ヘタレがダンジョンに潜る 前編
特に意味はないけど前、後編に分けてみる。
何だかんだで、勇者イージスのお供として魔神退治のためにダンジョンに行くことが決定した俺とリリア陛下だったが……。
魔道士ヒエンはフレイムの呪文を唱えた。
ゴブリンAに410のダメージ。
ゴブリンAは倒れた。
勇者イージスの攻撃。
ゴブリンBに608のダメージ。
ゴブリンBは倒れた。
ヘタレリリアは防御の構えを取った。
「見るが良い、妾の鉄壁ぶりを!」
ゴブリンCの攻撃。
魔道士ヒエンはヒラリと身をかわした。
ゴブリンメイジはロックシュートの呪文を唱えた。
「では、どのくらい鉄壁か我が試してやろう」
勇者イージスはヘタレを盾にした。
「へ? ちょ、イージス貴様あだっ! あいだたたたあっ!!」
リリアの体に青あざができた。
魔道士ヒエンはアイスエッジの呪文を唱えた。
ゴブリンCに435のダメージ。
ゴブリンCは倒れた。
勇者イージスは防御の構えを取った。
「ふむ、ここは一旦様子見だ」
「ふ、ふざけるでない! 一撃で倒せるくせに何を手を抜いておる! はっ、まさかまた、ならば――」
ヘタレリリアは逃げ出した……
「ふははははっ! 三十六計逃げるにしかず! さらばじゃ!」
……しかし勇者イージスに回り込まれてしまった!
「ば、馬鹿な! 何故仲間に!?」
ゴブリンメイジはフレイムを唱えた。
「お、今度はヒエン狙いか、ならば安心――」
「ヒエン! これを使え!」
ポイッ!
肉の盾が投げ渡された。
「ちょ、まて――」
「勇者イージスよ、感謝します!!」
「するな馬鹿もあ、あちゃちゃちゃちゃっ!!!」
盾は黒焦げになった。
……まあ、和気藹々と楽しくダンジョンを踏破しております。
★
城塞都市クルシオンから歩いて半日。
近隣の住人もめったに近寄らない険しいメルト山の中腹に、そのダンジョンはあった。
『メルト山ゴブリン洞窟』
その名の通り、世界中に点在するゴブリン族の住処の一つである。
ここには数千を数えるゴブリンが生息しているとされ、そのゴブリン達によって毎年周辺の村々や旅人は多大な被害を被っている。
無論、そんな危険なダンジョンをハイネ王国も放置してきたわけではない。
今まで数度にわたり、冒険者を募り、兵力を整え、遠征を繰り返してきた。
ただ、その結果があまり芳しいものではなかっただけである。
ゴブリンはスライム同様低級モンスターに分類されているが、奸智に長け、遠征隊がダンジョンを襲撃するたびにそれを事前に察知して逃げるか、ダンジョン内にある隠し通路を使って難を逃れるのだ。そして、遠征隊が去った後に悠々と戻ってくる。この繰り返しである。
ハイネ王国がこのダンジョンを維持、管理出来るのなら別だろうが、現在の所、暗黒大陸の魔族との戦争が激化しているため、手持ちの兵力にそんな余裕はない。
そして今現在、俺とリリア陛下に勇者イージスはその『メルト山ゴブリン洞窟』のおよそ半分を踏破していた。幾度ものゴブリン達の襲撃を退けながら。
ゴブリン達が洞窟内に設置している篝火を頼りに、一歩一歩と前進していると、先頭を歩く勇者イージスと最後尾を歩く俺に挟まれた(逃げ場を塞がれた)リリア陛下が歩みをそのままに、顔だけこちらに振り返る。
「な、なあヒエンよ。先ほどの戦闘で妾、最終的に『盾』として存在を認識されておらなんだか? こう、お主らがどうこうではなく、世界全体的に」
「……リリア様。こう考えましょう…………『盾』の方が『ヘタレ』よりましだと」
「否定せんのか!?」
「……申し訳ありません――」
「ま、まあ素直に謝るのであれば」
「――嘘をつけない性格で」
「謝罪ポイントが違う!!」
そうやってプンスカと怒るリリア陛下の服は所々焦げてきな臭かった。
肉体の火傷は魔法で治せても、服だけはどうしようもなかったのだ。
……それにしても、フレイムの直撃を受けてよく火傷程度ですみましたね。あれは十級とはいえ攻撃特化の火の魔法。普通の新米冒険者なら即死してもおかしくはない。流石は魔王と言ったところでしょうか……?
いや、単なるギャグ補正かもしれない。
むしろそっちの可能性が高い。
まあ、それはともかく、目下の課題はリリア陛下の機嫌を直すことである。
ワラワラ湧いて出てくるゴブリンなんぞは瞬殺出来るが、ストレスを溜めこみ過ぎたリリア陛下がプッツンして魔法の一つでも唱えてしまえば、狭いダンジョン内である。敵であるゴブリンはもとより、仲間である俺や勇者イージスはおろか、このダンジョン自体が消滅しかねない。
「リリア様、初めてのダンジョン探索はいかがですか?」
「うむ。戦闘での扱いは不服じゃがおおむね満足しておるぞ」
そう言うリリア陛下の口調は本当に楽しげである。
「やはり、勇者を目指す者としてはダンジョンの一つや二つ踏破しておかねば恰好がつかぬからな」
「そうですね~」
適当に相槌を打つと、陛下の口調が急にしぼんだ。
「……しかし、あれじゃの」
「はい?」
「そろそろ、出て来てもいい頃合いではないか?」
「え? 魔神がですか? ボスがいるのはダンジョンの最奥が定番でしょう?」
「違う、違う。そんなものどうでも良い」
鋼鉄大陸ダリアにまで派遣されて陛下探索を行っている魔神達が聞いたら絶望死しそうな発言だ。
だが、前々回で述べたとおり、不穏当な発言を聞き流すことに定評のある俺は黙って聞き流す。
「妾が言いたいのは、そのそろ宝箱の一つや二つ出て来てもよいのではないか、ということじゃ」
「ああ、なるほど。そちらでしたか」
確かにダンジョン探索には宝箱の出現は必須イベントだ。
隠し部屋を見つけて入ってみたら、宝箱が一つ。
鍵開けの技能をもっている仲間の手によって鍵が開けられたらその中には――
冒険者をやっている者のロマンの一つだ。
だが――
「陛下、大変申し上げにくいのですが」
「ん、なんじゃ?」
「イージス様は、宝箱に興味はないようです」
「は?」
「先ほどから宝箱がありそうな隠し部屋をいくつも無視して通り過ぎてます」
「な、なんじゃと!? どういう事じゃイージス!!」
テクテクテク。
名を呼ばれても勇者イージスは立ち止まるどころか振り返りもしない。
「リリア様、ここはイージス『様』と」
「く、何たる屈辱……イ、イージス様」
下唇を噛みしめて、呼び止めるリリア陛下。
だが、勇者イージスの歩みは止まらない。
リリア陛下はやはり存在自体を認識されていないようだ……戦闘時の盾という役割以外。
「な、泣くぞ本気で!」
「まあまあ、落ち着いて……イージス様。少し宜しいですか?」
「……何だ。ヒエン。我は先を急いでいる」
俺の呼び止めは成功したが、どうにも逆に陛下の自尊心を傷つけたらしい。
陛下はその場でうずくまり、地面に『の』の字を書き始めた。
「えっと、宝箱目的で隠し部屋に入ってみませんか? ちょうどそこにあるみたいですし」
俺が指差したのは、数歩行った先にある壁の不自然なでっばりだ。おそらく、いや、まず間違いなく隠し部屋に入る為のスイッチである。
「……良く分かったな」
俺がスイッチに気付いたことがよほど意外なのか、勇者イージスの俺を見る目が少し優しくなる。
もっとも、マイナス100がマイナス98になった程度ではあるが。
「だが、その提案は却下だ。先ほども言った通り、我は先を急ぐ。ハイネ王が魔神討伐の報告を心待ちにしておられるでな。それにこのような低級ダンジョンで得られるアイテムなんぞたかが知れておる」
まあ、言われてみれば確かにそうである。
ここのゴブリン達が溜めこんでいる物なんて、周辺の村から略奪した穀物や、ゴブリンにやられてしまうような雑魚冒険者から奪ったクズアイテムくらいだろう。
街に行って売りさばいたとしても小銭稼ぎにしかなるまい。
だが……。
「一応これ、リリア様の記念すべき初ダンジョンなので、一度だけお付き合いいただけませんか、イージス様?」
「……チッ」
俺が折れないと悟ったらしい勇者イージスはちょっと昔を懐かしむような顔を見せた後、舌打ちをしてからスイッチの元へと歩みより、軽く押した。
ゴゴゴゴゴッ! という音とともに、壁の一部が横に滑る。
「……一回だけだ。ここに宝箱が無ければあきらめろ」
そう言って自分だけさっさと隠し部屋に入る。
「では、行きましょうかリリア様」
俺はいまだに『の』の字を書いている陛下を立ち上がらせた。
★
幸いなことに隠し部屋に宝箱はあった。
それも二つもだ。
「お、おおおおおおおった、たたたたからああ」
感動のあまりまともに言葉を紡げない陛下に俺は苦笑。
だが、一刻も早く奥に進みたいらしい勇者イージスは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「感動する暇があったらさっさと開けろ」
「あ、開けるといっても、妾はダンジョンの宝箱を今まで開けたことが無くて……」
初ダンジョンなのだから当然だろう。
魔王城にあった宝箱基本全部自分の物、鍵だってちゃんと用意されている。
そもそも陛下は欲しい物があれば「持ってこい」の一言で使用人を動かせるため、自分でわざわざ宝箱から荷物を取りだしたりしない。
ほど良くビビりの入ったリリア陛下に、勇者イージスは怒りを抑えるように口元をヒクつかせながらも「仕方ない」と呟いて、自分の腰に巻きつけていたアイテム袋からアイテムを取りだす。
ピッキングツールである。
一般市民が持っていれば即牢屋にぶち込まれても文句は言えない。
これぞ冒険者特権だ。
「いいか、よく見ておけ。本来ならまずは罠のチェック。無ければ次は鍵がかかっているかどうかを確かめる」
そう言って、二つある宝箱の内の一つをぺたぺたと触りだした勇者イージスは「良し」と頷くと、鍵穴にピッキングツールを突っ込むと物の数秒で鍵を外してしまった。
そして、無造作に宝箱を開けると、中のアイテムを取りだす。
「ふん。小回復ポーションか」
やはり要らないアイテムが出たと眉をひそめる勇者イージスだったが、我らがリリア陛下はそれを金塊も見るがの如く瞳をキラキラと輝かせていた。
「つ、次は妾の番じゃ」
飛びつくように残された宝箱に近づく陛下。
「うむむむむ」
宝箱に穴が空いてしまいそうなほど見つめ、唸る。
「むむむ。どうやら罠はなさそうじゃな。鍵も……かかってはおらぬ。何たる幸運。
『宝くじ たまに7等くらいが当たる』も伊達ではないようじゃな」
ああ、なんだろうこの気持ちは。
胸の奥が優しい暖かさで一杯になる。
あの、お小さく情けないヘタレだったリリア陛下が、今俺の目の前で一人で立派に宝箱を開けようとしていなさるなんて、素晴らしい成長ぶりである。
……まあ、魔王として適切な成長かどうかは別問題だが。
「ようし……いよいよじゃぞ。どんなアイテムが出てくるか、楽しみじゃのう、ヒエン」
「ええ、楽しみです」
たとえ出てきたアイテムがクズアイテムでも、俺は陛下を褒めちぎるだろう。
単なるおべっかではなく、生徒の成長を喜ぶ一教育係として。
興味なさげな素振りをしながら、勇者イージスもどこか落ち着かなそうにチラチラと視線を陛下に送る。
「さあ、妾の初ダンジョンにして初宝箱の中には一体何が――」
陛下が一息に宝箱を開けられ、中を覗き込む!!
そして――
――陛下は『ミミック』に噛み付かれた。
ふい~次はボス戦です。
でもやっぱりギャグ回です。