ヘタレがとりあえず冒険者になられた
今回は魅力無双?
ヴィリエスタには主に五つの大陸がある。
神々の住まう神聖大陸フィファナ。
魔族が蔓延る暗黒大陸ディアナリア。
精霊達が踊る幻想大陸ニンヴィス。
人が統治する鋼鉄大陸ダリア。
亜人が彷徨う荒砂大陸ブダング。
そんな五大陸の内の一つで、もっとも大陸面積の広い鋼鉄大陸ダリアの最北端に一つの都市があった。
北方の雄、ハイネ王国に属する十万城塞都市クルシオンである。
そして、東西南北四つの城門があるクルシオンの北門から続く大通りの一画に居を構える冒険者ギルドの扉が今、開かれようとしていた……。
★
総人口が千人で町、一万人で都市と呼ばれることになるこのダリア大陸において、総人口が十万を軽く超えていると謳われているクルシオンは、まぎれもなく大都会である。
ハイネ王国の王都ビリジオンには流石に遠く及ばないが、貿易港を持つ衛星都市を数多く抱えるクルシオンは交通の要衝で、朝の開門から夕方の閉門まで荷馬車の行き来が絶えることを知らない。
そんなクルシオンであるからこそ当然揉め事やら厄介事も後を絶たず、その解決に奔走する冒険者ギルドは連日連夜、冒険者や依頼主の波でごった返していた。
「ああぁ……疲れた」
そうぼやいたのは、冒険者ギルドの三番受付担当の受付嬢アイネであった。
歳は十代半ば、人目を引く鮮やかな青髪を持つ彼女はぐてえっと受付カウンターに突っ伏した。
澄ましていればギルド内一と評判の美貌が三割減である。
「ちょっと、しっかりしなさいよ。昼の休憩までもう少しなんだから」
隣の四番受付から先輩受付嬢の叱責が飛んでくるがアイネは「だってえ……」と唇を尖らせた。
今日のギルドの忙しさはアイネが経験したことがないものであったのだ。アイネ一人でも、受けた依頼数が五十を超え、ほぼそれと同数の依頼を冒険者へと仲介し、三人の冒険者を新規登録させることとなった。ギルド内で七つ設置された受付すべてが同じ状況だった故に先輩たちに助けを求めることもできずの孤軍奮闘。
ようやくそれらを全て捌き切り、受付前から人が消えたのだからこのくらいのだらけは許してほしいとアイネは思った。
「せんぱ~い。私先に休憩入ってもいいですか?」
「殺すわよ(笑)」
駄目だ。この人の目はマジだ。
本気と書かず必殺と書いて、マジと読むタイプ。
アイネはビシリと背筋を伸ばして、姿勢を正す。
先輩は自分のような事務方専門採用ではなく、冒険者あがりの荒事処理要員なので腕力という名の交渉武器を振りかざされたらひとたまりもない。
アイネは思う。
職業選択を誤った、と。
素直に実家の武器屋を手伝っていればよかった、と。
きっと私はこのまま仕事に忙殺されて先輩達みたいな行き遅れになってしまうのだ、と。
アイネがそう思い、悩み、後悔し、凹んだまさにその時!
――ギルドの扉が開かれて、彼らが姿を現したのだ!
「「「「「――――――ッ!」」」」」
アイネを含め、ギルド内にいた全ての人間が同時に息を呑む。
入ってきたのは二人。
一人は男。もう一人は女。
詳しく述べるなら一人は青年、もう一人はしょう……幼女。
あえて言葉を付け足すなら……美。そう、美である。美青年と、美幼女だ。
ギルド内の視線はいったんその二人組に集中し、すぐに二つに分かたれた。
美青年に向けられるのは女性達の視線(一部汗臭いマッチョ)。
美幼女に向けられるのは男性達の視線(一部と言わず全部犯罪臭い)。
無論、アイネが視線を向けたのは美青年の方である。
「ゴクリ」
思わず生唾を飲んでしまったが、きっとそんな自分を誰も笑えはしないだろう。そうアイネに確信させるだけの美しさを青年は持っていた。
何よりも印象的なのは、黒という有り触れた色に気品を足し、華やかさを掛け合わせたような髪と瞳の輝きであろう。
特に、肩口で切りそろえた髪からのぞくややとがり気味ながらも形の良い耳と、すうっと通った鼻梁の調和ぶりはとても人間とは思えない。あるいは神聖大陸フィファナの神々ですら及ばないのではないか。
もし彼の小ぶりな口が微笑みでもしたら、世の大半の女性は魂を抜かれるかもしれない。いや絶対に抜かれる。
一瞬どころか十秒ほどは見惚れていたアイネだったが、あまり見つめすぎていては相手に不快感を与えかねないと、見るべき対象を青年の横で偉そうに腕組をして立つ幼女へと変更した。
変更して、
「……」
絶句する。
絶句すると同時に神様に殺意を抱く。
あまりにも世の中が不公平である、と。
その幼女の美しさはどう考えても『美しい』の枠に収まり切りそうにない。彼女という存在を賛美するためだけに新たな表現方法の百や二百、生み出されても不自然ではないだろう。
腰まで伸びる紅い髪は万物の心を鷲掴み、爛々と輝く黄金の瞳は見詰めた相手の脳を直接愛撫する。ほっそりとした手足と腰は老若男女を問わず保護欲を掻き立てた。
胸のふくらみこそ残念な感じではあるが、それも歳とともに成長するであろうし、もししなかったとしても彼女の魅力はその欠点を『貧乳はステータス』という言葉とともに塗りつぶすはずだ。
時間にしておよそ三十秒、ギルド内に不自然な沈黙が舞い降りていた。
そしてその沈黙を打ち破ったのは、腕組を解いた美幼女であった。
「で、妾たちはこれからどうすればよいのじゃ、ヒエンよ」
「はい、まずは受付で詳しい話を聞くべきでしょう。リリアへい……リリア様」
顔が美しい人間は声まで美しい。
そんな新たな世界の真理を生み出しかねない二人の美声に酔いしれていたアイネは「……はっ!」と正気を取り戻す。
『受付で詳しい話を聞く』
このフレーズの意味を頭が理解したのだ。
さっと視線を左右に走らせると、アイネの三番受付以外は人がいる……って同じことに気付いた同僚の受付嬢たちが目の前の障害物を片づけるべく高速で仕事を処理し始めた! 馬鹿な! 疲弊しきっていた彼女たちのどこにそんな余力が残っていたのだ!
まずい! このままでは美青年との会話というチャンスを奪われる!
四番受付の先輩なんか目の前のゴミを自前の剣で物理的に排除し始めてるし!
え? お昼休憩? そんなもの要りませんよ先輩!
こみ上げる焦燥感にアイネは思わず立ち上がり、表通りまで響き渡るであろう大声で叫んだ!
「ここ空いてます!!」
耳を塞ぎかけた美青年と美幼女だったが、互いに顔を見合わせた後ゆっくりとこちらに足を向けてきた。
アイネの人生勝ち組参入が決定した瞬間である。
★
「ですので、そちらのお嬢様が目指す勇者になるにはまず冒険者登録をしていただいて、その後、このダリア大陸全土に散らばっている冒険者ギルドを介して様々な依頼を達成することにより得られるギルドポイントを一定数値以上貯めていただく必要があるのです。また、数値を貯めたからといって必ずしも勇者になれるわけでなく、勇者として認定していただく各国々が出す特別ミッションをクリアしていただくことになります。ここまでで何かご質問は?」
「うむ、無いぞ。要は妾の偉大さを愚民どもに知らしめればよいのであろう」
目の前のアイネとかいう受付嬢の説明と、リリア陛下の大言壮語を聞き流しながら、俺は周囲への警戒を続けた。
何せここは人間達が統治する鋼鉄大陸ダリア、俺達魔族からすれば敵地のど真ん中なのだから。どれだけ警戒を密にし過ぎても十分とは言い切れない。
現に先ほどから……いや、この街に入った瞬間から俺たちは異常なまでの注目を集めている。
何がまずかったのだろう?
服装か? いや、黒を基調としたリリア陛下のドレスは人間達が貴族と呼ぶ連中の屋敷から俺が盗み出したものだし、俺が着ている赤地に黒で縁取ったズボンと上着、白シャツはダリア大陸に流通しているものだ。不自然な点はない。
やはり立ち居振る舞いであろうか?
リリア陛下のヘタレッぷりゲフンゴホンっ……少々マイナスな個性が諸々の動作から読み取られたのかもしれない。
そこから魔族とばれることはなかろうが、多少不審に思われたのだろう、このギルドに入ってすぐにアイネがリリア陛下に向けた視線には殺気に似た負の感情がこもってもいたようだし……。
一人で俺が納得していると、アイネが何やら見慣れぬ球体を取り出し受付カウンターに置いた。
「では、リリアさんに……その、えっとヒエン……様」
「む、お主なぜヒエンだけ様付け――」
「こちらのサーチボールを握ってください」
リリア陛下の文句を黙殺しつつ、俺は前の前に置かれた握りこぶしほどの球体を観察する。
「サーチボールですか?」
「はい、これにはサーチの呪文が付加されていますので、握った人の能力値や特性が判明します。案外自分でも知らなかった才能とかが分かることもあって楽しいですよ。ちなみにレベルは皆さま初めて握った時点では例外なく1と表記されますので落ち込まないでくださいね。……あ、それとこれをどうぞ。冒険者カードです」
「冒険者カード?」
受け取ったカードは白紙で、裏も確認したが何も書かれていなかった。
「サーチボールで判明した情報は個人情報保護のためこちらに直接転送されるようになっていますのでご確認ください。また、この冒険者カードは身分証明書としてだけでなく、達成した任務なども自動で記載されますので履歴書代わりにもなります。基本的にそれらの情報は持ち主の許可がなければ閲覧できませんのでご安心を」
なるほど、理解した。
とにかく、これを握ればいいんだな。
「ヒ、ヒヒヒヒヒエンよっ、先陣は貴様に譲るぞ。ありがたく思え」
なるほど、再確認した。リリア陛下はヘタレだ、と。
とにかく、俺はサーチボールを握ることにした。
握った瞬間軽く光ったがそれだけ。
特に体に異常が現れることもなかった。
「で、どうじゃヒエン?」
「少々お待ちを……冒険者カードとやらに情報が転送されたようですので確認してみましょう」
「うむ」
リリア陛下と一緒にアイネまで覗きこもうとしてきたが、さすがにそちらはブロックした。
ヒエン・ヒ―エス
ギルドランクG
次のギルドランクまで100ポイント
レベル 1
次のレベルまで100経験値
HP 9999
MP 9999
筋力 999
魔力 999
物理防御 999
精神防御 999
敏捷 999
器用さ 999
幸運 4
潜在能力 340
特性 教育者・自動回復(特)・不運体質・闇(吸)・光(半減)・他属性(無効)・女たらし・
BL(受け)
「ぶはっ!」
噴出したのはリリア陛下である。
俺は突込みどころがありすぎる情報に声も出ない。
「幸運4……ぷっ……おまけに不運体質の女たらし」
何笑ってんのこのクソガキ?
俺の不運の原因の大半が自分だって理解してる?
HPの9999や筋力の999はサーチ能力の限界なのだろうがそれより特性欄の最後は……駄目だ!これをアイネに尋ねたら何かが失われる気がする。俺の中の大切な何かが。
「あ、あのヒエン様、あまりお気になさらないでくださいね。初期値はHP・MPが100、残りが大体10前後が平均ですし、幸運が4という方もたまにはいます。それに潜在能力が10くらいあれば、レベルアップごとにそれぞれの項目が1ずつくらい増えますから……」
アイネ……何て良い娘なんだ。人間にしておくのはもったいない。事がすべて終わったらお持ち帰りしよう。
「ちっ、つまらんのう。永遠に不幸であればよいのに」
それに比べてこのヘタレは……いっそこの大陸に捨ててくか。
「では、いよいよ真内の出番じゃな」
リリア陛下の手の中でサーチボールが軽く光り、情報が転送される。
「ふふふ、ヒエンも見て驚くなよ。妾の秘めたる力の……おお……きさ……を……」
尻すぼみになっていく陛下の声に不審を覚え、とりあえず彼女の手元のカードをのぞき見た。
リリア・ヴァンクロウゼン
ギルドランクG
次のギルドランクまで100ポイント
レベル1
次のレベルまで100経験値
生活能力 皆無
MP 9999
腕っ節 お箸くらいしか持てない
魔力 999
打たれ強さ すぐに泣く
我慢強さ 即凹む
かけっこ 遅い
編み物 出来ない
宝くじ たまに7等くらいが当たる
潜在能力 無駄にある(スリーサイズ以外)
特性 ヘタレ
「ぶはっ!」
噴出したのは俺である。
そして、脳の情報処理機能が回復し始めたらしいリリア陛下がワナワナと震えだす。
「む、無効じゃ! このような結果があり得るわけがない! ほとんどのステータスが単なる悪口ではないか! 特に何じゃこの潜在能力は! 無駄とか言うな! 妾のスリーサイズは絶望的かコラ!」
突如喚きだしたリリア陛下。
「妾はやり直しを要求する」
「駄目ですよリリアさん。身長が一日二日で伸びないように、ステータスもそうそう簡単に伸びません」
そう言ってアイネはサーチボールを片づけながら、さらに一言付け加える
「大丈夫ですよ、貧乳はちゃんとした『ステータス』ですから」
「殺す! この雌豚は魔界軍全総力をもって、妾が陣頭指揮を取ってでもころ――は、放せヒエン! 奴だけは! あのにっくき巨乳予備軍にせめて一太刀! 武士の情けじゃああああああああああ!」
紆余曲折ありつつも、何とか我が親愛なる魔王陛下は勇者への道を踏み出されたのであった。
めでたしめでたし。
次回は武力無双?