12
柊きらりの日記には、もう何も書かれていない。
神の降臨はそれから1年後のことだった。
魔王の軍も人間の軍も、腕の一振りで巻き起こる暴風に叩きつけられ、倒れた。
神は光の塊だった。眩しく金色に輝く光だった。
光が蠢き、姿を様々な形に変えた。魚のヒレが現れたと思ったら鳥の翼が現れた。
馬の足で歩いていたら、その足から人間の足が生えた。
神々しくも恐ろしい、混沌とした姿だった。
光から腕のようなものが伸びて、それを振り回すと、恐ろしいほどの嵐が生まれた。
地面を叩くと、大地が揺れた。
「ここゎ、ゥチらの世界だょ! 黙ってみまもってて!」
戦えるのは、もはやキララしかいない。
キララの手から稲妻が迸り、口から業火を吐き出した。
振るった剣は大地を割り、唱えた魔法は天蓋を砕いた。
神は嵐を起こして応戦し、大地を掴んで投げつける。
足を踏み鳴らせば地面が揺れ、息を吐き出せば空が割れた。
キララの剣が神の腕を斬り落とす。
しかし無限の命を持つ神は、新しい腕を生やしてキララを殴りつけた。
キララが神を掴んで海へと投げる。
しかし無限の姿を持つ神は、翼を無数に生やして空を飛んだ。
神がキララに稲妻を雷雲ごと投げつける。
キララは爆勁で、雷雲を蒸発させた。
神がキララを掴み、握りつぶそうとする。
キララは魔法で油を作り出しするりと抜けた、
それは神話に謳われる、神々の戦いだった。
人々は神の怒りを恐れながら、キララの背中に向かって祈るしかない。
俺は……
キララは世界最強の存在だ。
それは疑いようもない。だけど。
相手は神だ。限りある生命を持たない不死不滅の存在だ。
キララの引き起こす力は段々と弱くなり、神の力はますます勢いをましている。
「この世界を作ったのは間違いだった、滅ぼさなくてはならない」
神はそう言った。世界中の人々がそれを聞いた。
それは天上から聞こえるラッパのように、人々の頭のなかで鳴り響いた。
「そんなことゎさせなぃ!」
キララが叫んだ。世界中の人々がそれを聞いた。
それは携帯電話の着メロのように、人々の頭のなかで鳴り響いた。
どれだけ転生を重ねても、どれだけの経験を上書きされようとも、キララはどこまでもキララだった。
どうすればそんなことができるのだろう。
百回以上の人生を送って、その中では人間以外の生き方もしている。
なぜキララという存在が薄められて消えてしまわないのだろう。
無限転生はチート能力なんかじゃない。
普通の人間なら、とっくに本来の人格なんてもの消えてしまっているはずだ。
数えきれない年月を経てなお、自分を見失わない強さが必要なのだ。
そんな超人が存在するのだろうか。
ついにキララは神の手に掴まれ、山へと投げつけられた。
山が砕けて地形が変わる。
ついにキララは立ち上がれなくなった。
追い詰められたキララは右手にナイフを作り出す。
神に転生できるかは疑問が残るが、他の生物に転生して、また挑むことができる。
だが神はそれを待っていた。キララの攻撃が止まる瞬間を待っていたのだ。
その強大な力を惜しみなく使い、キララの周りに青く輝く水晶を創りだした。
そしてその水晶でキララを包み込み、指先1つ動かせないように拘束する。
キララは強大な魔力でそれを押し破ろうとするが、神の力を得た水晶は魔力に耐えた。
魔法は呪文を唱えなくてはいけない、剣は振りかざさなくてはいけない、爆勁は息を吸わなくてはいけない。
そして無限転生は死ななければいけない。
今のキララは手首を切る自由すら奪われている。
目の醒めるような青い輝きを放つ水晶に封印されたキララは、もはや為す術無く無力化されてしまった。
キララは敗北したのだ。




