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柊きらりの日記より抜粋
1月 19日 地下に空はない
さぃきんゎずっとシュウと一緒なンだょ。
合コンはできなぃけど、我慢しなきゃネ。
たのしぃなぁ、このゥチの夢がかなったょ。
告白してきたのはキララの方だった。
でも呼び出したのは俺だった。
奇妙に思うだろうが、その日、俺も告白しようと思っていたのだ。
ドキドキしながら待っていると、キララがやってきて。
「シュウがLOVEきなの! っきぁって!」
と、いきなり言われた。
ラブレターを渡そうとした俺と違って、なんという直球なのだろう。
そりゃ俺も焦って。
「うん、いい。」
と思わず言ってしまったのも仕方がない。
あのとき渡せなかったラブレターは、今も俺の机の中に閉まってある。
そのうち笑い話のタネにしようと思っているのだが、付き合っていてもラブレターを渡すのは恥ずかしい。
そう思っているうちに異世界にトリップするはめになり、結局渡せなかった。
キララの奔放さが俺には眩しく見えた。
魔王たち、魔族の住む地下世界は意外に住みやすい。
豊富な鉱石資源があり、動植物も十分に生息している。
見た目はキノコ背負っていたり、口が2つあったりと、なかなかグロテスクだが。
「とはいえ、この煙はどうになかならいかな」
この世界は地下にある。太陽の光は届かない。
だからここでは油の入ったランタンがいたるところに設置されているのだ。
僅かな煙とはいえ、これだけランタンがあったら、そりゃ空気も悪くなる。
「シュウぃがぃゎへぃきだもン」
俺の膝に頭を載せて、ゴロゴロいっていたキララがそう言った。
種族の差か、育った環境の差か、ここの住人たちの大半はこの空気の悪さを何とも感じていない。
キララもそうだ。もっとも、竜王のスキルで毒や病気といったステータス異常耐性は網羅しているようだが。
「シュウ、シュウ、むふー」
キララが俺のお腹に口を当て、なにやらむふーむふーと息を吐いている。
首のあたりを撫でてやると、ゴロゴロと喉が鳴った。
お尻の当たりからはみ出しているしっぽが、ふにゃりと垂れていた。
キララは猫だ。
正確には魔王ヴァイリは猫っぽい種族だった。
頭からぴょこんと飛び出した耳の裏を、指でカリカリと撫でてやると、くすぐったそうに、でも嬉しそうに身をくねらせた。
瞳孔が縦に長い瞳を輝かせ、たまにペロリと俺の手を舐める。
ここではキララも他の男と遊ぶことができていない。
俺との逢引を終えると、キララは巡視にでかける。
キララの仕事といったら1日に2度、国を見回ることだけだ。
「魔王ヴァイリ様万歳!」
住人たちは仕事の手を止め、地面に頭を擦り付けて平伏する。
「うむ」
キララはそれに応えるように頷いて、手を振る。
湧き上がる歓声、魔王が去ったあとは興奮した様子でバリバリと仕事をする。
そのスピードは普段の2倍ほどもあるだろう。
魔王が現れるだけで、その日の作業がずっと早く進むのだった。
「あれだな、キララはアイドルだな。アイドルは誰かのものになっちゃいけないんだよ」
「ぇーん、合コンしたぃょぅ」
魔王ヴァイリはずっと1人で暮らしていた。
身の回りの世話をさせるのすら贔屓にあたる。
人間である俺は奴隷という名目でキララの側に置かれているが、この交渉だって魔王ヴァイリの能力だけでは足りず、帝国貴族式の交渉術を駆使して認めさせたものだ。
「キララゎずっと寂しぃかったの」
この大きな宮殿にたった一人。
数えきれない部屋があり、数えきれない宝石があった。
だが。
目の前の壁の絵画は汚れている、高価な家具は10分の1も使われていない。
部屋の大半は掃除もされておらず、そもそも長いこと使われた様子もない。
1人が住むのに、この宮殿は大きすぎる。
生まれた時から絶対者だった魔王ヴァイリが何を思って暮らしていいたのか。
「ぉままごととかやってたょ、ぉ気にぃりは庶民の家族ごっこ」
「どんなのだ?」
「ゥチがぉ父さんでぃぇにかぇってくるの、するとゥチがぉ母さんで、ぉかぇりってぃうの」
「1人でか」
「ぅん、そして2人はハグするの」
「それで?」
「今度ゎ娘。ゥチがとことこ走ってきて、パパぉかぇりってぃうの、するとゥチは娘であるゥチを抱き上げて、そのほっぺにキスするの」
「1人でか」
「ぅん、そしてみんなでぇご飯食べるの、1つのへやで、1つのてぇぶるで」
俺はその姿を想像する。
この寒々しいほど広い部屋でキララが1人で暮らしている。
いつも笑っているはずのキララの顔に笑顔は無く、ぼぅっと壁を見つめているのだ。
俺は何だかキララが愛おしくなり、そっとキララの額にキスをした。
魔王ヴァイリの夢はこうして叶えられた。
彼女の夢は親、兄弟、友、それとも恋人。
彼らがそうするように。当たり前にそうするように。
温もりを分けて欲しかった。
1人の少女の大きな、世界を滅ぼすことより大きな。
決して叶わないはずの、とても大きな夢だった。




