表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

ヘタレがOOと出会う

十万城塞都市クルシオン。


鋼鉄大陸ダリア有数のこの都市は陽が落ちても眠るということを知らない。


いや、それどころか局所的には陽が落ちてからが本領発揮の時とばかりに煌々とした明りで賑わいを見せている。具体的には花街(売春街)や酒場が軒を連ねる歓楽街である。


そして、俺とリリア陛下はそんな夜になって人通りが増した歓楽街を練り歩いていた。


ギルドの受付嬢、アイネとともに。


「ほら、あそこが例のお店です」


そう言ってアイネが指差したのは歓楽街の中心部にでんと構える料理店だった。酒場や食堂といった庶民的な店舗ではなく、それなりに値が張りそうな雰囲気が漂っており、出入りする人間の身なりも一目で上流かそれに近しい階級のものであると分かる。


品の良い看板には達筆な筆遣いで『静柳亭』と書かれていた。


『静柳亭』から流れ出てきた香辛料の香りが俺達の鼻腔をくすぐり、食欲をわきたたせる。


「ふむ。悪くはなさそうじゃの」


「ええ、そのようですね」


口で言うよりも満足げな表情のリリア陛下に私もほっと胸を撫で下ろした。



 

鋼鉄大陸ダリアに来てから常に俺の頭を悩ませていたのは、食事である。


食費が無い……わけではなかった。ダリアに行くと決めた際、歴代魔王陛下が人間どもから奪い貯えてきた金貨を持てる限り持ちだしてきたため、どれほどの贅沢をしようと一年は遊んで暮らせるのだから。


また、俺個人には何の問題もない。



問題はリリア陛下にあった。



……簡単に言ってしまえば、彼女の肥えた舌を満足させる料理に出会えなかったのだ。



たとえリリア陛下が史上まれにみるヘタレロリであろうが、彼女は魔王。


そう、常日頃から美食に慣れ親しんでいる『王族』なのだ。


冒険者用の携帯食糧は言うに及ばず、普通の酒場や食堂で出てくる料理は犬の餌扱い。俺が何とか探し出した有名料理店でさえ眉をひそめて「まあ、耐えられんほどではないのう」と嘆息される始末。本当の意味での最高級料理店ならばまだ可能性はあったのだが、そういった店は『最高』を保つために客を制限する傾向がある。ここに来てまだ日の浅い俺達では店内に足を踏み入れることすらできなかったのだ。


そういった諸々の事情を都合の悪い部分だけ省いてアイネに説明し、


「良い店を知りませんか?」


と尋ねたところ、


「あります! ありますありますあります!! ぜひ私にご案内させてください!!!」


やたらといき込んで頷かれたわけだ。


そして、現状に至る。




「あの『静柳亭』のオーナーは元々冒険者とし数々の秘境を回り、各地で財宝を集めると同時に様々な郷土料理を研究してこられた方なんです」


アイネの説明になるほど、と私は相槌を打った。


特に上流階級の出とも思えないアイネが『静柳亭』を知っていたのは冒険者繋がりが理由か。


「常連客の中には各界の有力者や著名人、腕ききの冒険者も多いらしいです」


まあ、別にそこら辺はどうでもいい。


「あ、あと、こう、年頃の男女二人組が逢引した日のラストを飾るのに向いてるって話です」


そこら辺はもっとどうでもいい。


「うぬぬ、そんなことどうでもよいから早く店に入るのじゃ!」


俺と同意見らしいリリア陛下の文句に「……本当にお邪魔虫さえいなければ最高のシチュエーションなのに……今からでも排除を」とか何とかアイネがぼそっと呟く。


不穏当な発言を聞き流すことに定評のある俺はただ黙って店へと足を踏み入れた。



                       ★



「美味じゃな」


至福の時ここに極まれり、といった表情で舌鼓を打つリリア陛下の前には野鳥の香草焼きが大皿に盛られていた。俺がせっせとそれを切り分けて肉を陛下の小皿に移しかえると、陛下は待ちきれないとばかりにフォークを刺して小さな口へと運ぶ。この繰り返しである。


不満はない。これは教育係というより、臣下として当然の務めである。


だから、不満はな――


「まことに美味じゃ。ヒエン、何をとろとろしておる。早く切り分けろ」


――くとも、殺意がわき出てくる。


グルルと俺の腹の虫が遺憾の意を表明するが、陛下には黙殺された。


「あ、あの、私が代わりましょうか?」


場の空気を読んだらしいアイネがそう申し出てくれたが、流石にそういうわけにもいかないだろうと作業を続行する。


『静柳亭』の店内はほぼ満席のようだが、込み入っているという印象は受けない。


それぞれの円形テーブルが十分な距離を置いて配置されているからだろう。


店の奥の左隅で食事をとっている俺達からは良く見えないが、店の中央には高さ三十センチほどの円形ステージが設置されており、ピアノとヴァイオリンの穏やかな二重奏が聞こえてくる。


アイネの言っていた通り、逢引のラストを飾るにはぴったりのようだ。


……少なくとも子守りをするような場所ではない。


やるせない想いを抱く俺を他所に、リリア陛下は鼻歌を歌いださんばかりの上機嫌だ。


そこに水を差したのは、年若い女性の給仕だ。


「申し訳ありませんがお客様。相席をお願いできませんか」


相席?


意味が分からないわけではないが、首をひねらざる負えない。


場末の食堂ならともかく、このランクの店で相席を頼まれるとは思ってもみなかったのだ。


店側が相席を断れないほどの大物ということだろうか?


「失礼ですが、お客さま方は冒険者の方々ですよね?」


一人はギルドの職員だが、おおむね間違っていないので頷く。


「お相手も……その……『一応』冒険者の方でして……」


俺達に相席を頼む理由は分かったが、何やら言葉を濁そうとする給仕に不審を覚えて断りの言葉を入れようとした俺だったが、


「ふむ、普段の妾ならば絶対にお断りじゃが、今日はこの店の料理で気分がよい故、許す」


勝手に陛下が承諾してしまった。


ほっとしたらしい給仕が相席の客を呼びに行く。


俺は眉間にできたしわをもみほぐした。


「リリア様。あまり短絡的に物事を決めるのはおやめください」


「良いではないかヒエンよ。聞けば相手も冒険者のようじゃし、何かしら面白い話や教訓となるような体験談を聞けるかも知れんぞ」


まあそう言われるとこちらもあまり強くは反論できない。


そもそもあらゆることの最終決定権はリリア陛下にあるのだから。


「さてさて、一体どんな冒険者が来るのやら……こんな店にくるのですから最低限の常識とマナーは持ち合わせておいてほしいですが」


俺の呟きに相槌をうちかけたアイネだったがしかし、


「……え…嘘……」


という言葉を最後に絶句する。


彼女の視線をたどった先には、こちらに向かってくる先ほどの給仕ともう一人。相席を頼んできたらしい客の姿があるだけだった。


その客は、どうやら女らしい。


どうやら、と表現せねばならないのは、その客が体形を不明瞭にさせるいかにも重厚なフルプレートアーマーを着込んでいたからだ。


あのような無粋な格好でよく入店を断られなかったなと、逆に感心してしまう。


近づいて来るにつれ相手の顔つきがはっきりとしてくる。女で間違いはなかったらしい。


いや、それどころか


「ほほう、武骨な格好に反してなかなか見れる面ではないか」


自分にはダダ甘で、他人には極めて評価の辛いリリア陛下が認めるほどの持ち主だった。


濃紺の髪こそ適当な長さで切り散らかしているように見えるが、肌の抜けるような白さやきめの細かさといい、深緑の瞳を際立たせるまつ毛の長さといい、人が持ちえる美貌の域を超えているのではないだろうか?


あえて欠点をあげるならば瞳に宿る意思が『強すぎる』ところだろう。あれでは歴戦の猛者ですら気圧されてしまい、どれだけの美貌を備えていようと、近づく男は皆無だろう。


年の頃は二十歳前後といったところのその美女は「それでは、ごゆっくり」と頭を下げて去っていく給仕に軽く頷くと、頭を下げるでもなく胸を張ったまま堂々と口を開いた。









「我との同席の栄誉にあずかれたこと、子々孫々まで誇るがいい」











電波女がやってきた!?


似合っていると言えば似合いすぎているセリフに呆気にとられているこちらの事などもはや眼中に無いのか、俺の真正面に当たる椅子に腰を下ろした傲慢な美女はメニューを広げた。


「こ、こ奴妾より偉そうじゃのう」


「自分が偉そうにしている自覚はあったんですね……」


このまま互いに不干渉で食事を続けることも出来ないではないが、こんな重苦しい空気の中で食べる食事が美味いのかは微妙である。


ゆえに、俺はこちらか歩み寄ることにした。


なあに、フレンドリーな態度で接すれば相手だって、多少は心の扉を開いてくれるさ。





「私の名前はヒエンと申します」


「わ、妾はリリアじゃ」


「そうか……」


「……」


「……」


「……」




どうやら心の扉には南京錠がかかっているらしい。


相手の自己紹介ターンは無し。


イエーイ、ずっと俺様のターン!! 


……なんて喜んでいる場合ではない。


こうなったら強引に攻めよう。


鍵が開かないなら扉ごとブチ壊せばいい!!




「えっと、お名前は?」


「名乗るほどでもない」




駄目だ。


鍵がかかっているだけではなく、扉自体の硬度が城門並だ。


誰か破城槌を持ってないかい? 


持ってない。なら無理だわ。


もはや相手の自己紹介を諦めた俺だが、リリア陛下は不満らしく頬を膨れさせる。


「ふん、何じゃそのすかした態度は。自分を何様だと思っておるのじゃ」


「……」


相手はやはり無反応。


それでもリリア陛下はめげずに悪態をつき続けた。


やれ常識知らずだ、鎧の趣味が悪いだ、目つきが気に入らないだ、と。


思いつく限りの罵詈雑言を並びたてた結果、






ペラリ





謎の美女はメニューのページをめくった。


そして――



「……イージス」




最初はとうとう根負けした美女が名乗ったかと思った。


だが違う。


イージスとつぶやいたのは、ここまで呆然と固まっていたアイネだった。


アイネはここにきてようやく、正気を取り戻したらしい。


ごくりと唾を飲み干す音が俺の耳を打つ。


「なんじゃ、この無礼極まりないクソ女の事を知っておるのか?」


リリア陛下の忌々しそうな問いに、


「はい、存じています」


顔面蒼白のアイネは声を震わせ、


「こちらの方のお名前はイージス・フェンサー……」


答える。


















「ハイネ王国所属の冒険者にして、世界に十一人しかいない、本物の『勇者様』です」






















リリア陛下の死亡フラグが立った瞬間である。










はい、新キャラの勇者イージス登場。


リリアの冒険の目的が『勇者の事をよく知る為』であったことをとりあえず読者の皆様に思い出しておいていただこう。


次回はまあ、だいたいリリア陛下のヘタレッぷりで半分埋まるかな?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ