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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

あくまのこ

作者: 夜鬼 帳
掲載日:2026/09/05

挿絵(By みてみん)


 むかし、森のそばの小さな村に、ひとりの女の子が住んでいました。


 女の子は、森へ行くのが好きでした。


 村のまわりには、深い森がありました。村の人たちは、森の(おく)まで入ってはいけないと言っていました。大きなけものがいるからです。


 ある日の昼すぎ、女の子は森の中で木苺(きいちご)を探していました。赤い実のなっている(えだ)を見つけて、もう少しだけ(おく)へ、もう少しだけ向こうへと歩いていきました。


 すると、木々のあいだに、黒いものがありました。


 はじめは、大きな(いわ)だと思いました。けれど(いわ)には耳がありません。黒いものには、とがった耳が二つありました。それから、長い鼻がありました。黒い毛におおわれた、大きなけものでした。


 けものは、女の子よりずっと大きく、村の荷車(にぐるま)よりも大きそうでした。(あし)は六本ありました。頭からは、古い木の(えだ)のような(つの)が、何本も伸びていました。


 けものも女の子を見ていました。


 女の子は、そっと手を振りました。


「こんにちは」


 けものは答えませんでした。


 女の子は、木苺(きいちご)の入ったかごを持ち直しました。


「わたし、もう帰るね」


 けものは、やはり答えませんでした。


      *


 次の日、女の子は、また森へ行きました。


 昨日より少しだけ大きなかごを持っていきました。中には、朝のパンを半分と、りんごを一つ入れてありました。


 けものは、昨日と同じ場所にいました。


「またいた」


 女の子が言うと、けものは片方の耳を動かしました。


 女の子は、少し離れたところに座りました。パンをちぎって食べました。


 けものが前脚(まえあし)を動かすと、枯れ枝(かれえだ)がぱきんと折れました。


 女の子の手が一度だけ止まりました。


「りんご、食べる?」


 女の子は、かごからりんごを取り出し、けものの前に置きました。


 けものは長い鼻先(はなさき)を近づけ、りんごのにおいを()ぎました。けれど食べませんでした。鼻先(はなさき)で、そっと女の子のほうへ押し戻しました。


「いらないの?」


 女の子は笑いました。


 すると、けものの(つの)のいちばん下に、小さな白い花が一輪(いちりん)()きました。


「花が()いた!」


 女の子は、もっと近くへ行きました。けものは逃げませんでした。女の子は、そっと手を伸ばしました。指が黒い毛にふれました。


 毛は、思っていたよりずっと(やわ)らかく、あたたかいものでした。


      *


 それから女の子は、毎日のように森へ通いました。


 晴れの日も、(くも)りの日も、少しくらい雨が降っている日も、女の子は森へ行きました。


 けものは、いつも森のどこかで待っていました。女の子が呼ぶと、とがった耳を立て、木々の向こうから出てきました。


 けものは身体(からだ)を低くして、女の子が乗りやすいようにしました。女の子が背中(せなか)に乗って毛をつかむと、六本の(あし)で走り出しました。


 川を飛びこえました。(おか)を登りました。木苺(きいちご)(しげ)みを見つけると、けものはその前で止まりました。


 雨の日には、けものは大きな身体(からだ)をかがめました。女の子は、その下に入って雨をよけました。黒い毛の屋根(やね)から、雨のしずくがぽたぽた落ちました。


「おうちみたい」


 女の子が言うと、けものの(つの)に花が()きました。


 疲れた日には、女の子はけものの大きなしっぽに(つつ)まれて(ねむ)りました。しっぽは女の子の毛布(もうふ)よりずっと大きく、あたたかいものでした。


 女の子が(ねむ)っているあいだ、けものはずっとそばにいました。


 女の子が笑うたび、けものの(つの)には花が増えました。女の子は、(つの)()く花を数えるのが好きでした。


 ふたりは、とても仲良しになりました。


      *


 けれど、あるころから、けものの様子(ようす)が少し変わりました。


 女の子が森へ来ると、けものはまず、女の子の(かみ)のにおいを()ぐようになりました。次に服を()ぎました。手も、(うで)も、鼻先(はなさき)でたしかめました。


「くすぐったいよ」


 女の子は笑いました。


 けものは、長い鼻先(はなさき)を女の子の手の甲(てのこう)につけていました。


 夕方になると、けものは前より早く、村のほうを見るようになりました。


 女の子が帰ろうとすると、細い道の前に立つこともありました。


「どいて。暗くなる前に帰らないと、しかられるよ」


 けものは動きませんでした。


「どうしたの?」


 けものは、女の子を見ました。それから、村のほうを見ました。


 女の子には、何のことだかわかりませんでした。


「また明日ね」


 女の子が言うと、けものはようやく道をあけました。


 女の子が見えなくなってからも、けものは村へ続く道を見ていました。


      *


 その夜、月が出ていました。


 明るい夜でした。


 女の子は、ふと目を覚ましました。(まど)の外が白く光っていたからです。


 (ゆか)には、(たお)れた椅子(いす)がありました。(ゆか)の上で、割れた食器(しょっき)が月の光で白く(かがや)いていました。


 (まど)の向こうに、けものが立っていました。


 大きな(つの)には、これまででいちばんたくさんの花が()いていました。


 女の子は、急いで外へ出ました。


「どうしたの?」


 けものは答えませんでした。


 けものが鼻先(はなさき)を女の子の(ほお)につけると、女の子は少しだけ身を引きました。


「そこ、いたいよ」


 けものは鼻先(はなさき)を離しました。


 けものは女の子の前で背中(せなか)を向けました。数歩(すうほ)だけ歩き、振り返りました。


 女の子は、けものの背中(せなか)に乗りました。


「朝までに帰れる?」


 けものは何も答えませんでした。


 六本の(あし)が、(しず)かに歩きはじめました。庭を出ると、けものは走りました。


 月の下を、森へ向かって走りました。


 走るたび、(つの)の花がこぼれました。白い花も、黄色い花も、青い花も、夜の道に落ちていきました。


 女の子は、後ろへ飛んでいく花を見ていました。


「お花、いっぱい()いてるね」


 けものは、もっと速く走りました。


      *


 次の朝、村人が狩人(かりゅうど)を呼びに来ました。


 狩人(かりゅうど)は、何日か前から村に滞在(たいざい)していました。村の人たちに、森のけものを(たお)してほしいと(たの)まれていたのです。


 村人は、女の子がいなくなったと言いました。狩人(かりゅうど)が連れられて行くと、家の前にはたくさんの花が落ちていました。


 狩人(かりゅうど)は花を一つ拾いました。花は、村の外へ、森のほうへ続いていました。


 狩人(かりゅうど)は弓を持ち、花のあとを追いました。


      *


 そのころ、女の子はけものの背中(せなか)に乗っていました。


 夜が明けても、けものは走りつづけました。森の深いところへ、深いところへと進みました。


 やがて、けものは小川(おがわ)のそばで止まりました。女の子を背中(せなか)から下ろすと、水のきれいなところへ鼻先(はなさき)を向けました。


 女の子が水を飲んでいると、けものはまた、女の子の(かみ)と服のにおいを()ぎました。


「心配なの?」


 女の子が聞きました。


 けものは答えませんでした。ただ、女の子の肩に鼻先(はなさき)をふれました。


 女の子が小川(おがわ)のそばで休んでいるうちに、狩人(かりゅうど)が追いつきました。


 けもののそばに、女の子がいました。女の子の(うで)や顔には、いくつも(きず)がありました。


 狩人(かりゅうど)が弓を持って木々のあいだから出てくると、けものは女の子の前に立ちました。


「もう大丈夫だ」


 狩人(かりゅうど)は女の子に言いました。


「こっちへ来なさい」


 女の子は、けものの毛をつかみました。


「ちがうよ」


 狩人(かりゅうど)には、その言葉の意味がわかりませんでした。


「心配しなくていい。助けに来たんだ」


 狩人(かりゅうど)が一歩近づくと、けものは低く(うな)りました。女の子は、その後ろにいました。


 狩人(かりゅうど)が弓を(かま)えると、けものは地面を()って飛びかかりました。狩人(かりゅうど)は受け止めようとしましたが、大きな前脚(まえあし)に押し(たお)されてしまいました。


 けものは、それ以上追いませんでした。女の子のところへ戻り、身体(からだ)を低くしました。女の子は黒い毛をつかんで背中(せなか)に乗りました。


 狩人(かりゅうど)が起き上がったときには、けものはもう走り出していました。


 狩人(かりゅうど)片膝(かたひざ)をつき、()をつがえました。女の子の身体(からだ)から離れた、けもののわき腹をねらいました。


 一本の()()さりました。けものの身体(からだ)が大きく()れ、女の子は毛にしがみつきました。それでも、六本の(あし)は止まりませんでした。


 狩人(かりゅうど)も追いかけましたが、けものは木々の向こうへ遠ざかっていきました。


 やがて足音(あしおと)も聞こえなくなりました。女の子が振り返っても、狩人(かりゅうど)の姿はどこにもありませんでした。


「逃げられたね」


 けものは川を渡り、もう一つ(おか)()えました。


 けれど、しばらくすると走る速さが落ちました。


「疲れたの?」


 けものは答えませんでした。


 ()には、ゆっくりと効く(どく)()られていたのです。


 六本の(あし)が、何度ももつれました。女の子は背中(せなか)から下り、けものの横を歩きました。


 やがて、けものは歩けなくなりました。そして、地面に(たお)れました。


 女の子は、急いで頭のそばへ行きました。


 けものの身体(からだ)には、()()さっていました。


「これ、痛い?」


 女の子は()を抜こうとしました。でも、()はびくともしませんでした。


 女の子は()から手を離し、黒い毛を何度もなでました。けものの(むね)は、ゆっくりと上下していました。


 (つの)()いていた花が、一つ落ちました。


 次の花も落ちました。


 白い花も、黄色い花も、青い花も、ゆっくりとしおれていきました。


 女の子は、けものの大きな頭を(かか)えました。


「少し寝たら、また行こうね」



 けものは、女の子の手に鼻先(はなさき)をふれました。



 それから、もう動きませんでした。


 女の子は頭を(かか)えたまま、けものが目を覚ますのを待ちました。黒い毛は、まだあたたかいままでした。


 何度なでても、鼻先(はなさき)が手にふれることはありませんでした。



 しばらくして、狩人(かりゅうど)が追いつきました。


 死んだけものと、生きている女の子を見つけました。


 狩人(かりゅうど)は、間に合ったのだと思いました。


 女の子は、けもののそばを離れませんでした。狩人(かりゅうど)が手を出すと、女の子はけものの毛に顔をうずめました。


「帰ろう」


 狩人(かりゅうど)は言いました。


「村へ帰れば、もう大丈夫だ」


 女の子は返事をしませんでした。


 狩人(かりゅうど)は女の子を背負(せお)いました。女の子は狩人(かりゅうど)背中(せなか)で、ずっと森のほうを見ていました。



 村へ戻ると、大きな(うたげ)が開かれました。


 酒が出ました。肉の煮込(にこ)みが大鍋(おおなべ)でつくられ、パンがたくさん並びました。村の人たちは狩人(かりゅうど)の背を(たた)き、よくやったと言いました。


「あれだけの毛皮(けがわ)なら、町の商人(しょうにん)がいい値をつける」


(つの)はどうする。祭りの(かざ)りにもなる」


 村の人たちは、楽しそうに話しました。


 女の子は、(うたげ)(はし)に座っていました。


 年を取った女が、女の子の前にパンを置きました。


(こわ)かっただろう」


 女はそう言いましたが、女の子が何も答えないうちに、ほかの女たちの話へ戻りました。


 狩人(かりゅうど)には、女の子が無事(ぶじ)に帰ってきたことを、村のみんなが喜んでいるように見えました。


 狩人(かりゅうど)は、出された酒を飲みました。おいしい料理を食べました。


「いいことをした」



 狩人(かりゅうど)は、そう思いました。


 その夜、狩人(かりゅうど)(あたた)かな寝床(ねどこ)(ねむ)りました。



 翌朝(よくあさ)狩人(かりゅうど)が宿を出ると、通りの向こうに人だかりができていました。


 何事かと思って近づきました。


 村の人たちは女の子の家の前に集まっていました。


 人々の(あし)のあいだから、小さな手が見えました。


 昨日、自分が村へ連れて帰った女の子の手でした。


 その身体(からだ)には、自分が連れて帰ったときよりも、たくさんの(きず)がついていました。


 血溜まり(ちだまり)は黒く、黒く、大地(だいち)()み込んでいきました。








 むかし、ある村に、ひとりの女の子が住んでいました。


 名前は——


 いいえ。名前は、べつに知らなくてもかまいません。


 村の人たちは、女の子を名前では呼ばなかったからです。


「あくまのこ」


 みんな、そう呼んでいました。


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