ヘタレが……orz
親切な事には定評のある魔神ヒエン・ヒ―エスによる、前回のおさらい。
(ここで場を盛り上げるべく拍手喝采、指笛も可)
食事中に謎の美女登場。
ヘタレが罵倒。
美女が勇者と判明。
という風に詳しく説明すると、三行。
より簡略に表すならば、
……死亡フラグ立てちゃいました、テヘリ。
★
バッ!! (ヘタレが立ち上がる音)
ガバッ!! (ヘタレが両手で頭をかばいながらその場にしゃがむ音)
ダッ!! (ヘタレがしゃがんだままテーブル下に逃げ込む音)
ゴツン!! (ヘタレが勢いつけ過ぎてテーブルの脚におでこを強打する音)
「――――ッ!!!」
ゴロゴロゴロ!!
あまりの痛みに悲鳴すら上げられず、テーブル下からヘタレが転がり出てきた。
これが自分の主君かと思うと、辞職願の書き方を思い出したくなるほど無様なのたうち回りようである。ある意味職人芸と呼べるかもしれない。転がりすぎてスカートがまくれ、パンチラ状態になってもこれではサービスシーンではなく単なるギャグである。
あとついでに突っ込んでおくと、それは地震時の緊急避難法であり、勇者遭遇時の対処法では断じてない。もっとも、俺達魔族にとって地震と勇者は『迷惑極まりない』という意味においては同類であり、違いがあるとすれば『天災』であるか『人災』であるかの差くらいである。
そんなこちらの大惨事に露ほどの興味も示さない騒ぎの元凶勇者イージスは、テーブルの上にあったベルを鳴らして給仕を呼ぶと「マンガ肉5人前」と注文した。マンガ肉ってなんだろう? まあ、とりあえず相手が怒っている風でもないし、安心した。
ひとまずこちらはリリア陛下を何とかしよう。
俺は一旦立ち上がると転がるリリア陛下を踏ん付けて「ちょ、ヒエン、貴様主君を足蹴に――」強打したらしいおでこを診察してみた。
「ふむ。怪我というほどではありませんが、少し腫れていますね」
何たる防御力の低さ。『打たれ強さ すぐに泣く』は伊達ではない。
「な、腫れておるじゃと!? 何とかせいヒエンよ! 妾の美貌の損失は全世界の魅力平均を下げるぞ!!」
妄言と切って捨てたいところだが、これはあながち間違いでもないので、俺は早速おでこの治療をすることにした。
だが、
「……どうしたものだか」
俺は使うべき回復魔法をどれにするべきか悩む。
そもそも回復魔法何て自動回復(特)のスキル持ちである俺には本来無用の長物。魔族の通う学校では必修科目だったので使うことはできるが……。
……この際一番効き目の強い奴にするか? いや、だが、新米冒険者がそんな高度な回復魔法を扱えるのは不自然か? だからと言って最弱魔法では完全に治るのか分からないし……。
「くううっ、どうしたヒエンよ。早くせぬか。泣くぞ、本気で泣くぞ。妾に泣かれて児童虐待の濡れ衣を着せられたくはなかろう」
リリア陛下に急かされて俺は仕方なく、二番目に弱い回復魔法を唱えることにした。
「モア・ヒール」
俺の両手から淡い緑の燐光が飛び出し、リリア陛下のおでこへと吸い込まれていく。
ものの数秒とたたずに腫れは引いた。
「うむ。痛みはどうやら去ったようじゃ。よくやったぞヒエン」
「お役にたてて何よりです」
一礼してから俺は陛下に座り直すよう勧めたが、結局テーブルの下に潜り込んでしまわれた。しかたなく自分だけ再び腰を下ろす。
「妾は空気。妾は影。妾は無――」
テーブル下からわけの分からない呪文じみた独り言が聞こえてくるが、この際突っ込んだら負けだと思うので放置。
「まあ、これで私も食事にありつけるというもの」
陛下のためにと取り分けていた肉を自分の元に取り寄せようと手を伸ばす。
そして、気づいた。
己に向けて、固定されている、
勇者イージスの視線に。
「……っ」
否、それは視線などと呼べるほど生易しいものではない。
圧力だ。
物理的な圧力をもつ勇者の眼光に、わずかながら平常心を乱される。
……何だ、どういうつもりだ? 今の今まで路傍の石以上にこちらに注意を向けていなかったというのに、何故急に……?
そうやって焦り始めた俺に声をかけてきたのは、しかし、勇者イージスではなくアイネだった。
「すごいですね、ヒエンさん。もう、九級の回復魔法を使えるんですか。ついこの間……十日ほど前でしたっけ? に冒険者になったばかりで、依頼もスライム退治ばかりを五件片づけただけなのに」
アイネの顔は興奮を示すように紅潮している。
「そ、そんなにすごいですかね? 回復魔法何て冒険者には必須でしょう?」
「ええ。ですが、他の初心者冒険者の方は十級の回復魔法しか、使えませんよ。初めの内は危険な仕事もそう多くありませんし、九級の魔法を覚えるのに時間を割くより、一つでも多くの依頼をこなそうとする方ばかりですし。まあ十級は簡単に覚えれても、九級を覚えるには半年はかかるって言いますから当然と言えば当然なんですけど」
やはり最弱を使っておくべきだったかと心の中で舌打ち一つ。
とにかく誤魔化さねばと口を開く。
「いえ、それにはちゃんと理由があるんですよ。私はリリア様が冒険者になると決意なされた折、リリア様のご両親からくれぐれも娘の身に万が一が起こらぬようにと頼まれましてね。回復魔法だけはしっかりと習得しておく必要があったんです」
我ながら上手い言い訳だと思う。
少なくとも、矛盾点などはない。
だから、アイネも納得したような表情を見せた。
だが――
「確かに」
――勇者イージスが、口を挟む。
「そう、確かに九級の回復魔法を使える理由として、貴様が口にしたのはもっともな理由だ」
「だ、だったら」
「だが……」
勇者イージスからの圧力が、増す。
「あれは九級の回復魔法の回復量ではない」
「――!!」
「え、ですがイージス様、九級ならおでこの腫れを引かせるくらい当然では?」
勇者イージスはアイネの疑問にふうっと息を吐いて答える。
「ああ、当然だろう。九級なら腫れ所か裂傷も治せる。だが、我は言っただろう。回復量が違うと」
「???」
「腫れは引いた。だが、この男の唱えた九級の回復魔法は恐らく、あのお嬢さんの怪我が単なる腫れ以上に酷くても……それこそ頭蓋骨陥没並みの骨折であったとしても瞬く間に治しただろうよ」
「え、そんな!! 九級で骨折を治すなんてことができるわけ……」
「出来るさ。回復量は術者の魔力値で大きく増減する。……魔力値が我ら勇者並みにあれば」
「勇者並み!? ステータスで言えば500以上ってことですか!?」
驚きに見開かれるアイネの瞳が俺に向けられる。
……ここで下手に嘘をつくのはまずいな。
変に疑われてサーチの呪文でもかけられたら厄介だ。
「え、ええ実はそれくらいはあるんです。昔から魔法だけは才能があるって言われてまして」
それくらいはある……嘘ではない。ただ500どころかその倍以上あるだけだ。
魔法の才能があると言われていた……嘘ではない。生まれつき魔族は人間の数倍魔法の扱いにたけている。
「そう、なんですか……すごいですね」
アイネはそう言ったきり呆けたように黙り込んでしまった。
受付嬢として多くの冒険者を知るが故に、俺の魔力の高さの異常性に対する驚きも大きいのだろう。
一方勇者イージスはというと、まだ何か言いたそうな目つきをしていた。
そんなイージスが口を開こうとした時、給仕がやってきた。
「お待たせしました。マンガ肉5人前です」
出鼻をくじかれたらしい勇者イージスは眉をしかめるが、食欲には勝てなかったのか、骨の部分を手に取り、紅を差せばさぞ男を惹きつけるであろう口を大きく開けて豪快に喰らいつき、嚙み千切る。
俺がほっと胸を撫で下ろすのもつかの間、
「貴様、名は?」
肉を咀嚼しながら、勇者イージスが問うてきた。
「さっき自己紹介はしましたよ」
「知らんな」
「……ちゃんと聞いておいてくださいよ」
「黙れ。我が『名は』と問うたら、それが一万回目の同じ問いでも、速やかに答えろ」
何て理不尽な、とは思うが荒波を立てたくないので名乗る。
「ヒエン・ヒ―エスと申します」
「ヒエンか。覚えておこう」
「わ、妾の名はリ――」
「黙れ。お前の名などどうでもよい」
テーブル下から陛下の号泣が聞こえてきた。
「我はイージス・フェンサー。この名は貴様の魂に刻み込んでおけ。たとえ記憶喪失で己の名を忘れても、この名だけは忘れるな」
「……了解しました、イージスさん」
「さん付けは馴れ馴れしい『様』を付けろ『様』を」
「イージス様……」
「良し」
勇者イージスはごく当たり前のように頷くと目の前の肉の山を片づけ始めた。
俺はやるせないため息をつくと、脱力感に抗えず、テーブルの下に潜りこんだ。
そこでは先客が半ベソをかいていたので、とりあえず肩を叩いて励ます。
そして、勇者に気付かれぬよう、互いの目だけだ会話する。
(これから一体どうしますか、陛下?)
(どうもこうもない。とっととこの『静柳亭』から逃げるのじゃ)
(逃げると言っても、ヘタに怪しまれたくはありませんし……逃げた場合のオチは何となく読めます)
(オチ?)
(ええ、つまり
リリア達は逃げ出した…………………………しかし、勇者に回り込まれてしまった!!
と、いうことです)
(むむむ、まあ妾たちが魔族だとばれぬ限りあ奴も特に何かをしてくるわけでもないか)
(そうですよ。陛下は何かされるどころか完全無視でしたしね。名乗りすら拒絶されて)
(……)
いかん、リリア陛下の両眼からしょっぱい水が大放出だ。
さて、どうしたものかと首をひねっていると、テーブルの上で動きがあった。
「そ、そういえばイージス様は何故この城塞都市クルシオンに? 普段は王都におられるはずでは?」
どうやらアイネが平常心を取り戻したようだ。
「……貴様は?」
「あ、申し遅れました。城塞都市クルシオンの冒険者ギルドで受付嬢をやっております、アイネです」
「ふん、名前などどうでも良いが……そうか、ギルドの関係者か。調度良い。今このクルシオンに腕利きの冒険者はどれくらいいる?」
「腕利きと申しますと、どの程度のレベルですか?」
「我と肩を並べるくらい……とは言わぬが、せめて足を引っ張らぬ程度だ」
「……勇者様の足を引っ張らないとなると、レベル60近くですか? 申し訳ありませんが……」
「いないか。無理もない。高レベルの冒険者は皆、大陸境やら秘境を中心に活動しているからな」
ふう、と落胆の吐息漏れる。
「あのう、何故クルシオンのような平和な地でそのような高レベル冒険者をお求めに?」
「……実はな、ここ最近暗黒大陸ディアナリアにおける魔族どもの活動が妙に活発でな色々と警戒が高まっていたので、ハイネ王が現地近くに冒険者を派遣した。そうしたらその冒険者たちが魔族たちの妙な魔法通信を傍受したのだ」
暗黒大陸ディアナリアという言葉に、俺とリリア陛下の耳がピクンと動く。
「その内容は……?」
「幾つかの単語を拾えた程度なのだが」
活動が活発になっているというのは恐らく、俺とリリア陛下の不在がばれて、混乱が起こっているのだろう。まあ、それでも心配するなという書置きはしておいたので大丈――
「何でも『陛下 駆け落ち 教育係 ロリコン 見敵即殺』らしい」
――駄目だ。俺の帰る場所がなくなった。
今度は俺の瞳から塩分過多のお水が止まらない。
リリア陛下が肩を叩いて慰めてくれるが、社会的抹殺を受けた傷は癒せそうにない。
「……それって、どういうことなんですかね?」
「分からぬ。奴らがこちらの傍受を警戒して暗号で通信を行っているというのが、国の上層部の判断だ。……だが、問題はそこではない。実は、その通信を傍受した直後、力ある魔族……魔神が数体、暗黒大陸ディアナリアから鋼鉄大陸ダリアへと渡ったのを冒険者たちが確認した」
陛下への捜索隊が出たのだろう。
……あるいは俺への抹殺部隊か。
「そ、そんな!! 魔神といえば、一体の戦闘力が、人間の国一国の軍事力に相当すると言われているんですよ!! それが複数体も!!」
その魔神がテーブル下でべそをかいているとは夢にも思うまい。
「ああ、そのうちの一体がどうやらこのハイネ王国に侵入したらしい。場所はここから半日ほど行ったところにあるダンジョンだ。我は今回その魔神の確認……出来ることなら討伐をハイネ王から依頼されたのだ」
危ないところだった。
その魔神が誰かは知らないが、そいつはきっとダンジョン内に身を潜めつつ、広範囲にわたる探索魔法を使おうとしているのだろう。
(こうなると、この街には長居は無用です、陛下)
(そうじゃな一刻も早く遠くへ逃げるぞ)
(ええ、まずはこの勇者から……)
上の二人にばれないよう、そおっと四つん這いになりながらテーブル下からの脱出を試みる俺と陛下。
フフフ、皆の者! 刮目せよ!! これが名高き魔王と魔神の雄姿である!!!
「そ、そんな一人で討伐何て出来る筈がありません」
「ああ、だから、もしここで使えそうな奴がいなかったら確認だけで済ますつもりだった」
「あ、だからさっき高レベル冒険者の事を……では、やはり確認だけして――」
「いや」
よし、とりあえずテーブル下からの脱出には成功だ。
後はこのまま店の外へと――
「やっぱり討伐することにした」
出る――
「何せ」
だけ――
ガシッ!!!! (何者かが俺と陛下の服の裾を掴む音)
「勇者並みの魔力の持ち主と、肉の壁が手に入ったのだからな」
勇者イージスのパーティーにヒエン(魔神)(勇者並みの魔力の持ち主)が新たに加わった。
勇者イージスのパーティーにリリア(魔王)(ヘタレという名の肉の壁)が新たに加わった。
俺とリリア陛下は orz のポーズで滂沱の涙を流した。
予想通り、オチはあったのだ。
勇者のパーティー入りを見事に果たした二人の運命はいかに!?