3
ルーシアはバタリと倒れた。
手首から流れ出た、自らの血の海に沈んでいく。
近衛兵たちは唖然として立ちすくんだ。
世界最強の魔女の乱心。そしてあまりに呆気ない死。
何が起きたのか理解するのは難しい。
「た、隊長……どうすれば?」
兵の1人が困惑した様子で先頭の男に尋ねた。
答える代わりに隊長は、ナイフを片手に持ち自分の左手の手首を切った。
阿鼻叫喚とはこのことを言うのだろう。
世界最高の精鋭を集めた近衛騎士たちが、次々に手首を切っていた。
部屋にいた王族たちは、もはや何が起きているのかすら分からず、悲鳴を上げることしかできない。
騎士が全滅し、1人の王族がナイフを手にした時点で、恐怖は頂点に達した。
何度と無く、帝王の残虐な嗜好の同伴に預かっていたであろう、目の肥えた王族たちはパニックを起こして駈け出した。
こんな恐ろしい部屋にはいられないと。
この日、世界を相手にしても勝利するといわれていたダイラス帝国は崩壊した。
王族、近衛騎士、魔女といった上層部がすべて発狂して自殺したのだ。
中央集権政策を取っていた帝国は、頭を失うと、あっという間に分裂し、崩壊した。
人々は皇帝の傲慢さが神の怒りに触れたのだと噂した。
何が起きているのかわからず呆然とキララの亡骸を抱きかかえていた俺の元に、栗色の髪をした女が駆け寄ってきた。
露出の多い服装からして、王の愛妾か。
「シュウ、もぅ安全だかラ、はゃくにげょ?」
俺はキララの操る馬の後ろに乗っている。
たまに自転車に2人乗りするときは、位置が逆だった。
自転車をこぐのは俺で、しがみつくのがキララだ。
ぎゅっとしがみつくキララの体温が心地よくて、いつまでも自転車をこいでいられるとすら思ったっけ。
今は反対だ。
手綱を握り、馬を操るのがキララ。
俺は落ちないようにキララにギュッと掴まる。
「うふふ」
キララは時折嬉しそうに、背中にしがみついた俺の頭に、自分の後頭部を擦り付けた。
その少し前。
キララは城のどこになにがあるのか全部分かっている様子だった。
倉庫から目ぼしい財宝を袋に詰め、厩に迷うこと無く直行する。
一番立派な馬に手際よく鞍を乗せ、ひらりと跨った。
「さぁ、シュウも乗っテ」
どうやって馬に乗ればいいのか分からず、目の前に差し出された手を握ると、すごい力で引っ張られた。
俺の身体が宙に浮き、ぼふんと馬の上に跨る。
目を白黒させている俺の様子を見て、キララはおかしそうに笑った。
「キララでいいんだよな?」
俺はキララにそう問いかけた。
キララに対してキララかどうかを聞くなんてどうかしている。
でも今のキララは、小麦色の肌もしていないし、ケバケバしい化粧もない。
髪の色も安い染髪料で作られた茶髪ではなく、見事な栗色の髪だ。
スタイルも、モデルのように凹凸のはっきりした身体に変わっている。
「うん、ゎたしはキララだょ。シュウ。」
そう言ってキララは俺の口にキスをした。
確かにキスの味はキララと同じだった。
俺たちの馬は草原を進む。
昨晩は野宿をした。
キララは慣れた手つきでテントを組み立てると、そこで2人で寄り添って眠った。
気持ちのよい風が吹いた。
草原の草が揺れ、キララの栗色の髪がふわりとなびく。
俺はどこに行くのかと、キララに尋ねた。
「ゎたしのぅまれ故郷」
とキララは教えてくれた。
大きな影が空を覆った。
見上げると、巨大な竜が上空を旋回している。
「ぁちゃぁ、ワイバーンだネ」
キララは鞍に備えられた鞘から剣を抜いた。
巨大な飛竜が急降下してくる。
巨象ほどもある生物が空から降りてくるのだ。
俺は思わず悲鳴を上げた。
「だぃじょぅぶ、キララに任せテ」
キララは安心させるように俺に笑いかけると、剣を掲げた。
そして呪文を唱えながら、剣を飛竜に向かって投げつける。
剣から雷光が迸り、キララの細腕で投げたとは思えない、恐ろしい速度でワイバーンへ飛んでいった。
避ける暇もない。
ワイバーンは飛来した剣に両断された。
真っ赤な血の雨を巻き散らす雨雲となって、ワイバーンは地上へと落下した。
どぅぅぅんと地面が震えた。
飛んでいった剣は回転しながら戻ってきた。
キララはそれを片手で事も無げに掴み、鞘へしまう。
世界最強の魔女と世界最高の騎士団の能力を併せ持つキララに勝てる生物なんて、このファンタジー世界にも皆無だった。
キララ 転生者レベル124 魔女レベル5200 騎士レベル3950 貴族レベル3546 妾レベル2054
・自殺者の剃刀
・無限転生
・世界最強の魔女が持つすべての能力
・世界最高の騎士団の持つすべての能力
・世界を支配した帝国王族たちが持つすべての能力
・皇帝を虜にした愛妾が持つすべての能力