第一話
CASE1/記憶機能の変化/北本大樹
羽沢良(同級生) 2025年9月4日
北本について?
うーん、いやすいません。俺、一年は同じクラスだったんすけど、いまは違うんすよね。だから、聞いた話しかないというか。
まあ、でもほんとにニュースで言われてることになっちゃうんすけど。世界史のテストのときに突然……ああなっちゃた、みたいな。
一年生のときの印象? いや、普通の野球部って感じでしたよ。勉強はちょっと苦手な感じで。
うーん……ちょっと覚えてるのは、クラスで成績良いやつに対しての当たりがちょっと強かった、気がしますね。
別に変なことしてないのに、無性にキレてたり。なんか無理にキレにいってるみたいな。そういう感情があったんですかね。本人から聞いたわけじゃないんですけど。
でも、それも気にならない程度で、基本的には気の良いやつだったんで、あんなことになるのはちょっと意外でしたね。何か溜め込んでいるものがあったみたいな、そんな感じだったんですかね。
あ、あとすいません。一応言い忘れてたんですけど。
同じ部活の久瀬ってやつと、雑談の中で出てきた話なんで、話半分で聞いてほしいっていうか……。
北本って、最近急に成績が良くなって、学年でもトップクラスになったみたいな。
いや、ウチの学校って一度落ちこぼれた人は、基本的にそのままというか、まあ学業以外を頑張るよねって感じなんです。
だから、あの北本が学年トップって結構やばいことで。
久瀬に話を聞きたい?
すいません。久瀬は体調崩しちゃってちょっと休んでます。
まあ、そりゃそうですよ。目の前であんなことが起きたんですから。俺だったら学校辞めてもおかしくないですよ。
倉永徹(同級生) 2025年9月4日
はい、北本は同じ部活です。あ、野球部です。見たら分かりますかね。
夏休み中も練習はかなりありました。
妙な行動ですか?
うーん。
ちょっと品のない話なんですけど。練習の休憩中にみんなで他の女子の練習を見に言ったりするんですよ。こっそりですよ、バレないように。
それで、その日も体育館の小窓からこっそり覗いてたら、家でも見れたらいいよなーって話の流れになって。もちろん盗撮なんてしてないですよ、飽くまで仲間内の冗談です。
でも、そんときの北本は明かに様子がおかしかったんです。顔がさーっと青くなって動揺を隠せてないっていうか。
あいつなんかやってたんですかね。盗撮とかしてたらちょっとガッカリですけど。
ああ、すいません。こんな正直に話してしまって。でも、気持ちは分かるでしょ?
それ以外の練習はまともでしたよ。オバセン、ああ、小畠先生、顧問の先生です、怒ると怖いので。それに、北本の担任でもあるし。
早いとこ練習に復帰してほしいですけど、もう無理なんですかね。
小畠康太(社会科教師) 2025年9月4日
いまちょうどあいつのテストを採点してたんですよ。
あいつ、最近調子が良くて、この前の期末テストも悪くない成績だったし、今回も期待してたんですけどね……。
でも、点数は良かったです。採点できたのは血で読み取れなくなった部分以外ですけど、そこは一問以外全部正解でした。
ああ、それはちょっと意地悪な問題って言うか、ほら、満点を取られちゃうとテストとしてあまり良くないので、部分点はありますけど、まあ不正解が当然ですよ。
『ヘロドトスが書き記した歴史の内容を簡単に説明せよ』
でも、それ以外を間違えていないってのは、一朝一夕の努力でできることじゃないですよ。やっぱり、夏休みの間それなりに勉強してたんですかね。
3年生までには帰ってくるといいんですが。
宮本結子 2025年9月4日
いや、朝から変だったんですよ。
いつもはテスト直前でも騒いでたりするんですけど、その日は違くて。
ずっと机に突っ伏してたんですよ。こう、周りを腕で囲う感じで。
具合も悪そうだったし、大丈夫? って声をかけたんですけど、無視してたのか、聞こえてないのかで返答もなくて。
結果論ですけど、あそこで無理やりにでも保健室に連れていっとけばよかったんですかね。みんな北本のことだし、大丈夫でしょみたいな雰囲気だったので。
ウチは席が遠くて助かりましたね。早めに教室から逃げれたので。席が近かった子は制服に血がべったりついちゃったりとか。血って洗ってもなかなか落ちないらしいですね。
とにかく、まだ分からないことが多くて、混乱してる状況です。
本人から説明してもらうのが一番でしょうけど、まだそうはいかないんでしょうね。
北本京子(北本大樹の母) 2025年9月5日
もう勘弁してください。取材はお断りしているんです。
私からお話できることは何もありません。最近ようやく落ち着いてきたと思ったのに、また報道メディアですか?
じゃあなんなんですか? 手短に、ってじゃあ早くしてください。もう夕ご飯の時間なんですよ。
あの子の成績について、ですか?
ええと、引っ越しをする前の、小学生とか、中学生のときは結構よかったはずです。学年で1位とか2位とか、塾でも表彰されたりしてましたよ。自慢じゃないんですが、小さいころから机に向かって勉強するのはそんなに好きじゃないみたいで、基本授業を聞いてるだけで良い点が取れてたみたいで。
得意教科は、歴史が好きみたいでしたね。覚えるだけだから楽だって。私は勉強のことなんて全然分かりませんから、そうねんだね、すごいね、って話を聞いていただけなんですけど。
ただ、旦那の仕事の関係でここに越してきたときから、あんまり勉強の話はしてくれなくなりましてね。成績も多分ガクッと下がったんでしょう。
やっぱり、頭の良い子が通う学校ですから。できるのが当たり前、もっとできないと、って感じだったんでしょうか。
塾に通う話も持ちかけたんですが、部活を理由にして断られてしまいまして。多分、本人なりにもいろいろ思うところはあったんだと思います。私たちからの期待が重すぎたのかもしれないし、あんなことになるならもっと褒めてあげればよかったって今になっては思います。きっと、悩んでいたんでしょうね。
あの、これでいいですか? ほんとにお話しすることはもう……。はい、分かりました、何かあればご連絡します。
久瀬大介(北本の同級生) 2025年9月12日
またあのことについてですか? もう思い出したくもないんですけど。
そうですよ。北本は前の席でした。だから、あれが起きたときも俺の目の前でした。もう最悪でしたよ。
どうせそうですよね。もう分かりましたよ、あなたたちはしつこいから話さないと帰っちゃくれないし。
……夏休み明けのテスト、一日目の世界史のときです。あいつはなんかやけにそのテストに気合入ってて、『俺はこれで学年一位を取る』とかそんなことを夏休みに会ったときに言っていたのを覚えています。テスト中もちらっと見た感じ結構すらすらペンが動いてて、俺も焦りました。
残り15分ぐらいになったころですかね、急に荒い息の音が聞こえてきて、何かなと思ったら北本でした。周りの人も気づくぐらいの大きな音で、流石に注意が入るかな、と思ったら急に止まって。
安心したのも束の間、今度は急に立ち上がりました。トイレに行きたいのかなとか思ってたんですけど、手にはペンを持ったままで。テスト中なのに結構クラス中の注目が集まっていました。だから、その後悲鳴が大きかったっていうのはあると思います。
はい、手に持ってるペンで自分の目を突き刺しました。
そこからは、はあ……、朝からこんなこと言わせます?
そのペンで自分をあちこちめった刺しにして。当然クラスはパニックですよ。
隣のクラスまで響くぐらいの悲鳴と、逃げ回る生徒。そしてその中心で自傷を繰り返す北本……。
血しぶきがあちこちに飛び交って、正直訳が分からなかったです。結局テスト監督の先生と、俺を含めた周りの男子生徒が羽交い絞めにして、動きを抑えたんですけど。それまでにも結構血まみれになってて。すごい力でしたよ。五、六人でようやく止まったぐらいですから。
で、動きが止まった瞬間に、北本はプツンと気を失いました。
一日目のテストは中止になって、ウチの学年はそのまま全員帰らされました。あーあ。俺だってあのときの世界史、まあまあ自信あったのにな。
あいつって今どうなってるんです? ああ、まだ目覚めてない。そうですか。
他に何か言っておくこと、ってないですよそんなの。俺もうこの話、リアルに百回目とかっすよ。もう新しいことなんて……。
……北本が立ち上がったとき。多分真後ろの席の俺にしか聞こえてなかったと思うんすけど。ぶちん、みたいな、なんかそんな感じの音がしました。多分北本の方から。
※この音については、いまだ関連性が不明である。
CASE1/記憶機能の変化/北本大樹 終




