

「ちっ……一匹逃したか。上からお叱りを受けるのは俺なんだぞ」

 隊長と思われる男は苛立たしそうにガシガシと頭を掻きながら言った。

 人命については言及することはない。


「隊長、被害者をお連れしました」

 と、そこに隊員の一人である人物が少女を連れてきた。

 少女を見た隊員達は息を呑んだ。

 非常事態時なため皆思っているが口には出さない、絶世の美女だと。

「……これは、お若いのに辛い思いをさせましたな。我らは西城家の配下の部隊です。もっと早く現場に駆けつければよかったのですが、お名前をお聞かせ願いますか?」

 少女はぴくっと反応する。

 少し戸惑うか困っている様子を見せる少女。

「…………」

「どうされました?」


「……瀬々月静流せせらぎしずる


 隊長と呼ばれた人物は携帯端末に何やら入力する。

「珍しいお名前ですね、ありがとうございます。おい、誰かこの方を安全地帯までエスコートしてさしあげろ」

 傍で座っていた女性隊員が優しく声を掛けながら瀬々月静流の手を取る。

「一つ、いいでしょうか」

 静流は立ち止まり抑揚のない声で言う。

「何でしょうか?」


「もし大蛇のような地獣を討伐したら、私を助けようとして飲み込まれた男の方に、ありがとう、と言伝をお願いできますか」


「……確かに、承りました。」

 隊長は少し悔しそうな表情で数秒の間をおいて頷く。

 女性隊員の後に着いていく少女はぼそっと呟いた。


「これが人間、人間の世界なのですね」


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